第7話 異国の庭園
ラクシュミーが次に目を覚ました時、周囲の風景は一変していた。
感覚的には、海の上で戦っていたのはつい先ほどの出来事のように感じられるが、目の前のありえない景色が、いつの間にか相当の時間が経っていることを物語っていた。
そこは、庭園だった。
しかも自分が生まれ育った地の様式ではない。ラクシュミーは海賊稼業を営んでいる関係で、異国の文化についてもある程度の造詣はある。だから、今いる場所が、中華風の庭園であることは、容易に理解することが出来た。
奇岩や名木が立ち並ぶ庭園の様子は、そこが並々ならぬ高貴な人物の所有地であることを窺わせる。
ラクシュミーはそんな庭園の草地の上で仰向けに寝転がされていた。
空は清々しいほどに青い。心洗われる風景ではある。だが、のんびりとしているような状況ではない。
「ここはどこなの?」
上体を起こし、剣がそこら辺に転がっていないか探してみたが、見つからない。どうやら武器は取り上げられてしまったようだ。
いざとなれば素手で戦うしかない、と思いながら、ラクシュミーは立ち上がった。
庭園の中を進んでみる。果てが見えないほどに広い。あちこちに高楼が建っているのが見える。どこかの王侯貴族の敷地なのだろうか。一つの町が入りそうなほどに、尋常ではない規模だ。
しばらく歩いていくと、池が現れた。
そこで四人の少女達がはしゃぎ声を上げながら、水遊びをしている。四人とも中華の民族と似ているようで、どこか異なる衣装を身に纏っている。別の民族だろうか。どちらにせよ、言葉が通じるかはわからないが、ひとまず、ラクシュミーは声をかけてみることにした。
「ねえ、遊んでるところごめん。ちょっと教えて」
四人の少女達は、一瞬固まった。それから、困惑気味にお互いに顔を見合わせている。やはりラクシュミーの言葉がわかっていないようだ。
「まいったなぁ、うち、どこに連れてこられたんだろ」
「宋国皇帝の庭園だよ」
突然、背後からラクシュミーの国の言葉で話しかけられ、驚いた彼女は振り返った。
相手は、容貌から察するに、中華の民族のようだ。纏っている衣装も中華の男物の服だ。髪を短くしているため最初は男かと思われたが、胸の膨らみがある。顔立ちも麗しい。男装の少女、といったところか。
「宋国⁉ うそでしょ! ちょっと眠ってる間に、そんな遠くまで運ばれたわけ⁉」
「そういう手段があるんだよ、あいつらには」
「あいつら……?」
「君をさらってきた連中だ。俺も捕まって、ここに連れてこられた。あそこにいる四人は、遙か北方の草原地帯からさらわれてきたんだ」
「待って。よくわかんない。何でそんなことするわけ? うちらをさらって、何がしたいの?」
「今の宋国皇帝は、かなりの変人だ。自分の趣味で、都の中に巨大な庭園を造った。今まさに俺達がいるこの場所だ。ここには、各地から奇岩や名木を取り寄せて置いてある。史上最高の庭園を造り上げたいという皇帝の欲望は、とどまるところを知らず、ついにその収集癖は生身の人間にまで及び始めた」
「ん、んと? つまり、どういうこと?」
「あそこに巨大な建物が見えるだろ」
男装の少女が指さす方向には、ひときわ大きな宮殿が建っている。
「あれは……?」
「崑崙宮。皇帝が世界各地から集めた美女、美少女を飼うために造った、忌まわしき宮殿。俺達はこれから、あの中で暮らすことになるんだ」
「な、なんで! 意味わかんないんだけど! どうして勝手にそんなことされないといけないわけ!」
「中華の皇帝だからだよ。絶大な権力を持つと、考えることもずば抜けて狂ってくる。俺達はこの庭園を彩る装飾の一つ、ってわけ」
「信じらんない! 頭どうかしてる! 誰がこんなところで暮らすもんか!」
「まあ、今は受け入れるしかない。俺も脱出を試みたけど、二重三重に強固な警備が施されていて、まず逃げ出すことは不可能だ」
そこで、男装の少女はフッと微笑んだ。
「俺は燕青。これから長い付き合いになると思う。よろしくな」
男装の少女、燕青の挨拶を、しかしラクシュミーは無視した。プイ、と別の方向を向き、歩き出す。
この状況を受け入れている燕青が、気に入らなかった。力づくで人のことをさらってきた連中に、どうして従わなければいけないのか。
「絶対に抜け出してやる!」
自由を愛する海賊ラクシュミーは、こんな理不尽に屈してたまるか、と固く心に誓うのであった。




