第3話 言えない気持ちの、居場所
中庭に、昼下がりの光が降り注いでいた。
噴水の水音は穏やかに響き、まるで時間までもゆるやかにほどけていくようだった。
それは、かつて私たちが何度も交わした“何でもない日常”の風景だった。だけど私は、その一瞬一瞬を、両の手で抱えるようにして刻んでいた。
こんな穏やかな時間を、かつて私たちは何度も手にしていた。
でも──
未来には、同じような“日常”は、二度と訪れなかった。
それを覚えているのは、私だけ。
「リオ、今日はどこに任務に行ってたの?」
なるべく何気ない声で問いかけた。いつもの私のように、無邪気な16歳のふりをして。
「城外の門番交代です。平穏な一日でしたよ」
言いながら、彼は少し肩を回してみせた。ほんの小さな仕草が、なぜだろう、胸の奥に優しく刺さる。
平穏。
その言葉は、いまの私にとっては呪文のようだった。
どれだけ願っても、私たちの未来にそれは長く続かなかった。
どの時間軸でも、ほんのわずかな隙間に、死が忍び寄る。リオの命を奪い去っていく。
原因は毎回異なっていた。けれど、ひとつだけ共通しているのは──
彼がいつも、“誰か”を守ろうとしていたということ。
だから私は、怖かった。
今度の未来も、きっとまた同じように、彼は誰かのために剣を抜き、誰かのために倒れるのだろうか。
「リオ……あなたは、自分の命を賭けてでも、守りたいと思うものって、ある?」
言ったあとで、しまったと思った。思いがそのまま声になってしまったようで、胸が苦しくなった。
けれどリオは、少し驚いた表情を見せただけで、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。
「それは……職務としてなら、もちろんあります。けれど、たとえそうでなくても──」
少し言葉を切ったあと、彼は噴水を見つめながら続けた。
「守りたいと思う人がいるなら、自然とそうなるのかもしれませんね」
その横顔に、私は何も言えなかった。言葉にならない思いが、胸の奥で渦を巻いていた。
その人が、私だったらいいのに。
でも、そんな願いはきっと、わがままだ。
私の想いは、まだ言葉にできない。
この“今”に持ち込んではいけないものだと、何度も自分に言い聞かせている。
それでも、伝えたくなる気持ちは、どうしたらいいのだろう。
──言えない気持ちは、どこに置いておけばいい?
それはきっと、私の胸の奥で、誰にも知られないまま、静かに灯り続ける。
消えることもできず、届くこともないその想いが、いつか誰かを守れるなら、それでいい。
……そう思おうとしていた。