奏と涼多
「音律君、丁度良かった。はい、これ」布とポスターを渡す。
「ありがとう。片付け行けなくてごめんな、女子たちにピアノの感想とか色々言われちゃってて……」
「いいよ、気にしないで」
ニコッと笑いかける奏に、涼多は俯きながら手を軽く振った。
(何というか、『オーラ』が違うなぁ……)
それ以外の理由も相まって、できれば視線を合わせたくない――。
会話をしている二人――主に奏――を数人の女子生徒が見つめながら「奏君と兎火君って仲いいの?」「意外」「王子様とねー」ヒソヒソとそんな話をしている。
奏は陰で『王子様』と呼ばれていた。
長身瘦躯で甘い端正な顔立ちと、少しくせのある枯草色の髪を持ち、誰にでも優しくピアノの腕はプロレベル。
おまけに、周りから『お城』と呼ばれている白壁が美しい五階建ての豪邸に住んでいるからだ。
涼多の「友達」であり出錆の言っていた「アイツ」でもある。
◇◇◇
入学してからすぐに、涼多は出錆たちにいじめられるようになった。
きっかけは『涼多がガラケーなのを、取り巻きの一人が揶揄った』ただ、それだけ。
それ以上でも以下でもない、本当に些細なことだ。
『スマホにすれば万事解決するのでは?』と言う人もいるだろう。
ただ、ここでは割愛するが、涼多にはそれができない理由があった。
最初は揶揄いの言葉をかけられ、次に物を隠され、次は暴力といじめは日に日にエスカレートしていった。
どれもこれも、表立っては行われない。
陰でコッソリとだ。
腹を蹴られたり、殴られたり。
だから、目立った場所には傷がない。
そして、取り巻きはその光景を眺め、笑いながら動画を撮る。
(まだ、金銭の要求はされていないけど……)
きっと、時間の問題だろう。
(相談、……今は、やめておいた方がいいよなぁ)
親に相談もできず、かと言って解決策もなく涼多は途方に暮れていた。
そして一ヶ月ほど前の放課後、忘れ物を取りに戻った教室で、楽譜を床に叩きつけている奏と出くわした。
こちらに気づく様子もなく楽譜を何度も踏みつけ肩で息をしている。
いつもの『王子様』と余りにかけ離れた姿。
呆然と立ち尽くしていると顔を上げた奏と目が合った。
「あ、これはその……何というか……」
灰色の瞳を彷徨わせながら口を開閉させている。
涼多も何も言えず黙っていることしかできない。
数秒の沈黙の後、奏はポツリと呟いた。
「……黙っててくれないか?」
涼多の心に影が差す。
奏はスクールカースト上位に位置しており男女問わず人気がある。物腰は柔らかだがクラス内での発言力も持っている。
「友達」になったらいじめも多少はマシになるんじゃないか……。
そんな考えが頭をよぎる。
「虎の威を借る狐」だということは分かっている。
単なる脅しでしかなく、自分が惨めになるということも分かっている。
それでも――。
「……じゃあ、僕と『友達』になって貰ってもいい?」
そう言ってしまった。
「………は?」
奏は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。