第17話「表裏一体」
夜。
アパートの一室で、ゴトウは薄暗いライトに照らされながらタブレットを開いていた。
画面に浮かぶのは、まだ正式発表前の「セレスティアーヴァルガード教育交流事業」の内部資料。
教師向けのブリーフィング資料を彼は密かにコピーしていたのだ。
教育交流事業の一つは、海底トンネルに敷設された超大容量の通信ケーブルを使って、両国が共同のオンライン授業を行うというものだ。
セレスティアとヴァルガードの教室にホログラムを設置して、違いの教室の映像を3Dでリアルタイム配信する。
あたかも互いがその場に居るかの様な臨場感を得ることが出来る。
「この共同授業開催の公表には両国とも慎重だ。なにせ両国の関係改善を快く思っていない連中がわんさかいるからな。さてと…」
ゴトウは数枚の電子媒体を暗号化回線で送信する。
画面に、暗号化通信のインターフェースが現れる。
指先が慣れた動きで文字を打ち込む。
――対象:PSSB
――内容:状況報告
――添付:06980.xdp
共同授業事の内部資料のコピーが送信された。
瞬間、背後の壁に投影されたモニターが不気味に点灯した。
応答だ。
黒背景に無数のコードが流れ、電子音のような声が響き渡る。
共同授業のリスク分析結果がモニターに返される。
> “During synchronized online classes, subject Martin can inject interrupt signals.
Estimated outcome: Valguard Educational Core collapse.”
ゴトウは口角を上げる。
「要するに……共同授業でマルタンのサイキックパワーを使えば、ヴァルガードの教育サーバは落ちる、ってことだな」
再びノイズ混じりの声が続く。
> “Valguard will misinterpret as Celestia’s cyber attack.
Result: diplomatic crisis → Tunnel closure → Arms race → Profit expansion for Dark Organization ”
ゴトウの目が細くなる。
「なるほど。ヴァルガードはそれをセレスティアの仕業だと思い込む。外交危機、トンネル閉鎖、軍拡……そして、それで潤う連中がいる」
さらに補足が流れる。
> “Valguard remains resource-dependent. Their IT defense infrastructure is underdeveloped, generations behind.”
ゴトウは喉の奥で笑った。
「やっぱりな。資源に頼りきった国は、情報防御なんて育っちゃいない。ガバガバのシステム……狙い目だ」
モニターが赤く明滅する。
> “Martin is a risk. High potential as operational vector.”
「……マルタンのサイキックパワーがリスク、と。やはりそういう結論になるか。逆に言えば奴のパワーは”武器”になる、ということだ」
ゴトウの目が獲物を狙う獣のように細まった。
セレスティアの研究ラボ。
「教育交流事業」の実施計画は澪のプロジェクトに報知されていた。
澪とリオンはこの共同授業のリスク・シナリオとユースケースの作成を上長から命じられていた。
壁一面のホログラムモニターに、海底ケーブルの配置図が映し出されていた。
赤いラインが点滅し、EIDOSの合成音声が告げる。
「両国を繋ぐ教育ゲートウェイに対する攻撃シナリオを検出。発生確率:40%。信頼率:65%、リスクレベル:A」
澪は顔を強張らせる。
「……40%って……十分高いよ。これはもう“起きる”前提で考えた方がいい」
EIDOSのホログラムが重なった。
「攻撃パターンは断片的。しかし、割り込み信号を経路に流し込まれる可能性が高い」
澪は唇を噛み、モバイル端末を握った。
「つまり……マルタンのサイキックパワーがセレスティアのゲートウエイを踏み台にして、ヴァルガードの基幹サーバーを攻撃する、という事?」
リオンは黙ったままモニターを睨みつける。
拳をゆっくり握りしめ、低い声で言った。
「……マルタンを疑いたくはねぇが、背後にゴトウがいる限り防御は必要だ。正直、ヴァルガード側の技術レベルでは防御は無理だろう」
澪は深呼吸し、意を決して提案する。
「教育ゲートウェイに《コンセンサス・シールド》を搭載しましょう。
もしマルタンの割り込み信号が使われても、Affecticsが即座に攻撃と判定して遮断できるはず」
研究室に一瞬の沈黙が落ちた。
友を守るために、その友を“監視”する――信頼と疑念ーー矛盾を抱えた決断だった。
リオンは視線を澪に移し、短く頷いた。
「やるしかねぇ。……マルタンを、本当に守れるのは俺たちしかいない」
夜のラボ。
モニターの光に照らされた澪の横顔は、不安に揺れていた。
「上への報告はどうする? シナリオやユースケースにマルタンを登場させる訳には行かないわ」
「もちろんだ。現段階では...EIDOSは発生確率20%、信頼率30%でゲートウェイが最も狙われやすいとシミュレートした、と言っておこう。まだ信頼率は低いです、と」
「でも実際は65%じゃ...」
「EIDOSはまだプロトタイプの域を脱していない事にしておくんだ。まだ実用段階ではありません、ってね。実際には十分実用に耐え得る性能レベルだけどね」
「なるほど...まだ、軍や官僚に解放したくないってことね。あんなIT音痴に渡したら、何に使うか分かんないもんね」
「そういうコト! それに報告したところで上の連中は何も動かない。俺達だけでやるんだ」
「ねぇ……マルタン、本当に大丈夫だよね?」
未来の囁きは、研究室の冷たい空気に溶けて消えた。




