第18話「失踪」
「セレスティア・クロニクル ー 境界を越える者とAI」シリーズのSeason3
2つの島国の衝突危機回避から五年後。
澪は22歳となり、国家AI戦略プロジェクト「感生AI(Affectis)」の開発メンバーとして、国を守る最前線に立っている。
一人の少女による海底トンネル爆破計画を阻止し、両国は新たな交流の時代を迎えた――はずだった。
だが、平和の陰には必ず影が潜む。
世界規模の闇の組織〈ダークヒールズ〉が、両国の関係を悪化させようと水面下で動き出していた。
そしてその渦中に巻き込まれていくのは、一人の少年――マルタン。
彼は強い感情に突き動かされると、「0と1の流れに触れ、CPU演算を直接書き換える」という、常識を超えた異能を発揮する。
それは国家の基幹システムすら停止させうる“人間サイキッカー”。
友情、武道、幼い恋心、そして闇からの囁き。
サイキッカー、2つの組織のAIバトル。果たして勝つのは?
セレスティアとヴァルガードの共同授業の日。
両国文化交流事業の第一弾として、セレスティアのジュニア・アカデミーとヴァルガードのファースト・ディビジョン・スクールの合同授業が始まろうとしていた。
セレスティア国営放送が、その様子を全国にライブ配信している。
学校では、教室の天井に吊られた大型ホログラムが、海の底を走る黒い線を映し出していた。
ニュース帯のテロップは躍る――《海底トンネルに敷設された超大容量通信ケーブルが両国教育ネットワークを接続!》。
街頭ビジョンでも、家庭のダイニングでも、カフェの壁でも、同じ映像が流れている。
海底トンネルに沿って敷設された太い光ファイバーが、まるで未来そのものを象徴するように輝いていた。
スタジオのアナウンサーは弾んだ声で告げる。
「これで、セレスティアとヴァルガードの“学び”がひとつにつながります!」
その瞬間を、マルタンやハルカ達生徒も教室で見上げていた。
胸の奥が、ほんのりと温かくなる。
(本当に……つながったんだ)
チャイム。校内放送と同時に、壁一面が授業のライブ中継に切り替わる。
セレスティアの教壇には歴史教師のゴトウ。
ホログラム越しには、ヴァルガードの教室――民族衣装を着た子、薄い色の制服で緊張した子、背筋をぴんと伸ばす子――が映った。
「歴史的な第一歩です」
ゴトウが微笑み、ホログラム上でヴァルガード側の教師代表と握手を交わす。
教室の空気は拍手とざわめきで一気にほどけた。
その時、遠く離れたラボでは、澪とリオンが別の画面を注視していた。
ライブ配信をスキャンするAffecticsの解析パネル。
映像のフェイスライン上に細かな計測点が走り、声紋や表情筋のデータが瞬時にプロットされていく。
「ゴトウ、表情筋の動き――口角は笑顔に一致。でも眼輪筋の反応がゼロ。……目が笑ってない」
澪が波形を拡大する。
「声の基本周波数の揺らぎも三倍。心拍はrPPG推定で一二三。ストレスは異常に高い」
Affecticsが冷たく重ねる。
〈感情乖離スコア:0.81(警戒閾値0.7超)〉
「外面は友好、内心は冷笑……ってやつか、それとも単に緊張しているだけか?」
リオンが舌打ちする。
澪は首を振った。
「違う。緊張なら交感神経の反応はもっとバラつくはず。でもゴトウの反応は“安定して高すぎる”。これは訓練された人間特有のパターン。感情を隠すために作られた仮面よ」
リオンは眉をひそめ、画面をにらんだ。
壇上に立つセレスティア代表の生徒――ハルカ。
彼女は少しマイクから離れ、深呼吸してから言葉を紡いだ。
「わたしは、海の向こうにも“同じ年の子”がいるんだって、今日やっと実感できました。海の向こうの事は知らないから少し怖かったけど、知れば……お互いを好きになれると思います。だから――一緒に、勉強して、お友達になりたい!」
その飾り気のない言葉に、ホログラムの向こうで小さな拍手が広がり、連鎖する。
セレスティアの教室でも自然に手が鳴った。
マルタンは誰よりも大きな拍手を送る。
ハルカが照れたようにこちらを見て笑い返す。胸が熱くなった。
(ハルカ……君は本当に嘘がない)
壇上のゴトウも笑顔で拍手していた。だが、Affecticsの数値だけが跳ね上がる。
〈乖離スコア:0.86〉
澪は小さく息をのむ。
(やっぱり、この人……チョー胡散臭いんですけど)
その後、両国の歴史が紹介され、生徒達は積極的に質問を投げ合い、終始和やかな空気で授業は進んでいった。
「両国の未来は君たちにかかっている。この共同授業を通じて、お互いを理解し合い、両国の明るい未来を築いてほしい」
ゴトウの言葉で授業が締めくくられた。
リオンは解析画面を指さし、低く呟いた。
「よくもまあ、ぬけぬけとここまで心にも無いことを……。コイツ、絶対に何かやらかす」
中継が終わり、賑わいも去っていく。
第1回合同授業は「表向きは」無事に終わった。
――だが、翌朝。
マルタンが登校し、教室の入り口のスキャナーに腕をかざす。
ピッと音が鳴り、スキャナー横の小型ディスプレイに「登校確認済み」の文字。
だが、いつもマルタンより早く登校するハルカの席は空のままだった。
始業のチャイムが鳴っても、ハルカは現れない。
(病気でもしたのだろうか...)
