第21話「ミッシング」
「セレスティア・クロニクル ー 境界を越える者とAI」シリーズのSeason3
2つの島国の衝突危機回避から五年後。
澪は22歳となり、国家AI戦略プロジェクト「感生AI(Affectis)」の開発メンバーとして、国を守る最前線に立っている。
一人の少女による海底トンネル爆破計画を阻止し、両国は新たな交流の時代を迎えた――はずだった。
だが、平和の陰には必ず影が潜む。
世界規模の闇の組織〈ダークヒールズ〉が、両国の関係を悪化させようと水面下で動き出していた。
そしてその渦中に巻き込まれていくのは、一人の少年――マルタン。
彼は強い感情に突き動かされると、「0と1の流れに触れ、CPU演算を直接書き換える」という、常識を超えた異能を発揮する。
それは国家の基幹システムすら停止させうる“人間サイキッカー”。
友情、武道、幼い恋心、そして闇からの囁き。
サイキッカー、2つの組織のAIバトル。果たして勝つのは?
第二回合同授業当日。
朝のジュニア・アカデミーは、いつもよりざわついていた。
磨かれた廊下はライトを反射してまぶしく光り、天井のホログラムはうっすら青を漂わせている。生徒たちの視線は教室前方の大型ディスプレイに集中し、落ち着かない空気がじわじわと広がっていた。
「さてと……いよいよ始まるな」
EIDOSは今日の合同授業で「マルタンの発火」をシミュレートしていた。
リオンがラボの椅子に座りながら、低く呟く。澪は無言で頷き、手元の端末に指を走らせた。ゲートウェイのFEPで稼働するAffecticsクライアントが点滅を繰り返す。すべてのラインは、今から起こる出来事を監視していた。
始業のチャイム。
教室のホログラムが淡い光を走らせ、ヴァルガード側の教室が立体映像でせり上がる。緊張した顔の生徒たち、民族刺繍をあしらった制服、友好的な笑顔の生徒達が手を振る。その訓練された様な整然とした空気が、こちらの教室にまで伝わってきた。
ゴトウが教壇に立ち、背筋を正した。
「では...第二回合同授業を始めます。前回に引き続き両国の歴史を学びます」
落ち着いた声が響く。教室の後方壁際には他の教師たち。ゴトウとマルタンに目を光らせるユナもいた。
すると、ヴァルガード側の教師が一歩前に出る。
「まず――」声は鋭いが誠実さを帯びていた。
「我が国はハルカさんの失踪について遺憾の意を表します、と同時に強い憤りを感じます。この様な蛮行は断じて許されない。ヴァルガードはセレスティアと共に、必ずこの卑劣な犯行に立ち向かう。我々は協力を惜しまない!」
ゴトウがそれに応じるように口を開いた。
だが、その時。
「ふざけるな...」
小さな、しかし吐き出す様な声が教室の空気を振動させた。
マルタンだ。
ユナの肩がピクンと震えた。
彼の顔は紅潮し、全身が震えている。机を握る手の甲には青い血管が浮き上がり、目は真っ赤に燃えていた。
マルタンが立ち上がり、ヴァルガードを映すホログラムを指差す。
「お前らがやったんだろう! ハルカをさらったのはお前らだ! 許さない!」
ユナがマルタンの方へ走り出す。
マルタンは身体全身を震わせ、その美しい金髪が逆立っている。
教室が凍りつく。ホログラムの向こう側の生徒たちも、ざわっと身を引いた。
その瞬間――。
バチッ。
シーリングライトが一瞬だけ明滅し、机の上のタブレットが震えた。空気が焦げるような臭いが漂う。マルタンの身体から、目に見えない「電流」が放たれ始めていた。
「……来た!」
ラボの澪が叫ぶ。リオンは即座にキーボードを叩いた。
「Affecticsクライアント、転送開始! サーバ解析に回す!」
