第19話「憎悪の導火線」
「セレスティア・クロニクル ー 境界を越える者とAI」シリーズのSeason3
2つの島国の衝突危機回避から五年後。
澪は22歳となり、国家AI戦略プロジェクト「感生AI(Affectis)」の開発メンバーとして、国を守る最前線に立っている。
一人の少女による海底トンネル爆破計画を阻止し、両国は新たな交流の時代を迎えた――はずだった。
だが、平和の陰には必ず影が潜む。
世界規模の闇の組織〈ダークヒールズ〉が、両国の関係を悪化させようと水面下で動き出していた。
そしてその渦中に巻き込まれていくのは、一人の少年――マルタン。
彼は強い感情に突き動かされると、「0と1の流れに触れ、CPU演算を直接書き換える」という、常識を超えた異能を発揮する。
それは国家の基幹システムすら停止させうる“人間サイキッカー”。
友情、武道、幼い恋心、そして闇からの囁き。
サイキッカー、2つの組織のAIバトル。果たして勝つのは?
夜の街を、足音だけが乾いた音を立てていた。
マルタンは Bullying Sweaper の仲間たちと手分けしてハルカを探していた。
校舎の裏、通学路、公園、駅前、港、海底トンネルのゲート。
――だが、どこにも彼女の姿はなかった。
「マルタン、もう遅いし帰ろうぜ……」
仲間のひとりが弱音を吐いた。けれどマルタンは振り返らなかった。
「僕は諦めない。帰りたければ帰っていい!」
その声に、誰も返事はしなかった。ひとり、またひとりと仲間が消え、残されたのはマルタンひとりだけ。
翌日。
マルタンはハルカの家を訪ね、母親に会った。
マルタンは泣きはらした目をした母親にGPSは試したか、と聞いた。
「GPS? ……ダメなの。ハルカのシグナルは拾えなくなってるの」
母親はテーブルに突っ伏し、声を震わせた。
「誰か、早く見つけて……お願い」
マルタンは拳を握りしめ、唇を噛んだ。
「僕が必ず見つけます。絶対に」
脳裏に浮かぶのはハルカの姿。
──初めて優しく声をかけてくれた日のこと。
──嘘のない、真っ直ぐな笑顔。
──「友達になりたい」と、無垢に言ったあの日の声。
(僕は……必ず見つけだす。絶対に)
帰り道、頭の奥でゴトウの声が反響する。
「必ずしも全ての国民がセレスティアとヴァルガードの関係改善を願っているわけではない。両国には、歴史的に互いに敵意を持ち続ける過激な民族がいる」
(過激な民族...そうだ。きっとそいつらだ。そいつらがハルカを奪ったんだ)
マルタンには、それがセレスティアであろうがヴァルガードであろうが問題ではなくなっていた。
怒りが黒いマグマのように胸の底からじわじわとせり上がってくる。
数日後。
学校がついにハルカの失踪を公表した。
メディアは一斉に報じ「友好の象徴となった少女が行方不明」と大きく取り上げた。
街には「家出か」「誘拐か」「事故では」――と憶測が駆け巡った。
その時、テレビからヴァルガード大使の声明が流れた。
《今回の事件は極めて遺憾であり、早期解決を望みます。だが、我が国は万が一に備え、国民のセレスティアへの渡航禁止レベルを引き上げざるを得ません。なお、既に予定された文化交流事業は中止せず、予定通り実施しますので、是非ご理解頂きたい》
――マルタンの胸に稲妻のように閃いた。
(そうか……これが目的だったんだ!)
セレスティアを「危険な国」だと印象づけるため。
その象徴としてハルカを奪い去った。
なにが大使だ!背後にセレスティアを憎む“敵対民族”がいるに違いない。
拳が震え、胸の奥が灼けるように熱い。
(ヴァルガード……お前らがハルカを奪ったんだ!)
だが、学校の対応は遅く、世論や海外メディアから非難の声が相次いだ。
「セレスティアの恥だ」「面子を優先している」「無策だ」――。
だが学校側は「全力を尽くしている」と繰り返すだけ。
(そうだ。僕が虐められていた時もそうだった。誰も、何もしてくれなかった。大人は口ばかりで、いつだって僕を見捨てたんだ。もう学校なんか頼れない……!)
夜。ベッドに横たわっても眠れなかった。
脳裏に蘇るのは、愛おしいハルカの笑顔。
──まっすぐに見つめてきた瞳。
──無邪気に笑う声。
──「大丈夫だよ」と言ってくれたあの日。
その笑顔を奪ったのはヴァルガードだ。
(守りたいのに、奪われた。だったら……僕が取り戻すしかない)
胸の奥で何かが爆ぜた。
指先に微かな電流が走り、視界の端が白くチカチカと揺れる。
(もう抑えられない……!)
ベッドから起き上がり、窓に映る自分の顔を見た。
そこにいたのは、逃避行動のSOSを発信する幼い少年ではなかった。
憎しみと愛に燃える戦士の顔だった。
(ヴァルガード……学校もだ。僕は必ず罰を下す。君を奪った者を絶対に許さない。ハルカ、僕が必ず取り戻す!)