マルタンは不安げにその机を見つめ続けた。
教壇に立つユナ。
「では今日は...」
ユナが喋りだすと同時にユナが手にするタブレットが振動する、ユナの顔色が変わった。
「……今日は...自習にします」
そう短く告げると、足早に教室を去っていった。
教室内がざわめく。
胸騒ぎを抑えきれず、マルタンも教室を抜け出した。
(なんか……いやな感じがする)
廊下。マルタンは教務員室のドアに耳を押し当てる。雑音しか聞こえない。
背中に冷たい汗が流れる。
「マルタン。そこで何をしている?」
振り返ると、ゴトウが立っていた。
「ハルカが……来てません。さっきユナ先生が慌てて出て行ったので……」
「ちょっと……こっちに来なさい」
ゴトウは小声で給湯室へ導いた。天井のライトが白く揺れる。
「実はな、学校がハルカの母親に連絡をしたところ、いつも通りに学校に向かった、と言ったらしい」
「じゃあ、行方不明?!治安維持監視局に――」
「ダメだ。昨日の共同授業直後で、しかもハルカはセレスティアの生徒代表だ。今公にすれば間違いなく大騒ぎになる。今教師全員が対応を協議している」
マルタンの指先が震える。
(どういうことだ……ハルカ、どこに……)
ゴトウはその震えを観察するように目を細めた。
「まだ断定はできんが...“誰かが連れ去った”可能性がある」
その言葉は黒い石のようにマルタンの胸に落ち、波紋を広げた。
(...何故ハルカが...)
「これはまだ私の推測だが」ゴトウは勿体ぶったように咳払いをする。
「覚えておくんだ。必ずしも全ての国民がセレスティアとヴァルガードの関係改善を願っているわけではない」
「...」
「2つの国には、歴史的に互いに敵対意識を持ち続ける過激な民族がいる、セレスティアにもヴァルガードにも」
「じゃあ、そいつらがハルカを...」
「まだ分からん。あくまでも可能性の一つだ」
「でも、何のためにハルカを...」
「分からん...が、何を仕出かすか分からん連中だ。両国の関係改善を阻む行為は断じて許さん、私が必ず突き止める、それまでは絶対に大人しくしているんだ、いいね」
同じ頃、澪のラボ。
澪とリオンはAffecticsとEIDOSに《コンセンサス・シールド》AIモジュールのインストールを終えたばかりだった。
コンセンサス・シールドは、特別参観でのマルタンの暴走インシデントを教訓に開発された新しい仕組みで――
・マルチCPU環境において、各CPUの演算結果に不一致があった場合、従来は即座に障害と判断しシステムをシャットダウンしていた。
・これに対し、コンセンサス・シールドでは各CPUにAIモジュールをロードし、「攻撃」か「通常」かを多数決で判定する。
・判定の結果、不整合があっても補正可能と判断されれば、システムは稼働を継続する。
つまり、従来の“停止による安全”から、“合意による継続”へ――可用性を重視した仕組みなのだ。
澪のスマホが震えた。
> ハルカが行方不明になった。
ユナのメッセージだ。
(ついに始まった……)
澪の脳裏にゴトウの顔が浮かぶ。
「リオン、EIDOSを立ち上げて!ハルカが行方不明になった!」
リオンは、EIDOSに登録されているゴトウ、マルタン、ハルカ、合同授業の情報、澪の仮説を全てモニターに呼び出し、選択するとシミュレーション・ウインドウにドラッグした。
・Affecticsによるゴトウの乖離スキャン解析
・マルタンのサイキック・インシデント履歴
・リオンの調査で判明したゴトウの不審な経歴
・ゴトウとマルタンの関係に関する定性的情報
・マルタンとハルカの関係に関する定性的情報
・合同授業のスケジュール
・両国のシステム連携構成、ネットワーク構成情報
・ヴァルガード側システムのセキュリティ強度
・ハルカ失踪の事実
・澪自身の仮説(ゴトウ=ダーク・ヒールズ説)
リオンはEIDOSのコマンドラインにシミュレーション要求を打ち込む。
>ハルカが今行方不明になった。その原因と今後の展開をシミュレートしろ
EIDOSからいつくかの質問が返され、リオンはそれらに回答していく。
最後の質問は「『澪自身の仮説(ゴトウ=ダーク・ヒールズ説)』の信頼度は?(0.00 <= x <= 1.00)」だ。
リオンは横にいる澪の言葉を待っている。
「0.5」
澪が呟く様に言うと、リオンがタイプする。
その瞬間、EIDOSは軽快な処理音を響かせながらシナリオを生成を開始した。
[EIDOS :: RISK SCENARIO OUTPUT ]