FEPに常駐するクライアントが、教室の生体センサーから拾ったマルタンの脳波・心拍・電磁パターンをリアルタイムでパケット化。怒りの波形が、まるで黒い津波のようにサーバへ送り込まれていく。
サーバ側のAffecticsが唸り声を上げるように解析を始めた。
〈感情プロファイル一致率:92%(怒り/憎悪)〉
〈判定:攻撃経路に流入する可能性大〉
〈処理推奨:遮断〉
「シールド作動!」
リオンが叫ぶ。
ゲートウェイの内部。
複数のCPUスロットにロードされた《コンセンサス・シールド》が瞬時に議論を始める。
〈スロット1:攻撃認定〉
〈スロット2:攻撃認定〉
〈スロット3:補正可能〉
〈スロット4:攻撃認定〉
多数決。結論は「攻撃遮断」。
見えない扉がガシャンと閉じ、マルタンの怒りの信号が遮断される。
だが――。
「返せえええっ!! ハルカを!」
マルタンが絶叫した。
その声と同時に、第二波の電磁衝撃が襲う。机の上の鉛筆が弾け飛び、ホログラム映像が一瞬ざらついた。ヴァルガード側の教師が驚き、声を失う。
ユナが腰を落とし、すぐさまマルタンを支える姿勢を取る。
「マルタン! 落ち着いて!」
その瞬間、ユナは見えない力によって教室後方に押し戻された。
ラボでは警告音が重なった。
「出力が跳ね上がった! 遮断だけじゃ押さえ込めない!」リオンが叫ぶ。
〈スロット1:攻撃認定〉
〈スロット2:Defunct(無応答)〉
〈スロット3:補正可能〉
〈スロット4:攻撃認定〉
「スロット2がやられた!」
「コンセンサス・シールドで復旧されるはずよ!」
多数決ー結論は「スロット2を『攻撃認定』でリロード」
「よっしゃあ!」
「突破されそう...」
澪は奥歯を噛みしめ、叫んだ。
「リオン! “スロット・バウンダリー”にノイズを注入して! もし連続性を壊せれば、進めなくなるはず!」
「ラジャ!」
リオンの指が光速で走る。FEPクライアントはサーバの判断を受け、怒りの波形へ“位相ノイズ”を注入。信号のスロット境界を乱し、マルタンが見ている「光の海」を霧で覆い隠す。
――教室。
マルタンの視界に広がっていた光の海が、急速に崩れ、霧散していく。
「……光の海が……見えない……」
その言葉を吐いた瞬間、彼の力はぷつりと途絶えた。
ドサッ。
膝から崩れ落ち、机に肩をぶつけて倒れる。
「マルタン!」
ユナが駆け寄り、身体を支える。呼吸を確認し、安堵の声を漏らす。
「大丈夫、気絶しただけ!」
ゴトウが表情を変えずに前へ出るが、ユナが鋭い視線で止める。その瞬間、彼の手に握られたデジタル・チョークがパキンと折れた。
ラボの澪は胸を押さえ、息を整えていた。
「……止めた。ゲートウェイも、両国のサーバーも無事」
リオンが椅子に背を預け、額の汗を拭う。
「ギリギリセーフだったな」
澪は画面に映る緑のステータスランプを見つめながら、唇を噛んだ。
守ったはずなのに、胸の奥に広がるのは勝利感ではなく、冷たい後味。
(何かが違う...)
教室ではユナともう一人の教師がマルタンを抱え、教室を出て行こうとしていた。
ユナが振り返る。
「ゴトウ先生、授業を継続してください。マルタンは私が救護室に連れて行きます」
教室は静かにざわめき、ホログラムの向こうでヴァルガードの生徒たちが不安げに祈るような仕草を見せていた。
ゴトウは咳払いを一つすると、ヴァルガード側に騒ぎの謝罪の意を伝える。
そして、授業は静かに再開された。
ラボ。
室内にはまだAffecticsサーバの低い唸りが残っていた。
澪はコンソールに座って、祈る様なポーズで頭を項垂れている。
そして呟く。
「何かが...違う」




