火祭り七日前・夕暮れ時
夕方バイトを終え、川沿いの道を歩き帰路に就く。
川の反対側には田んぼが広がっており、後祭白蛇神社がある山も見えた。
山の中腹にある白い鳥居が、夕日で赤く染まっている。
祭りの日は川沿いに屋台が立ち並び、多くの人が集まるが今はまだ静かだ。
歩いていると中学生くらいの少年達とすれ違った。
彼らの纏う空気が、出錆たちと同じように感じられ、思わず端による。
「ったく、あのクズのせいで、せっかくのショーが台無しだよ」
「空気読めてないよねー」
「さっさと死んでほしいよ、マジで」
「殺っちゃえば?」
大きな声で物騒な会話をしていた。
誰のことを指しているのかは不明だが、自分と重なり鳥肌が立つ。
(いや、単に反抗期ってだけかもしれない……)
『決めつけはよくない』と自分に言い聞かせる。
(……美月が中学生になって、あんなこと言ってきたら嫌だな)
そんな事を考えていると、前から走って来たロリータ服の少女とぶつかった。
「っあ、ごめんなさい……!」
涼多の言葉に気付いているのかいないのか、少女は何も言わずに走り去っていく。
(どうしたんだろう?)
夏で、また明るいとはいえ時間が時間なので少し心配になる。
(……でも、下手に声をかけると不審者扱いされそうだし)
心の中でそう完結させ、また歩き出す。
暫く歩いていると、田んぼの近くにある草むらに、しゃがみ込んでいる叶望が見えた。
「郁子さん、どうしたの?気分でも悪いの?」
声をかけられた叶望は、少し驚いた様子だったが静かに首を横に振る。
「誰かに祠が壊されていたから、直してた」
「祠?」
「ほら、ここ……」
指を指された方を見ると、草に隠れて小さな木製の祠があった。
だいぶ苔生していて、何が書かれているのかわからない。
「……なんの神様なんだろう?」
「私もよくは知らないんだ……」
叶望は「ただ、毎日傍を通っていたから気になって」と続ける。
「そうなんだ……、って郁子さん、手から血が出ているよ!?」
慌てて、持っていたポケットティッシュを渡す。
「本当だ、ありがとう」
「もしかして、素手で治していたの?木が刺さったら大変だよ……」
「……そうだね。でも、家まで取りに行くには距離が――」
話をしていると、ガサッと草むらから音がした。
二人して、音のする方に視線を向ける。
(何だろう?)と思っていると、長い草を掻き分け奏が現れた。
「えっ、何してんだ?二人とも……」
「音律君こそ……」
(『王子様』がいるには場違い感が凄い)と二人は思った。
「あれ?その手、どうしたの?」
薄暗くて見えにくいが、手の甲に引っかき傷があり、僅かに血が滲んでいる。
涼多は再度、ポケットティッシュを取り出し奏に渡す。
「はい」
「ああ、ありがとな」
奏は気まずそうに視線を逸らしながら受け取る。
「……何かあったの?」
叶望は血のついたティッシュをポケットに仕舞いながら質問した。
「……まあ、ちょっとな。それより、二人はどうしてこんな草むらにいたんだ?」
質問を質問でかえされてしまう。
「僕たちは――」
これ以上答えてくれそうになかったので、祠を指差し説明する。