---------------------------------
シナリオID: #VAL-EDU-ATTACK-2035
生成時刻: 08:43:11
> 信頼度評価:
- EIDOS演算信頼度: 0.84
- 仮説信頼度(外部パラメータ): 0.50
- 統合信頼度X(同時確率): 0.42
> 主因分析:
- Dark Heels:両国関係悪化を意図
- Agent GOTO:実行工作員(確度: 0.89)
> イベント系列:
[1] Subject HALKA = 誘拐
推定犯行主体 = GOTO
関与確率: 0.82
[2] Subject MARTIN への偽情報注入
内容 = 「犯人はヴァルガード」
誤認発生確率: 0.76
[3] MARTIN / Psychic Output = 怒り増幅
トリガー = 合同授業
出力経路 = Celestia Gateway
経由後攻撃対象 = Valguard 教育基幹
崩壊確率: 0.68
[4] Valguard 側解釈 = 「Celestiaによるサイバー攻撃」
外交的非難声明 発出確率: 0.81
> 想定結果:
- 両国関係 = 悪化 (確率 0.79)
- 海底トンネル = 閉鎖リスク (確率 0.72)
- 国交断絶シナリオ 発生確率: 0.65
---------------------------------
!! 警告: シナリオ連鎖は Dark Heels の利益拡大に直結
リオンがモニターから目を離し、低く呟く。
「……つまりだ。
ダーク・ヒールズの工作員ゴトウがハルカをさらう。
マルタンには“ヴァルガードの仕業だ”と吹き込み、怒りを利用して合同授業の最中にセレスティア側のゲートウェイ経由でヴァルガードの教育サーバをぶっ壊させる。
ヴァルガードはセレスティアの攻撃と誤解して、非難声明。
結果、両国関係は最悪に転げ落ちる──」
唇を噛み締めたリオンは、モニターに映る冷たい数字の羅列を睨みつける。
「……全部、ダーク・ヒールズの思う壺だ」
「……やっぱり、そうなるよね。でも、私の仮説の信頼度は0.5、ギャンブル並みよ」
澪は唇を噛む。
「だが……残りの0.5は君の勇気なんだろう? だったらイチかバチか、これに賭けるしかないだろう」
「ゲートウェイのFEPにAffecticsクライアントを常駐させ、感情データをリアルタイムでこちらのサーバーに転送する。そこで解析して、異常を監視するんだ」リオンが低く言った。
「マルタンの過去の感情パターンをAffecticsに学習させる」澪が続く。
「そうだ。そのパターンを検出した瞬間、マルタンの割り込み信号はゲートウェイに流さず遮断する。これで、セレスティアとヴァルガード両方のサーバーは守られるはずだ」
澪とリオンは言葉を交わしたあと、すぐに端末へ向かった。
ラボの空気が一段と張り詰める。
複数のホログラムが重なり合い、ゲートウェイの構造図が青白く浮かび上がる。
リオンは操作卓に手を伸ばし、指先でスイッチを切り替えた。
「……よし、FEPのバックエンドを開いた。澪、こっちはクリアだ」
澪は頷き、モバイル端末を接続する。
スクリーンには無数のコード行が走り、ゲートウェイのセキュリティ層にアクセスしていく。
彼女の唇がかすかに動いた。
「Affectics、リモートロード開始……。ターゲット:教育ゲートウェイ、FEPスロット3」
緑色のプログレスバーが、ゆっくりと伸びていく。
一瞬、警告ウィンドウが赤く点滅するが、リオンがすぐに補助コマンドを叩き込む。
「大丈夫だ、再ルーティング完了。続けろ」
澪の指が震えた。
「……これで、本当にマルタンを守れるのかな」
「何を今更弱音を吐いている、これに掛けるんだ」
リオンの声は低かったが、確かな力を含んでいた。
やがてバーが最後まで満ち、完了音がラボに響く。
〈インストール完了:Affectics/Consensus Shield モジュール 稼働中〉
澪は大きく息を吐いた。
「……ゲートウェイFEPに、Affecticsクライアント常駐。コンセンサス・シールド、オンライン」
「よっしゃぁ! これでゲートウェイFEPがマルタンの割り込みシグナルを遮断すると同時に、俺達にアラートが飛んでくる」
リオンが正拳突きのポーズを取る。
モニターに、青い輪が重なり合うように光を放つ。
それは――マルタンを守る盾であり、同時に彼を縛る檻でもあった。




