表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/439

火祭り七日前・果無寺

 「涼多(りょうた)、元気ないわね。どうしたの?」

 涼多の母が、お腹をさすりながら心配そうに尋ねる。


 「お兄ちゃん、大丈夫?」

 母の隣で絵本を読んでいた妹の美月(みつき)も、涼多と同じく母親譲りの黒くて丸い瞳を向けた。


 「別に、何にもないよ」

 「……本当に大丈夫?その、小学校の時みたいに」


 悟られないように笑顔を作り、靴ひもを結ぶ。


 「大丈夫だって。それに、()()は友達と階段で遊んでいて、僕が調子に乗って怪我しちゃっただけの話だし。……あんまり心配しすぎると、お腹の赤ちゃんに良くないんじゃないの?」


 息子にそう言われ、涼多の母は「それは……」と口ごもった。


 (赤ちゃんを理由にするなんて……)

 罪悪感を覚えつつ、涼多はドアノブに手をかける。


 「何かあったら、絶対に言うのよ」

 「ありがとう。それじゃ、行ってくるね」


 そう言うと、二人に手を振りバイトへと向かった。

 熱い空気を含んだ風が、容赦なく涼多の肌を撫でた。


 白蛇火祭り以外あまり特色のない後祭町だが、重要文化財に指定されている建造物がいくつかある。


 涼多が拝観案内のバイトをしている果無(はかな)寺もその一つだ。

 戦国時代に覆水(ふくみ)県で活躍した武将・落葉 飛花(らくよう ひばな)の菩提寺らしい。


 言っては悪いが、知名度は殆どない人物だ。

 地元民でも、知らない人の方が多いだろう。


 そして涼多自身も、あまり歴史に詳しくはない。

 精々、寺で渡された説明書と、先輩から聞いた話を知っている程度だ。


 寺の周りは住宅が立ち並んでおり、(かなで)の家『お城』が遠くに見えた。

 屋上でパーティーでもしているのか数人の人影が動いている。


 ぼんやりとそれを眺めながら、鬱々とした溜め息を吐く。

 奏と『友達』になってから、出錆(でさび)たちのいじめはかなり()()になった。


 ただ、一緒に勉強をしたり、どこかに遊びに行ったり(あまり自分にもよくわかっていない)と『友達らしい』ことは全くしていない。


 学校では常に女子生徒が近くにいて近寄りがたい、放課後も然り。

 せいぜい挨拶を交わす程度だ。


 だが昨日、『一緒に祭りに行かないか』と言われた。

 嬉しさ半分、疑念が半分だ。


 (僕が何も言ってこないから、逆に警戒しているのかなぁ……)


 つい、そんな邪推をしてしまい、また深い溜息を吐く。

 結局、奏がなぜ楽譜を踏みつけていたのか聞いていない。


 周囲から羨望の眼差しを常に受け、『王子様』とあだ名されているキラキラした存在。


 『なんで音律(おんりつ)って、こんな普通の高校にいんだろうな?』

 そう言われることも少なくない。


 『ああいうのを勝ち組って言うんだろうな』とか『金持ちでイケメン、人生薔薇色だろうな』『いいよな、悩みなんかなさそうで……』と言われているのをよく耳にする。


 でも――。


 楽譜を踏みつけていた時の、()()姿。

 見えない()()に追い立てられているような、何とも言えない表情。


 (きっと、僕には想像もつかない悩みがあるんだろうな……)

  常に様々な視線を向けられ、少しの綻びも許されないような生活。


 それでも、笑顔でいないといけない。

 それは、とてつもない重圧だろう。


 あの日、それが爆発してしまったのかもしれない。


 自分がすべきことは話を聞くことだった。

 それなのに打算に巻き込んだ。


 (……祭が終わったら、音律君を利用したこと、ちゃんと謝ろう)

 涼多はそう決意した。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