憧れの生徒会長に告白するつもりだったのに、知らない人が来た。
「この神宮寺凛花にラブレターを送ってくるとは、あなたなかなか見る目があるわね!
ちょっと顔が微妙な気がしなくもないけど、付き合ってあげてもいいわよ!」
放課後の体育館裏に彼女の声が響き渡る。
切れ長の目に、肩まで垂らした薄い金髪。
目を見張るような美人が僕のことをじっと見つめながら、反応が返ってくるのを待っている。
これはとても困ったことになってしまった。僕は彼女にラブレターなど出していない。
そもそもどうして僕らがこんな場所にいるのか、読者のみなさんに説明する必要があるだろう。ことの始まりは昨日の夜まで遡る……
昨日の夜、僕は悩んでいた。それはもう、人生でこれ以上悩んだことなんてないってくらい悩んでいた。
僕が悩んでいた理由を説明するには、ある人物のことを紹介しないといけない。
僕らの通うここ私立星宿高校には神林瑠璃乃という誰もが知る学園のマドンナがいる。
頭脳明晰で才色兼備、誰に対しても分け隔てなく接する彼女はこの学園の生徒会長を勤めている。
そんな彼女の特徴といえばなんといってもその美貌だ。
純和風の美人の趣を携えた彼女は、高校生でありながらプロのモデルとして日々注目を集めている。
人間として完成された彼女に対し憧れを抱く男どもは多い。
何を隠そう、僕もその1人だ。
委員会が同じというとんでもない幸運に恵まれた僕は、少し活動を共にしただけで彼女のことをすっかり好きになってしまった。
寝ても覚めても彼女のことしか考えられなくなってしまった僕は、ついに彼女に告白することを決心した。
それが昨日の夜のことだ。
とはいっても生まれてこのかた僕に彼女がいたことはなく、当然告白なんてしたこともない。
告白の仕方について考えを巡らせた結果、古典的な手法だが、ラブレターを送って体育館裏に呼び出すことにした。
徹夜で文面を考えて、彼女の靴箱に手紙を置いたのが今日の朝のこと。
昼の授業をなんとか乗り切り、体育館裏で彼女が現れるのをいまかいまかと待ち侘びていたところ、現れたのは神林瑠璃乃ではなく、見知らぬ女子生徒だった。
その彼女は僕の顔を見た途端、冒頭の台詞を吐いたのだった……
一体どうしてこうなった!?
いや、理由はわかっている。僕が靴箱を間違えたのだ。
彼女は自分の名前を「神宮寺凛花」と言っていた。
彼女の靴箱が生徒会長の靴箱の隣に配置されている可能性は高い。
なんてことだ、一世一代の大勝負をするつもりが、こんな初歩的なところでミスを犯してしまうとは思わなかった。
とにかく、いま置かれている状況に対処しないといけない。選択肢は2つあると思う。
1つはその手紙は間違いなのだと、神宮寺さんに説明してこの場を離れるというものだ。
その場合、神宮寺さんがどんな反応に出るかはまったく予想がつかない。
もう1つは彼女の提案を受け入れて、彼女と付き合うというものだ。
そうだ、僕の聞き間違えでなければ、確かに彼女は「付き合ってあげてもいい」と言っていた。
これは驚くべきことだ。ここで僕が首を縦に振りさえすれば、人生初の彼女が手に入るのだ!
実のところ、僕なんかが生徒会長と付き合えるわけがないことは薄々感じていた。
これも神の思し召しと思うことにしよう。
そこまで考えて僕は、冒頭の台詞に対して返事をした。
「ありがとうございます。とっても嬉しいです。」
「じゃあカップル成立ね。これからよろしく。
あなたは1年生よね?
彼氏彼女らしく一緒に下校したいけれど、私今日やらないといけない仕事があるのよね。
だからまた明日ね!さようなら!」
そう言い残すと彼女は校舎のほうに去っていった。
その日の夜も、彼女ができたことと、全く知らない人とこれからやっていけるだろうかという不安であまり眠れなかった。
翌朝登校した僕は、真っ先にハカセのところに行った。
もちろんハカセというのはあだ名なのだが、なんでそんなあだ名がついているのかというとこいつは学校中の情報に精通しているからだ。
ハカセのいる7組を除くと、ハカセはいつものように情報通としての仕事をしているようだった。
「そう、2-8の米山くんは彼女と別れたてで、フリーらしいよ。いまが1番狙い目かもしれない。」
その情報を聞いた女子生徒は笑みを浮かべて走り去っていった。彼女の恋の成就を祈りつつ、ハカセに話しかける。
「おい、ハカセ。」
「やあやあ、君か。この間僕が売った情報は役にたったかい?」
「生徒会長の好きなお菓子な。それについてはもういいんだ。
今日ハカセに聞きたいのは別のことだ。神宮寺凛花という女子生徒を知っているか?彼女の情報を知りたいんだが。」
「神宮寺さん?有名な3年生だけど、妙なことを聞くもんだね。
自分の聞いた話では、容姿端麗、頭脳明晰、そしてとにかくすごい変人らしい。美人が形無しだと、みんな噂しているよ。
とにかくぶっちぎりで頭がいいらしいが、頭が良すぎるせいで、うまく集団に馴染めないんだな。己の信条を遵守するがゆえの直言で、疎まれることも多いみたいだね。
あとは……そうだな、実家がすごい金持ちらしい。
そのくらいかな。お金を払ってくれるならもう少し詳しいことも調べられるけど、どうする?」
十分だと判断した僕は礼を言ってハカセの元を離れた。
僕はまだ彼女と少し話しただけだが、確かに昨日妙なことを口走っていたような気がする。
それに、僕から告白したことになってるとはいえ、初対面の人間と付き合うというのも普通じゃない。
ハカセのいったような評価になってしまうのはわかる気がした。
教室に戻ると自分の席のうえに手紙が置かれていた。差出人は神宮寺さんだった。
放課後に地学準備室に来いと書いてある。変な場所に呼び出すものだ。
当然、無視するわけにはいかない。
昼の間特筆すべきことは特に起きず、放課後になって僕は言われた場所に向かった。
地学準備室のドアを開けると、そこには満点の星空が広がっていた。
家庭用のプラネタリウムだ。
装置の横に佇んだ神宮寺さんが口を開く。
「昨日はごめんなさいね。突然帰ってしまって。これはそのお詫びよ。
綺麗でしょう?
