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アパレル社畜は工場作業員に転職する

掲載日:2026/03/03

 

 長年務めていたアパレルの会社が倒産した。

 その日、わたしは休日だった。自宅のベッドに寝っ転がってスマホを見ていたら、ネットニュースの速報で自分の会社が倒産したと書いてあった。ぎゃあーとでかい悲鳴がでた。業績悪化で会社が危ないことは知っていた。倒産するかもと冗談を言ったりしていた。冗談が現実になったわけだ。

 わたしは40代で独身。賃貸の1Kのアパートで1人暮らしである。

 早急に仕事をしなくてはならない。

 転職するにあたり、もう接客業はしたくなかった。

 わたしは百貨店で高級な紳士服を売っていたが、もうずっと前から辞めたいと思っていた。

 お金持ちのおじいさんの話を笑顔で延々と聞くのも、跪いてズボンの裾にピンを打つのも、同年代の同僚が次々と辞め、最後にわたしが残り、わたしよりも若い人がいないため、全部雑用をしなければならない環境にもうんざりしていた。パワハラ気味の店長にも、毎月の売上達成のために、顧客に電話動員するのも。もう限界を越えていた。ショップの狭いバックスペースでお弁当を急いで食べている途中で無意識に涙がでてきてひどく惨めだった。

 だけど、仕事は辞めなかった。辞めれなかった。

 わたしは面倒くさがりで、変化を極端に怖がっていた。若い頃に自立をして、実家とは疎遠である。今更頼ることはできない。

 失業保険は出るだろうが、保険金でしばらくゆっくりして仕事を探すという気持ちにはなれなかった。仕事が決まらなかった時を考えると、胃が痛くなった。すぐに次の仕事を決めなければ。

 どうしようかと思い。ふと、県境に新しい工場ができたなと思いつく。

 誰もが知る大企業の化粧品の工場だった。

 工場は抵抗があるが、女性が活躍する会社だとTVで見たことがある。

 契約社員だが社員登用もある。

 いいんじゃないか?今住んでる賃貸の1Kもボロいし、引っ越しすればいいし。

 そう決めたら行動は早かった。説明会、筆記試験、面接を経て、わたしは40代にして、工場勤務をすることになった。


 2月の出勤の初日。

 工場がある場所は県境の工場地帯で周りにはガラス工場や自動車工場、お菓子工場などが立ち並ぶ。

 工場の周りには果物畑が続き、南側には山々が連なっているのが見えた。

 アパレルの時のようにしっかりメイクをし、スーツにトレンチコート、ヒールを履いて出勤した。

 工場ではアクセサリー禁止なのでピアスと指輪ははずした。ジェルネイルも取ってきた。

 ふと、周りをみると、皆カジュアルな格好で、ちょっと浮いてるかな?と思った。

 更衣室でスーツから上下真っ白な作業服へ着替える。

 これからはこの工場が職場である。

 今は契約社員だが、ゆくゆくは正社員として働きたい。

 意気込みだけは十分である。

 2月入社の契約社員はわたしを入れて4名だった。

 20代の女性と30代の男性。

 同期といっても正直あまり関わることもないだろう。特に若い女性2人にとってはわたしはただのおばさんだ。挨拶だけはちゃんとしとこう。

 工場に入社してもいきなり現場に出るわけではない。トレーニングルームで基本的な手扱いを訓練する。ベルトコンベヤーで流れたきた商品を、一つ一つ箱に入れる訓練。容器に栓を延々とする訓練。容器の中に異物が入っているのを検査する訓練などなど。

 ここで分かったことは、わたしはあまり器用な方ではないということだった。

 同期の若い子達は器用で綺麗に商品を紙のケースに入れていくのに、わたしときたら、ケースが

 歪み、蓋は折り曲がる。ベルトコンベヤーのスピードについていけない。

 出来ない自分に腹を立てて、落ち込んだ。

 負けず嫌いの性格のため、必死に手扱いを練習した。家にあった空き箱で自主練をしたりした。

 そんな日々を過ごして、いよいよ実際の現場へ出ることになった。


 初めて現場に出たとき、多くの機械の音の多さと大きさに圧倒された。その場でしばし立ち尽くした。百貨店の店内に流れる優雅な音楽の代わりに、ガチャンガチャンという機械の様々な音。人の声がよく聞き取れない。

 ここで、本当にやっていけるのだろうか?

 もしかして、早まっただろうか?

