第14話「変幻」
朝。
登校してきたマルタンは、自分のクラスへ向かう途中、隣の教室の前で足を止めた。
中から怒鳴り声と嘲笑が漏れ聞こえてくる。
「ほら、また答え間違えてたじゃねぇか!」
「お前のノートのおかげで、昨日のテストの結果は散々だったぜ」
「役立たず!」
机の前で小柄な生徒がノートを抱え込み、必死に謝っていた。
靴でそのノートを踏みつける上級生。震える手。怯えた目。
笑い声が突き刺さる。
マルタンの胸に鋭い痛みが走った。
(……僕と同じだ。何とかしなきゃ……)
かつて浴びせられた「人形」「化け物」の言葉が脳裏をよぎる。
だが今の彼は目を逸らさなかった。拳を握り、静かに息を吸う。
(守らなきゃ。そうだ、僕が……守護者になるんだ)
イジメを一掃する組織が必要だ。
胸に浮かんだのはひとつの名前――Bullying Sweaper。
その瞬間、彼は新しい自分を描き始めていた、人の上に立つ自分を。
教室に入ったマルタンを前に、ざわめきが止む。
誰もふざけて声をかけない。
一瞥されるだけで空気が凍り、からかった者はすぐに目を逸らす。
(僕がリーダーだ。僕が、守るんだ)
胸が熱くなり、誇らしさが広がっていく。
放課後、廊下の影でゴトウに声をかけられる。
「どうだい?守護者のリーダーになる気になったかい?」
穏やかな笑みに隠された声は低く響き、甘い毒のように心に染みこんでいく。
「君は国を導ける男になる。私が保証する。もう“個人”を超えているんだ。集団を率い、人を動かせ」
その言葉が胸で共鳴し、朝の光景が蘇る。
涙を浮かべていた小柄な生徒。
(僕が率いれば、誰も泣かない)
“影の守護者”という言葉が、正義と同化していった。
翌日、マルタンは数人のいじめ被害者を呼び集めた。
「もう誰も泣かせない。俺たちで校内のいじめを一掃する」
彼らの目が光る。
マルタンは道場で学んだ武術の基礎を教え込み、団体行動を叩き込んだ。
イジメ被害者の生徒達は、マルタンの変貌ぶりをよく知っていた。
そして皆、マルタンの様に自分を変えたいと思っていた。
だから必死に武術に打ちこみ、マルタンの話を聞く。
黒い腕章が作られた。「BS」の刺繍が白く浮かび、彼らの誇りを象徴する。
休み時間や放課後、彼らは校内を集団でパトロールした。
イジメの現場を見つけると、彼らは腕組みをしてイジメている生徒達を睨みつける。
彼らに睨まれた生徒は、大概バツが悪そうにその場を立ち去った。
下級生は憧れの視線を向け、教師や上級生は不穏な目で見守る。
やがて、上級生の不良グループが動いた。
「お前らの正義ごっこが目障りだ」
放課後の校舎裏倉庫に呼び出されたBullying Sweaperは、薄暗い倉庫の中で不良たちと対峙した。
「これ以上こんなパトロールごっこを続けるなら、この場で痛い目に遭うことになる」
「これは正義だ、やれるものなら――やってみろ」
マルタンの低い声に、仲間たちの背筋が伸びる。
乱闘が始まった。
鋭い突き、正確な蹴り、集団での連携。
Bullying Sweaperの圧勝だった。
「う、嘘だろ...」
不良グループのリーダーは、真っ先にその場を逃走した。
次々に不良たちが倒れ、悲鳴を上げて逃げ去った。
残されたマルタンの胸には、快感が広がっていた。
(これが正義だ。これが守護者だ。僕がリーダーなんだ)
翌朝。校門前でハルカと出会う。
「...逞しくなったね。でも……前のマルタンくんも...好きかな」
そう言って笑顔で去っていく。
マルタンは立ち尽くし、胸に苦い痛みを抱いた。
(君を守るためなんだ……)
だが学校側はBullying Sweaperを野放しにするわけにはいかなかった。
Bullying Sweaperに打ちのめされた不良グループのリーダーの母親が、学校側にクレームを入れたのだ。
副校長室。
「君の行為は他の生徒を威嚇するギャング紛いの行為だ。今すぐやめなさい」
マルタンは真っ直ぐに睨み返した。
「僕がいじめられていた時、先生は体を張って止めてくれましたか?」
副校長の顔がひきつる。冷や汗がこめかみを伝う。
「腰抜けのあなたたちが守らなかったから、僕が立ち上がったんです。邪魔しないでください」
副校長は蒼ざめ、視線を逸らした。机の上で握った手が震えている。
教師の威厳は剥がれ落ち、ただの怯えた大人がそこにいた。
マルタンは胸の奥にぞくりとしたものを感じた。
(僕は……支配できるんだ)
その頃。
ユナはマルタンの行動に危機感を覚え、澪のもとに連絡を入れていた。
「マルタンが……どうも危ない方向に進んでいます。副校長ですら怯えていました」
澪は険しい顔で道場のモニターを見つめ、リオンも黙って腕を組んだ。
「……あのマルタンが」
「Affecticsの出番かな」
澪の声には決意があった。
「俺にも責任の一端がある」
リオンが静かに言う。
二人は頷き合った。