私は昔から星空を見るのが好きだったの。
これは5歳の誕生日に買ってもらった携帯用プラネタリウム。特注よ。
ところで、キミはなんで星が光っているのか知ってる?」
「星の光は核融合の光です。
水素がヘリウムに変わるときの膨大なエネルギーが、光という形をとって……」
「まあそういうでしょうね。教科書的な模範解答よ。
しかし不正解だわ。
星が光っているのは自らの位置を教えて支配してもらうためよ。
私たちは全てを手に入れなければならないわ。」
そう言うと、彼女はずいっとこちらに近寄ってきた。話は続く。
「宇宙の広さに絶望したことはあるかしら?
世の中には不幸なことが溢れているけど、これと比べたらどんな問題も瑣末なことよね。
銀河系の隣にあるアンドロメダ銀河さえ250万光年も離れているのに、私たちは光速より速く動くことさえできそうもない。
いずれ太陽系に住めなくなることは確定しているのにね。」
「そんなことになる頃には、僕らはとうに寿命で死んでいるでしょう?」
「未来は何があるかわからないわ。
科学の可能性は無限大よ。
未来の人類は寿命を克服しているかも。
確かに今のところはその気配はないわね。
でも私が死ぬよりも前に、人類はきっと永遠の命を手に入れるわ。
そして外宇宙へ繰り出して、全てを支配するの。」
そう言うと彼女はプラネタリウムのスイッチを切った。カーテンの隙間から、後光が差し込む。
「改めまして、よろしくね後輩クン。私は神宮寺凛花、いずれ宇宙の全てを手に入れる女よ。
キミのラブレターはとってもよかったわ。少し表現にクサイ部分はあったけどね。
神林じゃなくてこの私を選んだ見る目は、ほんとうに評価できるものだわ。」
この辺りから僕はもう、この頭のおかしな女に対する興味が抑えきれなくなってきていた。
季節が巡る間に、僕は彼女との思い出を少しずつ増やしていった。
学校のある日の放課後は、彼女の家で勉強を教えてもらった。彼女は一人暮らしだった。裕福な家の出身というのはほんとうのようだった。
夏は一緒に海に行った。一緒に花火も見た。
俗事には興味ないのかと思ったが、彼女は案外はしゃいでいた。その姿はとても可愛らしかった。
秋が来て、そして冬になった。当然のことながら、彼女は最難関大学にきっちり合格していた。
祝勝会を兼ねて彼女の家に泊まった夜、僕はついにあの告白の日の話をすることにした。
「ねえ凛花、実は僕があの日ラブレターを出そうと思っていたのは君じゃなかったんだ。
神林さんなんだよ、昔の僕が好きだったのは。
会長の靴箱に入れたと思ったら、凛花のところに入れ間違えちゃったみたいだ。
もちろん、今は間違いだったとは思ってないけど。」
どんな反応が返ってくるかは怖かった。怒られるかもしれないと思った。
しかし、彼女はしおらしい反応をした。
おや?と思っていると、彼女は口を開いた。
「キミは靴箱を間違えてなんかないわ。
キミのラブレターはたしかに神林の元へ届くはずだったのよ。
私が抜き取ったの、キミと付き合うためにね。
あの日キミに断られたら諦めようと思っていたの。
でも、キミは受け入れてくれた。」
衝撃の告白だった。あの日僕が入れ間違えたわけではなかったとは!しかし、そうはいっても疑問は残る。
「僕と付き合うためって……、僕のことを知っていたのか?
どうして?僕たちはあの日が初対面じゃないのか?」
「キミは覚えていないでしょうけど、私たちはずっと前に会っているのよ。
子どものことにね。
あなたは私の夢を笑わなかったただ1人の人。
そのときから、私のずっと大好きな人よ。
高校で再会できて、ほんとうに嬉しかったわ。
私のことを覚えてもいないし、神林のことを好きになっていたのは頭にきたけど。
でも、私があなたの恋路の邪魔をしたのは事実よ。
ほんとうにごめんなさい。」
そうだったのか。全く覚えていなかった。
とはいえ、謝られることなど一切ない。僕だって彼女に救われたのだ。
「プラネタリウムを見たあの日から、僕の目には君しか映っていないよ。僕の太陽。」
そういった後彼女を抱き寄せてキスをした。その日が一番、彼女のことを深く感じられた気がした。
神宮寺凛花は5年後に心臓病を患ってあっさりと死んだ。23歳だった。