第8話 脱出は困難なり
ラクシュミーは憮然とした表情で、寝台の上にあぐらをかいて座っている。
ここは、崑崙宮の中で割り当てられた、自分専用の部屋だ。
寝台にはフカフカの布団が敷かれており、寝心地はかなり良い。その他にも、室内には豪奢な衣装棚や、化粧用の鏡台等も置かれており、無理やり連れ去られてきたことを抜かせば、かなりの賓客扱いだ。
(でも、騙されないからね)
結局のところ、どんなに待遇が良かったとしても、本質的には人間扱いされていないことには変わりはない。要は、この国の皇帝が、世界各地の美しい女性達を収集して楽しんでいるだけなのだ。
そこに自分達の自由は存在しない。
この崑崙宮と、庭園の中を歩き回ることしか許されていない。
扉を叩く音が聞こえた。
「どうぞー」
ラクシュミーが答えると、扉が開き、中にカイラ、マヒ、ネハの三人が入ってきた。
唯一の救いは、彼女達も一緒に連れてこられたことだった。
たった一人でいるよりはかなり心強い。崑崙宮の中で再会出来た時は、心の底から嬉しいと思った。
「姉様、私達も、庭園の周りを見てまいりました」
「駄目だったでしょ」
「ええ。抜け出すことは出来そうにないです」
知っている。ラクシュミーも、どこか外へ出られる箇所はないか、くまなく探してみた。だけど、徒労に終わってしまった。
まず移動自体に障害がある。庭園を囲むようにして、堀や高い壁が連なっており、どこにも隙間はなく、普通に歩いて出られないようになっている。
さらに、要所に兵士達が配備されており、常に監視されている。その気になれば倒して通ることも可能だろうが、それは無理だとラクシュミーは悟った。
一定の間隔で物見櫓が立っており、その上で、明らかに普通の兵士とは異なる雰囲気の武将が睨みを利かせている。遠目で見ただけでも、鋭い殺気が伝わってくる。まともに戦ったら、勝てるかどうかわからない相手だ。
「みんなで力を合わせれば、何とかなるかも、なんだけどなあ」
問題は、他の者達と、言葉が通じないことだ。
まだここにいる全員と会ったわけではないが、異国の人間で会話が出来たのは、あの男装の少女燕青くらいで、他は声をかけても首を傾げるか、黙って会釈するか、無視するか、の反応だった。
全員と意思の疎通が取れれば、脱出の目処も立ちそうなものだが……。
ラクシュミーが頭を悩ませていると、またもや誰かが、扉を叩いて、中に入ってきた。
燕青だった。
「大広間へ集まるぞ。高俅から全員に話があるそうだ」
「高俅って、あいつじゃん! うちらをさらった奴じゃん!」
ラクシュミーは寝台から下り、ツカツカと燕青の前まで歩み寄った。
「なんであいつの話なんて聞かないといけないの! うちはいやだからね!」
「そう言うなって。俺だって面白くないさ。だけど、自分達が置かれている状況を詳しく知る、またとない機会だ。行くべきだと思うけどな」
「……!」
燕青の言う通りだった。ここへ連れてこられた経緯は、彼女から教えてもらっただけで、まだ宋国側の人間から直接は聞いてはいない。一度くらいは話を聞くべきだと思った。
「わかった。うちらも行くよ」
「それがいい」
燕青は頷き、きびすを返すと、先に歩き始めた。
ふと、ラクシュミーは疑問に思った。
あの燕青は宋国人のようだが、なぜこの崑崙宮に囚われているのだろうか。それに、どうして自分達の国の言語を達者に喋れるのだろうか。
(不思議な奴……)
ラクシュミーは、部屋を出ていく燕青の後ろ姿を見つめながら、首を傾げていた。




