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第2夜:『プールの底に沈む真実』③ 水に囚われた魂

「真実に近づくほど、水の怨念は、より強く、より冷酷に姿を現します。それは、ただの現象ではありません。水に囚われた魂の、報復の現れなのです。彼女の周りで起こる不可解な出来事は、その前触れ。そして、水は、ついに、その悪意を働いた者たちへと、牙を剥き始めるのです。誰も、その深淵からは逃れることはできません。」


ーーー


真実に近づくほど、私の周りでは不可解な現象が起こり始めた。練習中に体が勝手に沈もうとしたり、水音が耳元で囁くようになったり。プールの水が、まるで私を拒絶しているようでもあり、私を内側から引きずり込もうとしているようでもあった。プールサイドを歩いているだけで、足元が滑るような錯覚に陥る。


(「寒い! なんでこんなに冷えるの? プールの水が私を呼んでるみたい…引きずり込もうとしてる? 私の体じゃないみたいに、勝手に沈んでいく…誰も信じられない。梨花と彩香の視線も怖い。私が知ったってバレたら、次は何が起こるの? 私が、次の標的になるかもしれない…助けて!」)


その冷たさは、幼い頃、溺れかけた時の記憶と重なり、私を深く恐怖させた。私は、由美が突き飛ばされた瞬間のプールサイドの状況を思い出そうと、何度も頭の中で反芻した。あの時、確かに梨花と彩香は由美のすぐ後ろにいた。そして、由美がプールに落ちた後、二人だけがニヤニヤと笑っていた。


翌日の練習中、異変はさらに顕著になった。由美を一番強く苛めていた梨花が、突然、プールの中で苦しみだしたのだ。まるで誰かに足首を掴まれたかのように、沈み込もうともがいている。周りの部員たちは、何が起こっているのか分からず、ただ呆然と見ているだけだった。梨花は悲鳴を上げようとするが、水中で泡となって消えるだけだった。


(「梨花! どうしたの?! 何か、誰かに掴まれてる…? 水の中に、何かがいる…! 由美…? 由美が、梨花を引きずり込もうとしてるの?! やめて! 梨花が死んじゃう!」)


私の脳裏に、あの黒ずんだプールの底の歪みが鮮明に浮かび上がった。そして、そこから伸びる、泥のようにぬるりとした冷たい手が、梨花の足首を強く掴んでいるのが見えた。他の誰にも見えていない、その手が、梨花をプールの奥底へと引きずり込んでいく。梨花は必死にもがくが、まるで水に絡め取られたかのように、体が自由にならない。泡が次々と水面に上がり、やがて梨花は、水中で大きく目を見開いたまま、力なく沈んでいった。


部員たちがざわめき、コーチが飛び込もうとするが、その時、プール全体が不自然なほど静まり返った。夏の昼間だというのに、セミの鳴き声一つしない。水面が鏡のように揺れなくなり、プールの底から泡が一つ、また一つと上がってくる。その泡は、まるで由美の最後の呼吸であるかのように、ゆっくりと水面に弾けた。そして、水面に由美の幻影が浮かび上がった。彼女は私を誘うように手招きをする。その顔は、水に濡れて青白く、口元は歪んでいた。まるで、水中に閉じ込められたまま、懸命に私に何かを伝えようとしているかのようだった。その目は、私を深く見つめ、怨念が渦巻いていた。


(「ダメ、由美! そっちに行ったら…! 私まで、由美みたいに…? 死にたくない、まだ何も解決してないのに! あなたの復讐を果たすまで、私は死ねない!」)


由美の幻影は、まるで私を水中に引きずり込もうとするかのように、透き通った腕を伸ばしてきた。その腕は透けていて、そこから冷たい水滴が零れ落ちているように見える。私は、まるでプールの水が私を飲み込もうとするかのように、底なしの恐怖に苛まれた。全身の毛穴が開き、冷気が私の全身を突き抜ける。体が震え、歯の根が合わない。


その夜以降、私はプールの水を見ると、全身が凍り付くような感覚に襲われるようになった。私の耳元では、常に、由美の囁き声が響いている。それは、梨花が沈む直前に見た、あの由美の怨念に満ちた目と、プールの底の暗闇を、決して忘れるなと、私に訴えかけているかのようだった。そして、私は、由美が沈んでいったあの場所の底に、まだ何かが隠されていると確信していた。梨花は、その真実に触れてしまったのだ。


ーーー


「水の底に隠された真実は、水面に映る光の屈折のように、歪んで見えるもの。彼女が見つけたのは、果たして真実だったのか、それとも、水に囚われた魂の、深い怨念だったのでしょうか。水は、時に全てを覆い隠し、しかし、時に全てを露わにする媒体でもあるのです。そして、その真実を知った者は、水の底に引きずり込まれる運命にあるのです。梨花は、その最初の犠牲者だったのかもしれません。」


ーーー


再び雨が上がると、女性は無言で立ち去った。彼女の後ろ姿は、来た時よりも一層、透明感を増したように見えた。まるで、彼女自身が水に溶け出しているかのようだ。マスターは、次に彼女が来るのは、どんな雨の夜だろうかと考えるようになった。彼女の語る話は、どれも水にまつわる恐ろしいものばかりだったが、なぜか惹きつけられてしまう自分がいた。彼の頭の中には、プールの底から見上げた、歪んだ由美の顔と、梨花が水に沈んでいく光景が鮮明に残っていた。そして、彼の耳の奥には、微かな水音が響き続けていた。

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