はやにえ概念
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
う~ん、昔に比べるとこのあたりもだいぶ家々に圧迫されているなあ。
以前ならこのあたりは、やれ田んぼだ、やれ林だと、のどかというか自然が多いというか、あまり余計な情報がなくて済んだ。
でも人の家が建つと、情報量がみっちり増える。家の壁、屋根、車庫などもそうだし、ペットとか干してある洗濯物とか、場合によっては目に入ってしまう情報が追加されていく。
場合によってはトラブルや犯罪のきっかけにもなりかねず、あるいはその変化によって私たちの日ごろの行動に影響を与えてくるかもしれない。いやはや、物ってのはあると便利だけど、増やしたくはないものだよねえ。
以前から存在していたものも、情報量の多さに埋もれて見えていない。逆に、情報量が少なめな自然の環境だからこそ、見えていたのかもね。そこにある、危ないものの気配ってやつも。
私の少し昔の話なのだけど、聞いてみないか?
もずのはやにえ。君はご存じだろうか。
もずは自分のとった獲物を枝やとげ、現在では有刺鉄線などに刺しておく習性を持っている。これは秋ごろに起こり、人々が収穫を神へ捧げる時機より前に、あたかも一足早くいけにえを捧げているように見えたから、はやにえと呼ばれるようになったとか。
しかし、このはやにえも100パーセント消費されるわけではなく、忘れ去られてしまうこともある。すると、串刺しにする残虐性ばかりがアピールされ、なんとも気味悪い印象を植え付けるわけだ。
それにならい、当時の私たちの間にも「はやにえ概念」なるものが流行っていた。
自分の過失としか思えない要因で、物を落としたり、ぶつけたりしたとき、別の何かがそれにくっついたり、突き刺さったりすると「うわ、はやにえ概念だよ」と評したりする。
自分がミスし、手を離してそいつらをくっつかせてしまったのは、そいつらのほうからくっつきたがっていたから。
相手に意志があることを考えるロマンか、はたまた自責の念を負いたくないがための逃避行動か。
見解は分かれそうだけれど、少なくとも私はひとつの納得と諦観の在り方を、はやにえ概念で学んだんだ。
それからしばらく経った、ある年の夏の入りのこと。
私は学校帰りに、ふと足元でバタつく一匹の生き物に気が付いた。
カエルだ。黄緑色の体表を見せつけながら、手足をじたばたと動かしてもがいている。
これが、水の中にいたんじゃない。一本のススキに刺さっていたんだ。
――ああ、はやにえ概念ですなあ、これは。
などと、のんきに考えてしまう私。ひょっとしたら、本場のもずがやったものかもなどとも考えた。
とはいえ、つい想像してしまうような串刺し残酷物語じゃない。ただでさえ極薄のカエルの背中の皮一枚、絶妙な厚さでもってこの状態を保っていたんだ。
もしも、本家のもずがこれをやったのなら相当な物好き職人、いや職鳥。人であったとしても、カエルを遊び相手にした末にこの結末を与える豪運か、相当な悪辣さを持つ輩に違いない。
カエルはまだ手足を暴れさせ続けている。少なくとも、この状態で終わるつもりはさらさらなく、目の前にあらわれたのっぽっぽな人間の私に、訴えかけているとみた。
ひょっとしたらこの元気の良さで、貫かれている皮部分が破れ、自力で抜け出られるかもしれない。だが私はそっと、カエルをススキから引き抜いてやる。
先にも話したように薄皮一枚の被害で済み、血のたぐいが一切出ないあたり、あらためて神業だと思ったな。近くの草原へ下ろしたカエルも、すぐにぴょんぴょん飛び跳ねて木の影へと消えていったよ。
しかし、これは氷山の一角にすぎなかった。
次の日の学校でも、学区のあちらこちらで同じように「はやにえ概念」の被害に遭っていたカエルの話題があがったからさ。
私のように手が届くところに刺されたものもいれば、建物のアンテナや高木の枝先など、容易に助けづらいポイントではずかしめにあっているものもいる。
下校際、話で聞いていたところ以外でも目撃が相次ぎ、私自身も今朝にはなかったところに、はやにえ概念の犠牲者を見つけたよ。
が、そのいずれもがカエルにしぼられ、例外が一件もないという徹底さも判明し、いよいよ私たちは得体の知れなさに、背筋を寒くしていく。
試しに、人力でカエルをススキに刺そうとした子もいるが、あの技のようにはいかない。どうしてもカエルにケガを負わせてしまい、命にかかわる重さになることも珍しくなかった。
やはり、人の手によるものではないのではないか?
疑念がますます深まり、夏休みの直前期を迎えたあたりでのことだ。
その日も、私ははやにえとなっているカエルを見つける。
某企業の敷地を囲う壁。そのてっぺんに渡された有刺鉄線の一角だ。
まっ茶色のカエル。大きさは、最初に私が見たはやにえのカエルよりも、ひとまわり小さい。それがやはり、しきりに手足をばたつかせているんだ。
足元付近のススキとは、わけが違う。ジャンプして届かなくもないが、カエルを無傷で助けられるかは不安だし、誰かに目撃される恐れもあった。カエルを助けるためと伝えても、その瞬間をはっきりと近くで見てもらわなくては、疑われても無理ない。
――かわいそうだけど、このままにしておこう。ひょっとしたら、あの暴れる元気から自力で縛めから逃れられるかもしれない。
そう言い聞かせて、見上げていた視線を戻し、先を急ごうとしたとき。
ピピピピ、ピピピピ……。
唐突に響く電子音は、何かしらのアラームのように聞こえた。
音のでどころは近い。だが私はこの手のものを持ち歩いていないし、近くに機械類の姿もない。それに音は私よりも、少し高い位置から聞こえてくるような。
よもや、と改めてカエルを見上げた私の視界へ、あらたに飛び込んできたものがいる。
スズメよりやや大きめで、目のまわりに特徴的な黒い線の入った小鳥。本物のもずだ、とすぐに察した。
けれども、一匹じゃすまない。アラーム音が発せられる中、二匹三匹とそこかしこから集まってきて、たちまち十匹前後の人垣ならぬ鳥垣を作る。
例のカエルの姿は完全に隠されたばかりか、集まったもずたちはしきりに頭を前後させ、カエルをついばんでいるかのような動きを見せる。
――おいおい、はやにえの串刺しどころじゃないよ。めった刺しだよ、こんなの。
ぽかんとしていられたのも、数秒程度。
ついばみをぴたりとやめたもずたちは、示し合わせていたかのように鳥垣を崩し、ほうぼうへ飛び去っていった。
あらわになった鉄扇に、先ほどのカエルの姿はまったく残っていなかったけれども、奇妙なところもある。
鉄線にも、壁のふちにも血や皮や臓器などといった、生き物らしい残滓はみじんもなかった。
ただ壁のてっぺんと有刺鉄線の間に、ゴマ粒サイズの金属片がひとつだけ落ちていたんだよ。いったい、どのようなものかとジャンプして取ろうとしたんだけど、相手は想像以上にやわかった。
軽く触れたつもりの指につぶされて、液状になってしまったそれは、たちまち壁にしみ込むようにして消えてしまったんだ。そしてつぶした指は油臭さがしみついて、何日もとれなかったんだよ。
あのカエルももずも、いったい何者だったんだろうか。あいつらはまだ、どこかにいるのだろうかね。




