第2夜:『プールの底に沈む真実』② 水底からの視線
「水底に沈む真実は、水面に映る光の屈折のように、歪んで見えるもの。彼女が見つけたのは、果たして真実だったのか、それとも、水に囚われた魂の、深い怨念だったのでしょうか。水は、時に全てを覆い隠し、しかし、時に全てを露わにする媒体でもあるのです。その底に眠る真実は、常に、水面に影を落としていました。そして、その影は、彼女の心にも、深く、長く伸びていったのです。」
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私は、由美の死が事故ではないという確信を強めていた。誰かが何かを隠している。このままでは、由美が報われない。真実を突き止めるのは、私しかいない。私は独自に調査を始めた。部員たちが練習を終え、寮に戻った放課後、人目を忍んでプールサイドに立ち、あの違和感のある底の部分を凝視する。
水底に目を凝らすたび、プールの水が濁り、由美の顔が浮かび上がる錯覚に襲われる。由美の顔は、苦悶に歪み、私を睨んでいるようにも、何かを訴えかけているようにも見えた。その目は、生きていた時の輝きを失い、深い怨念を湛えていた。水面に広がる波紋が、由美の苦しみを表現しているかのようだった。
(「うわっ! 見えた…由美の顔だ! 私を睨んでる? いや、違う、何か訴えかけてるんだ。プールの底に、何があるの…? 私に、何を伝えたいの、由美…? 私に、見つけてほしいの…? 私を、真実へと導いてくれるの…?」)
その視線が、私の体を氷のように冷やす。プールの底から、冷たい水が私の皮膚に染み込んでくるような感覚に襲われる。それは、まるで由美の怨念が、私に直接触れてくるかのようだった。耳の奥では、絶え間なく水音が響き、頭痛を引き起こす。
日中、練習中に水中に潜ると、あの底の歪みがさらに鮮明に見えた。そこだけ、プールのタイルが不自然なほど濃い影を落としている。水中の薄暗い光の中で、その影が、まるで私を呼んでいるかのように感じられた。あの場所には、何かが「ある」。私の第六感が、強くそう告げていた。
その夜、部員たちが寝静まった後、私はこっそりプールに忍び込んだ。懐中電灯の光が、漆黒の闇に包まれたプールの底を照らす。一歩足を踏み出すたびに、水音がやけに大きく響く。プールサイドを歩く足音が、まるで水面を這う何かの音のように、不気味に耳に張り付いた。
光の先、あの黒ずんで見えた場所には、確かに不自然な盛り上がりがあった。プールの底に、誰かが何かを隠している。それが、由美の死の秘密と繋がっている。水面に顔を近づけると、鉄のような錆びた匂いがした。それは、プールの消毒液の匂いとは明らかに異なる、生々しい金属の臭いだった。
(「まさか…こんなものが。誰が、何のために…? プール用のマット? いや、こんなに分厚くない。まるで、何かの塊…誰かが沈めた…由美が死んだのは、事故じゃなかったんだ…! 誰が…一体誰が…?」)
手が震える。これは、由美の死の謎を解く手がかりかもしれない。でも、この先に何が待ち受けている? 私は、その盛り上がりを足で探ってみた。すると、冷たい指のようなものが、私の足首に触れた気がした。それは、泥のようにぬるりとして、私の肌に絡みついた。背筋に悪寒が走る。
(「ひっ…! 今、何か触れた?! 足首が、急に冷たくなった! 誰か、いるの? いや、まさか…由美…? 由美が、私を呼んでるの…? 私を、こっちに引きずり込もうと…? この冷たさは、あの時の…私が溺れかけた時の…!」)
その冷たさが、私の足首から全身に広がり、心臓を直接掴まれたような感覚に陥った。息が詰まる。水底の闇が、私を見つめ返している。そこには、無数の目が光っているかのように見えた。その目は、私の全ての行動を見透かしているかのようだった。私は、震える手で懐中電灯を強く握りしめ、次の行動を逡巡した。この先に進めば、私は決して引き返せない場所へと足を踏み入れることになるだろう。
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「水底からの視線は、ただの幻覚ではありませんでした。それは、隠された真実を暴こうとする者への、警告であり、同時に、水に囚われた魂からの、切なる呼び声だったのかもしれません。彼女は、もはや後戻りできない場所に立っていました。真実を知ることは、時に、自身を深淵へと引きずり込むことだと、彼女はまだ気づいていないのです。」