表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/9

第2話「Affecticsの授業参観」

「セレスティア・クロニクル ー 境界を越える者とAI」シリーズのSeason3


2つの島国の衝突危機回避から五年後。

澪は22歳となり、国家AI戦略プロジェクト「感生AI(Affectis)」の開発メンバーとして、国を守る最前線に立っている。

一人の少女による海底トンネル爆破計画を阻止し、両国は新たな交流の時代を迎えた――はずだった。


だが、平和の陰には必ず影が潜む。

世界規模の闇の組織〈ダークヒールズ〉が、両国の関係を悪化させようと水面下で動き出していた。

そしてその渦中に巻き込まれていくのは、一人の少年――マルタン。


彼は強い感情に突き動かされると、「0と1の流れに触れ、CPU演算を直接書き換える」という、常識を超えた異能を発揮する。

それは国家の基幹システムすら停止させうる“人間サイキッカー”。


友情、武道、幼い恋心、そして闇からの囁き。

サイキッカー、2つの組織のAIバトル。果たして勝つのは?


今日は特別な日だった。

セレスティア王国の学校では、年に数回「特別参観」と称して、生徒たちが社会の最前線に触れる機会が設けられている。

その目玉のひとつが――科学技術省のラボ見学だ。


生徒たちは、科学技術省のタワービルの前に整列している。

雲を突き抜けるほどにそびえ立つ――高さ一1000メートル。

セレスティア王国科学技術省の象徴、通称ーネクサス・スパイア。

その姿は街のどこからでも見えたが、彼らにとって目の前で見るのは初めてだ。

外壁はすべて強化ガラスと光を反射する合金で覆われ、昼は太陽の輝きを受けて蒼白にきらめき、夜は幾千ものラインライトが走って天空を切り裂く。

まるで「文明そのものが柱となって立ち上がった」かのような威容だった。


地上から見上げると、上層階は霞に隠れ、建物の全貌をとらえることはできない。

下層には行政フロア、中層にはラボや実験棟、そして頂上には量子通信中枢と国家AIのコアが格納されているという。

だが、その内部を知る者はごく一握りにすぎない。


――1000メートル。

人間が空へ積み上げた「知性の塔」は、セレスティアに生きる人々にとって、希望であり、不安であり、そして未来そのものだった。


「ねぇ、本当に入っていいのかな……?」

「すげー、映画みたいだ!」


引率の先生に連れられ、無機質な廊下を歩く子どもたちは、緊張と興奮でざわついていた。


「ここからエレベーターに乗りますよ。ラボはこのビルの中層にあります」


案内役の声に、子どもたちの目が一斉に輝いた。


目の前にそびえるのは、ガラスと金属でできた巨大な昇降口。

扉が静かに左右に開き、彼らは息を呑む。


中は一面が鏡張りのように光沢を放ち、壁面には青白い光のラインが走っている。

未来の宇宙船に乗り込むような錯覚すら覚えた。


「すっげぇ……」

「わぁ……映画みたい」


子どもたちが足を踏み入れた瞬間、扉が無音で閉じられる。

次の瞬間――。


「きゃっ!」

「うわっ!? 耳が……!」


体が一気に下から押し上げられた。

轟音はなく、ただ重力だけが彼らを床に押し付ける。

わずか十数秒で、彼らは地上から数百メートル上――ネクサス・スパイアの中層へと運ばれていった。


「早すぎだろこれ……!」

「飛行機より速いんじゃない?」


耳を押さえたり、壁にしがみついたり、興奮と戸惑いが入り混じる。


やがて重力の感覚がふっと消え、エレベーターは滑らかに減速する。

柔らかいチャイムが鳴り、扉が開いた。


目の前に広がったのは――未来そのものを思わせる光景だった。


巨大な透明パネルが天井まで伸び、無数の光点が走り抜ける。

中央には、白を基調とした美しい装置――《Affectics》が鎮座している。


「みなさん、ようこそ」


珍しくメークを施した澪が、柔らかい笑みで出迎えた。

隣には黒髪の青年リオン。無駄のない動きで端末を操作し、安全管理を徹底していた。


子どもたちの視線は自然と装置へと吸い寄せられる。

未知のテクノロジーに触れられる高揚感が、教室では味わえないざわめきを生んでいた。


「これは《Affectics》と呼ばれる装置です。人の感情を読み取り、分析して――場合によっては声を返すこともできるんですよ」


澪の説明に、あちこちから「すごい!」「マジで!?」と声が漏れる。


澪はその中で一番目を輝かせていた女の子に近づいた。

しゃがみ込み、耳元にそっと囁く。


「なにか楽しいことを思い出してみて。Affecticsはきっと気付くはずだから」


女の子は少し照れながら目を閉じ、すぐに笑顔を咲かせた。

それは子どもらしい無垢な笑み――純粋に「楽しい」という感情そのものだった。


装置が低い駆動音を響かせ、青白い光が女の子をスキャンする。


《質問:何がそんなに楽しいのですか?》


「えっ、え〜!? なんで分かったの!?」


女の子は頬を真っ赤にして振り返った。

澪は笑いながら肩を竦める。


「そりゃ、あんなにニコニコしていたら誰だって分かるわ。でも……カワイイ!」


「えへへ……」


生徒たちがどっと笑い、教室とは違う明るい空気に包まれる。


だが、そのとき。

澪の視線が、最後尾の一角でじっと俯いている少年に止まった。


金髪、透き通るような肌、そして翡翠色の瞳。

――マルタン。


澪は彼に近づき、優しく声を掛けた。


「あなたも、なにか楽しいことを思い出してみて」


マルタンの肩がわずかに揺れる。

(楽しいこと……?)


頭の中は空白だった。

どれだけ探しても、楽しい思い出など浮かばない。


沈黙が場を支配する。

その空気を破ったのは、別の生徒の嘲笑だった。


「コイツは人形だからさ、思い出なんかないんだよ!」


「ほんとだ! 人形のくせに喋るから気持ちわりぃ!」


爆笑が広がる。マルタンは顔を伏せたまま立ち尽くしていた。


胸の奥で、羞恥と怒りが一気にせり上がっていく。

頬が紅潮し、呼吸が荒くなる。


(やめろ……)

(やめろって言ってるだろ!)


次の瞬間――。


ラボ全体が悲鳴を上げた。


「きゃっ!」

「うわっ!」


照明が激しくフリッカーし、天井のランプがチカチカと明滅する。

《Affectics》のパネルが赤く点滅し、装置全体が急加熱を始めた。


「暴走!? 嘘だろ!」

リオンの声が響く。


「皆んな、装着から離れて!」

澪が叫ぶ。


生徒たちが悲鳴をあげて後退する。


「緊急遮断!」


リオンが端末に飛びつき、強制遮断のレバーを引き下ろす。

耳をつんざく警報音が途切れ、轟音を立てていた機械の駆動も次第に収束していく。


やがて――沈黙。


そこに立っていたのは、蒼白な顔のマルタンだった。

翡翠の瞳は虚ろに揺れ、全身から力が抜け落ちている。


「……っ」


膝が崩れそうになる。必死に堪えるが、今にも倒れてしまいそうだった。


澪は息を呑む。


「これは……普通じゃない」


リオンが険しい表情で端末を閉じる。


「ログ、全部押さえた。……外部から“割り込み”があった形跡がある」


重苦しい空気の中で、子どもたちのざわめきだけが続いていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