 そんな疑問が頭をよぎる。

 工場では化粧品の中身を容器に入れる空間を充填室といい、中身の入った化粧品をケースや袋に入れる空間のことを仕上室と呼ぶ。

 最初に入ったのは仕上室。

 ベルトコンベヤーで流れてくる細長い容器を両手で2本持ち上げひっくり返し、中身に異物が入っていないか検品する仕事だ。

 容器はベルトの上に等間隔で綺麗に並んでいる。

 2つ掴んでひっくり返しして中身を見てまたベルトに戻すが、スピードが早くて戻せない。

 容器を戻す時に隣の容器に手があたり、ドミノ倒しのように綺麗に倒れていった。

「あ~~~!」

 虚しく悲鳴が響き、ラインが止まった。

 午後は充填側だ。

 材料がのった台車を決まった場所にセットする仕事。

 台車がうまくハマらずに、機械がエラーを起こし、ここでもラインを止めてしまった。

 メカニックさんの無言の圧が怖い。

 初日は散々だった。

 この仕事は向いてないのかもしれない。

 しかし、工場に転職すると同時に街から田舎へ引っ越しもしている。そう簡単には辞められないのだ。

 失敗をたくさんして、迷惑もかけて、そして、3ヶ月程経った時、やっと工場の作業に慣れてきていた。


 工場に就職して良かったことは、職場が綺麗、有給が自由に使える、社食でご飯が無料などがある。

 壁も廊下もぴかぴかで居心地がいい。トイレだって最新式の洋式トイレだ。


「有給が好きな時に使えて決められた日数ちゃんと使えるんだよ!」


 と、友人に話をしたら


「それが普通だ」


 と言われた。

 そして社食が無料で美味しい。休み時間がきちんと決まった時間に取れて、種類も選べるのだ。

 なんて素晴らしい。

 前職では売り場は綺麗だが、裏側は古く汚い。トイレは和式だった。有給など自由に決められないうえに日数を誤魔化されていた。忙しい時には昼食なしが当然で、1人体制のときはお店のストック場でお弁当を急いで食べていた。

 今はお昼は当初あまり関わることがないだろうと思っていた同期の20代の女の子達といっしょに食べている。


 わたしの同期は20代の女性の宮沢さんと同じく20代の田辺さん。あと30代の男性の国谷さん。


「ねえねえ、いくつ?いくつ?」


 現場に出る前、トレーニングルームで座学の休憩時間に宮本さんが聞いてくる。めっちゃ気さくな人で、前のめりで年齢を聞いてくる。年齢を隠すつもりはないが、こうがっついて聞かれると面白くなって、教えたくなくなる。


「秘密です」

「え~!なんで~」


 鼻の上にシワを寄せて明るく笑う宮沢さん、小柄で気が強く、小悪魔的な魅了があって可愛い。わたしがトレーニングルームで箱詰めが出来なくてベソをかいて早足で歩いてると、駆け寄ってきてくれて「どうしたの~?」と声をかけてくれた優しい、いい子だ。

 もう1人の女性、22才田辺さん。落ち着いていて、しっかりしている印象。指が細くて長くて器用だ。田辺さんと住んでいる家が近くで、仕事以外で、一緒に近所を散歩したり、猫カフェにいったりするようになった。彼女も正社員になりたいと言っていた。仕事熱心で向上心がある子だ。

 30代の男性、国谷は元電車の運転手で、座っているときの姿勢が異常によく、返事が「はいっ!」と大きな声ではっきりと言う。おしゃべり好きで面白い話をして、年配の女性数名に囲まれて笑っているのを見たことがある。若い女性よりも年配の女性に人気がある。

 同期は皆いい人である。

 この工場に就職して一番良かったのは同期に恵まれたことだ。

 仕事も慣れて楽しくなっていた。


 契約社員が正社員になるためには、試験を受けなくてはならない。試験は小論文と面接だ。

 正社員試験のために品質管理の資格を取った。

 小論文は手書きで丁寧に書いた。

 原稿用紙の原本をコンビニで何枚もコピーして、何度も書き直して提出した。

 そして運命の面接の日。

 わたしはひどく緊張し、何を話したかよくわからないまま終わった。

 まず最初の自己紹介を長々と話してしまった。後でもっとネットの動画などを見て、自己紹介を練習すればよかったと後悔した。

 結果は不合格。

 がっかりした。がっかりしすぎて熱が出て数日寝込んだ。

 契約社員から正社員へと簡単に交われると思っていたのに計画が変更になってしまった。

 今度試験を受けれるのは1年後だ。

 ずっとこの工場にいるのか保証もないと思うようになった。

 居心地はいいが、契約社員の給料は安い。

 いざという時に慌てないために、なにか資格を勉強するのもいいなと思った。

 

 朝、早起きして、仕事に行く前に、わたしは机に向かうのが習慣になった。

 興味がある資格の勉強を始めた。

 変化を恐れず、新しいことに挑戦するために。選択肢はきっといくつもあるはず。



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― 新着の感想 ―
すごく等身大で、読んでいて楽しかったし、身に刺さるところもありました。書いてくれてありがとうございます。
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