第23話「決して交わらぬもの」(最終話)
マルタンは、再び教室に戻ってきた。
更生施設での一週間のリハビリ・プログラムを終え、ようやく復学を許された初日。
ちょうどその日は、第七回合同授業の日だった。
教室に入った瞬間、小さなざわめきが走る。
「マルタン……」という声が聞こえた気がした。
マルタンは何も聞かないふりをして、俯いたまま自分の席に着いた。
視線は自然と隣の空席へ向かう。
――ハルカの席。
そこは、ずっと空いたままだった。
合同授業が始まる。ユナがヴァルガード語を教えていた。
マルタンはノートを開いたものの、目の前の文字は霞んで見えない。
ヴァルガードの生徒たちはホログラム越しに姿を見せている。
彼らはきっと、自分のことを覚えているだろう――そう思うだけで、顔を上げる勇気が持てなかった。
だが、その時。
不意に突き刺さるような視線を感じ、ゆっくりと顔を上げる。
ホログラムの向こうで、ハルカにそっくりな少女が自分を見つめていた。
「……ハルカ……?」と声が漏れる。
(いや... ハルカがヴァルガードの学校にいるはずがない)
マルタンはハルカの事を追い出す様に頭を左右に振った。
だが少女は、あの無垢な笑みをたたえ、まっすぐにマルタンを見つめていた。
息が止まる。
その瞬間、机のタブレットが震えた。
画面には「Unknown Caller」。
(誰だ?)
震える指でメッセージを開く。
『ハルカです。マルタンくん、元気そうでよかった。
ごめんなさい。全部、私が仕組んだこと。』
『私はセレスティアを敵視するヴァルガードの民族出身なの。両親の命令で、諜報員としてセレスティアに潜入していた。これは“血の誓い”。家の名誉を守るための使命だった。』
『三年前、母と一緒にセレスティアに来てから、ずっと情報を仲間に送っていた。そこで、あなたを知った。――サイキッカーの力を持つ少年。』
『あなたの力を利用してヴァルガードのシステムを破壊すれば、セレスティアのせいにできる。両国は決して仲良くなれない。それが私たち民族の願いだった。』
『だから近づいた。あなたを利用した。……ゴトウ先生が語った“敵対民族”の話、あれは私が流したもの。ゴトウ先生も少しだけ利用させてもらった。』
『私が行方不明になれば、あなたはヴァルガードのせいだと信じる。その怒りで攻撃するはずだった。……実際、その通りになった。でも上手くはいかなかった。』
『信じてもらえないと思うけど……友達になりたいと思った気持ちだけは、本物だよ。』
『マルタンくんのこと、今でも大好き。』
マルタンは慌ててホログラムにあの少女の姿を探す。
何度も何度も…だが、少女の姿はない。
マルタンの胸に冷たい鉄槌が落ちる。
ハルカは――スパイだった。
彼を見つめて笑ったあの瞳も、優しい言葉も、その裏には民族の掟があった。
机を握る手が震える。
だが、同時に気づく。
「利用されていた」と理解してなお、自分は彼女を憎めない。
――彼女の友達になりたいという気持ちは本物だった。
――彼女の笑顔は偽物ではなかった。
――あの日、無垢な言葉で励ましてくれた彼女も、本物だった。
――でも彼女が大切にしていたものは、確かに“民族の掟”だった。
(僕らは...半分は交わっても、もう半分は決して交わることはなかったんだ)
授業が終わり、校門を出る。
夕陽が港町を黄金色に染めていた。
「おう、マルタン!」
リオンが待っていた。腕を組み、いつもの調子で。
俯くマルタン。
だが、リオンは明るく言った。
「稽古に行くぞ!」
マルタンはゆっくりと顔を上げた。
夕陽に照らされた横顔は、まだ幼さを残しながらも、確かな決意を帯びていた。
「……はいっ」
その声は震えていたが、同時に強さを孕んでいた。
二人は並んで歩き出す。
夕暮れの道、長く伸びた影が寄り添うように重なり合い、街のざわめきへと溶けこんでいった。




