第20話「発火前夜」
第二回セレスティア、ヴァルガード合同授業前夜。
タカコのカフェ。その夜はドアのディスプレイに「Closed」の文字が灯っていた。
普段なら港町の人々で賑わうはずの店内は、今は澪、リオン、ユナの三人だけ。
タカコの配慮で澪達の貸切状態になっていた。
カウンターの上に置かれたポットから、湯気の立つハーブティーの香りが漂っている。それなのに空気は重く、張り詰めていた。
澪はタブレットを広げ、画面に浮かぶEIDOSのシミュレーションログを指先で示した。
「……これが、明日の第二回合同授業に対するEIDOSのリスクシナリオ。ただし――ここには、私の『ゴトウ=ダーク・ヒールズ』という仮説が少なからず影響してる」
声は低く、抑揚のない響き。しかしユナは瞬きもせずに聞き入っていた。
画面には数字と確率、そして赤く点滅する【危険】の文字。
「ここを見て、EIDOSもゴトウとダーク・ヒールズの関連を示唆してる。彼らの目論見は単純。――マルタンのサイキックパワーで両国の教育基幹システムをクラッシュさせ、友好の象徴を叩き壊すこと」
澪は唇を結び、言葉を選ぶように続ける。
「システムが停止すればどうなるか。ヴァルガードはセレスティアの攻撃と断定する。両国の関係は悪化、トンネル閉鎖、国交断絶。ダーク・ヒールズが狙うのはそこ」
リオンが組んでいた腕を解き、深く息を吐いた。
「まったく……奴らにとっては混乱こそが利益ってわけだ。軍需産業、情報ブローカー、裏市場。どれも肥え太る」
低い声がカフェの木壁に反響する。
ユナが不安げに澪を見つめた。
「……でも、対策は打ったんだよね? それでマルタンのサイキックパワーは遮断できるはずじゃ……」
「防御策は打ってある。でも……ぶっつけ本番よ」澪はゆっくり首を横に振った。
「未然に防げるなら、それが一番。私達の対策で食い止められるとしても、マルタンの心が壊れたら意味がない」
一瞬、場の空気がさらに沈む。タカコが静かにポットを持ち上げ、三人のカップに温かい液体を注いだ。カップの中でハーブが揺れる。
タカコの表情はいつになく硬い。
澪は画面を切り替えた。新しいログには、【トリガーワード】と記された項目が並んでいる。
「EIDOSの解析によれば、ハルカを拉致したのはゴトウ。ゴトウはマルタンにハルカを拉致したのはヴァルガードだと刷り込んで、言わば“催眠状態”に近いレベルまで洗脳している可能性が高い。……ゴトウがある言葉を発すれば――マルタンのヴァルガードに対する怒りは爆発する」
ユナが眉をひそめた。
「……ある言葉?」
澪は小さく頷き、モニターの文字をなぞる。
「例えば、“ヴァルガード”と“敵”を結びつける一言。それが“トリガーワード。ハルカの失踪を絡めて、その憎しみを一点に集中させる。それが合図になり、マルタンは制御不能に陥る……EIDOSはそうシミュレートしてる」
カフェの時計の針が、静かに時を刻む音だけが響いた。
リオンがテーブルに身を乗り出した。
「本当なら、ゴトウを締め上げて全部吐かせたいくらいだぜ。マルタンとハルカをだしに使いやがって、あのゲス野郎!」
澪は即座に首を振る。
「ダメ。確証がない。もし下手に動けば、逆にセレスティア側が授業を妨害したと取られかねない」
「分かっている...」
澪はユナを見た。
「……ユナ、お願いがある」
「え?」
「明日の合同授業は、科目が初日と同じ“歴史”。教壇に立つのはまたゴトウ。ゴトウは授業中に誰にも分からないようにトリガーワードを発する可能性が高い……もし授業中、マルタンに異常が見られたら、あなたがすぐに外へ連れ出して」
ユナは驚いた表情で澪を見つめ、唇を噛んだ。
「……分かった。わたしが必ず」
澪は深く息を吐いた。
「マルタンは今、怒りで満タンの状態。ゴトウが火をつけるのを待っているようなもの……。絶対に、爆発させちゃいけない」
リオンが静かに頷き、低く笑った。
「……つまり明日、俺達は爆弾処理班ってわけだ。へまをすれば、これまでの国の努力が全部吹き飛ぶ。たった一言のトリガーワードでだ」
窓の外では、海風がシャッターを叩き、かすかな音を立てていた。
嵐の前の夜のように、街は不気味な静けさに包まれていた。




