正しい人
「僕も、落葉さんについて、知っていることは多くないんだ」
涼多は、果無寺で教えてもらったことを思い出しながら、三人に説明する。
「戦国時代の武将で、露姫って人との間に沙羅姫と双樹姫がいて、35歳くらいの時に沫夢 泡幻って人に城攻めをされて、その時に討ち死にした……これくらいかな」
「露姫とふたりの姫は、どうなったんだ?」
話を聞き終えた奏が、そう質問した。
「どうにか城を出て、助かったみたいだよ」
胸を撫で下ろす奏に続き、叶望が涼多に問う。
「城を攻めた、沫夢って人は?」
「数年後に、家臣の裏切りにあって、亡くなったみたい」
夢は「うわー、無常だなぁ……」と言ったきり、黙ってしまった。
その時、名月の部屋へと通じている襖がぼうっと淡く光り出す。
襖が開き、人数分の湯呑が乗った盆を持った薄氷が出てきた。
お疲れ様です、と叶望は彼から盆を受け取る。
「おや、いいのかい、ありがとう」
礼を述べられた叶望は、「いえ」と視線を逸らした。
その顔は、どこか申し訳なさそうだ。
叶望はの様子に気づくことなく、涼多は「あの、千里さんは?」と問う。
「先に帰ったのだ」
首を傾げる涼多に、名月、肩をパキパキと鳴らしながら言った。
◇◇◇
「郁子さんは、どうして別の世界に行きたかったの?」
共に湯呑を洗いながら、涼多は叶望に質問する。
※叶望に、一人で大丈夫、と言われたのだが、涼多には忍びなかったのだ。
言い募る涼多に、叶望は、申し訳なさそうに頷き、今に至る。
先に洗いものを終え、ちゃぶ台を拭く為、部屋に戻ろうとしていた叶望は、「え?」と足を止めた。
「ご、ごめん。そんなに深い理由はないんだ。ただ、その、どうしてかな、と思っただけで……」
何故そんな質問をしたのか、涼多自身よく分からなかった。
ただ、雨の音を聞いていて、ふと、気になっただけだ。
(……あっ、こういう時は、先ず自分からだよね)
涼多は、奏に話した内容を、叶望にも話す。
◇◇◇
「出錆君とそんなことになっていたんだ。ごめん、気がつけなくて……」
予想外の叶望の謝罪に、涼多は戸惑う。
「郁子さんは悪くないよ。えっと、ごめん。急にこんな話をしちゃって」
「別にいいよ。気にならないわけないだろうし……」
「そ、それからさ……」
涼多は、首を傾げる叶望を見て、覚悟を決める。
「前に、その、出錆君たちから、嫌なことを言われていたでしょ。……ごめん、何も言えなくって」
涼多の謝罪に、叶望は「なにか、あったけ?」と返した。
強がりなどではなく、本気で分かっていないようだった。
「え?いや、あの、体育館でさ……」
「……ああ、アレのこと」
ようやく合点がいったようで、叶望は、くすり、と笑う。
光の加減のせいか、彼女の表情は読み取れない。
「気にしなくていいよ、あんなの。昔からよくあったことだし。でも、胸の大きさ云々を茶化されたのは、初めてだったかな。……ごめんね、私なんかのことで、気を遣わせてしまって」
「い、いや、その……」
しどろもどろになっている涼多に、叶望は首を振る。
「私は――」
彼女はそう言うと、視線を天井にいる光鈴に向けた。
「……お父さんと色々あって」
「お父さんと?」
「うん。……あっ、先に言っておくけど、お父さんのほうが、全部正しいんだよ?ただ、その『正しさ』に、私がついていけなかったってだけで……」
慌てたような怯えたような様子で、叶望は訂正した。
彼女の瞳は、涼多を見てはいない。
「なんて言ったらいいのかな、私よりもずっと色んなことを知っていて、……心理学の本とか、難しい本も沢山読んで、私よりもずっと、世の中のことやネットに詳しいんだけど、それに、合わせることができなくて」
分かるような、分からないような、と涼多は思う。
だが、彼の中で、『合わせる』という言葉が引っ掛かった。
『自分の考えが一番正しいんだから、お前もそういう思考になれ』ということだろうか?そうだとしたら――。
「本当、お父さんの言ってることは正しんだよ。中学で教師やってて生徒さんから尊敬されてるし。なのに、私が、余計なこと言ったりやったりして、すぐ怒らせてしまう……」
いつの間にか、顔は下を向いており前髪で目が隠れている。
叶望は、自身の手を強く握りしめた。
「何をやっても、ダメだったんだ……」
「郁子さん……」
涼多が言葉に詰まっていると、叶望はパッと顔を上げる。
何かを恐れているような光が、彼女の目には宿っていた。
「ごめんね、愚痴みたいになっちゃって。……こんな『聞いて聞いて』なんて、良くないよね。本当、ごめなさい」
「ううん、気にしないで。僕のほうから話を振ったんだから。……え、ええっと、郁子さんのお父さんって、先生……なんだね」
なぜかは分からないが、分かる気がした。
そして「……父方のお祖父ちゃんも教師だったから」と話し出す。
「大袈裟かもしれないけど、代々って感じかな。お母さんは違うけど」
「そうなんだ」
叶望の言葉に、涼多は、自分の両親を頭に浮かべた。
(……あまり考えないようにしよう。会いたくなる)
涼多は、涙がでそうになるのを、ぐっとこらえた。
「……その、兎火君のお父さんは?」
「僕の、お父さんは――」




