第4話 変わってしまったもの、変わらないもの
私は、少しずつ変わっていく自分に気づいていた。
時間を遡るたびに、感情の輪郭が鋭くなって、心が削られていく。言葉にできない“何か”が、静かに胸の中で軋む。
こんなふうに彼と並んで歩く時間が、もう何度目なのかさえ、時折わからなくなる。
「アリア様……少し、歩き疲れましたか?」
ふいにリオが立ち止まり、私を見つめた。彼の瞳は変わらない。あの日、最後に見送ったときと同じ、深くてまっすぐな灰色。
その視線に、私はまた立ち尽くしそうになった。
「大丈夫よ。風が気持ちよくて、ただ……少し、懐かしい気持ちになっただけ」
なんでもないふりをしながら、言葉を選ぶ。うまく笑えていたかはわからない。けれどリオは、強く追及することなく、そっと歩幅を合わせてくれた。
彼はいつもそうだった。
言葉で問わず、沈黙のまま気遣いを差し出してくれる。
そのやさしさが、時にいちばん残酷だとさえ思う。
だって、私は知っている。
この優しさが、誰かのために向けられたとき──彼は、迷いなく自分の命を差し出してしまう人なのだ。
「リオ……」
名前を呼んだ声が、ほんの少しだけ震えていた。
その音に自分でも驚いて、目を伏せる。
リオは振り返って、何か言いかけて、けれど言葉を飲み込んだ。
小さな“間”が、二人のあいだに落ちる。
本当は聞きたいことがたくさんあった。
未来で何が起こるのか、どうすればそれを変えられるのか、私が彼にとってどんな存在になり得るのか──
けれどそれを言葉にすれば、この平穏が終わってしまう気がして、口を閉ざした。
「昔と……少し、雰囲気が変わりましたね」
リオがぽつりと呟いた。
私は息を止めた。
「何が?」
精一杯、何気ない口調を装う。けれど心の中は、いまにもはじけそうな緊張で満ちていた。
彼は少し迷うように視線を落とし、それから遠くの空を見た。
「昔より……少し、大人びたような。表情が。言葉の選び方も」
「そうかしら」
喉の奥が、かすかに痛んだ。そう言われることは想定していたはずだったのに、実際に口にされると、なぜか胸の奥がざらりと波立った。
“違和感”は、隠しきれないのかもしれない。
でも、それでもいいと思っていた。
今の私を見て、少しでも“変化”に気づいてくれたのなら、それは確かに、彼の中に私が映っている証拠だから。
「アリア様は、変わられました。でも、それが悪い意味じゃないのは……たぶん、誰よりも私がわかっています」
優しい言葉。
けれど私は、そのやさしさに甘えることも、縋ることもできない。
なぜなら、私が変わってしまったのは、彼を守るためだったから。
彼に愛されるためでは、なかった。
目を閉じる。風がまた吹いて、髪を揺らした。
音がすべて遠くなっていく。水音も、鳥の声も、すべてが霞んで、残るのは──彼の姿だけ。
「……リオ、今日はありがとう。付き合ってくれて」
「いえ。こうして一緒に過ごせるだけで、私は十分です」
変わらない声だった。変わらない言葉。
けれど私は、変わってしまった自分を抱えながら、そっと笑った。
それが、彼の未来を変えることにつながると信じていた。
たとえ、それが叶わなくても。