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棒ほど願って針ほど叶う

 「どうして人差し指につけちゃうのさ!?薬指一択でしょうが!」

 晩稲(おくて)涼多(りょうた)たちの前にいれば、こう言っていたことだろう。


 だが、生憎、彼はここにはいない。

 彼どころか、この場にいるのは、涼多と春の二人だけだ。


 (なんか、前やったときよりもぐらついている気がするなぁ……)

 美月(みつき)とのやり取りを思い出している涼多を前に、春は顔を赤らめる。


 彼女は金魚のように口を開閉させ、左右に視線を彷徨わせた。

 顔を上げた涼多が「どうしたんですか?」と首を傾げる。


 (……やっぱり、まだ本調子じゃないのかな。それとも、アリの巣テーラーの掃除でぶり返したとか。あそこ、結構ひんやりとしていたし)


 見当違いな方向に舵を切る涼多に向かい、春は強く唇を噛む。

 言いたいことはあるが、どう言葉にすればいいのか分からないのだ。


 「あの、もし、気分が悪い――」

 「い、いえ、大丈夫です。むしろ、その、ふわふわして……います」


 涼多の言葉を遮り、春は()()()()と手を振った。

 だが、涼多は春の言葉に眉を顰めた。


 「ふわふわ……って、熱が出ているからそう感じるんじゃ――」

 「そうかもしれませんが、そうではありません!」


 春の必至な様子に、涼多は戸惑うばかりであった。

 繰り返しになるが、この場に晩稲がいたら、また違っていたかもしれない。


 それとなく、柔らかな言葉をかけたことだろう。

 だが、残念ながら、彼はここにはいないのだ。


 「春お姉ちゃんたち、どうしたのー?」

 蛍の声が聞こえ、春はハッと顔を上げる。


 「い、いい行きましょうか!」

 春の挙動に首を傾げつつ、涼多は素直に「はい!」と頷いた。


 「ち、ちょっと坂になっていて見えずらいんですけど、あれを超えた先に、花畑があるんです。春夏秋冬、いつ来ても風が気持ちよくて――」


 言い終わる前に、春は()()と足を止めた。

 彼女は、困ったように眉をハの字にすると、足元に目を向ける。


 右足の下駄の鼻緒が、「ぷつり」と切れていた。

 すげ替えなければ履けそうにない、と春は心中で溜息を吐く。


 涼多も「大変だ」と思ったが、彼に鼻緒を直す技能はない。

 彼は咄嗟に靴を脱ぐと、春の前に置いた。


 「少し大きいかもしれませんが、その、靴紐を強く結んだら、大丈夫かなって。え、ええっと、せめて、田の神様たちの家に帰るまでは……」


 言葉を吐き出すごとに、声がどんどん小さくなってゆく。

 それとは反対に、不安はどんどん大きくなってゆく。


 (……思わず置いちゃったけど、「嫌だな」とか思われていたらどうしよう。なんか、もっと他にやりようがあった気もするし)


 スリッパならともかく、靴となると抵抗感があるかもしれない。

 ぐるぐる、と涼多の中で様々な思いが渦を巻く。


 しかし、春は何度か眼を瞬かせた後、涼多に向かって微笑んだ。

 そして、「……ありがとうございます」と目を細めた。


 「ですが、涼多さんの靴がなくなってしまいます。靴下を穿いているとはいえ、石や枝で足を怪我してしまうかも……」


 春の視線を受け、涼多は「大丈夫です!」と自身の足を叩いた。

 そんなにやわではない、と。


 「ふふっ、それを言ったら、私も負けてはいませんよ。こう見えて、結構足と手の皮は厚いんですから」


 春は、口に手を当て、はにかむような笑みを浮かべた。

 彼女の話を聞いて、涼多は「確かに」と心中で頷く。


 (六百年も前の人だもんなぁ。……あんまり詳しくは分からないけど、手が柔らかな人なんて、限られていただろうし)


 涼多の脳裏に、教科書に載っていた貴族や農民のイラストがよぎる。

 だが、それとこれとは話が別だ。


 「それでも、石や枝を踏んだりしたら、やっぱり痛いです。……僕は、春さんに怪我をしてほしくない。だから、お願いします」


 どういう訳か、いつもの声よりも一段低くなってしまった。

 春は僅かに『驚き』を浮かべたものの、直ぐに笑顔に戻る。


 「…………ありがとう、ございます」

 噛みしめるように呟くと、春は、下駄を手に持ち靴を履いた。


 「あ、下駄持ちます!」

 「い、いえ、そこまでしていただくわけにはいきません……!」


 春はそう言うと、()()と下駄を抱きかかえた。

 涼多も、彼女の気持ちが分からなくはなかったので、口を閉じる。


 二人は無言のまま、蛍たちの待つ花畑へと歩き出した。

 歩く度、人差し指につけられたタンポポの指輪が微かに揺れた。


 ◇◇◇


 「……話を聞く限り、君が鼻緒を直したらよかったんじゃないのかい?草か何かを使って、応急処置くらいできるだろう」


 「すみません。……少し(かなり)、言い出しづらい空気でしたので」

 視線を逸らしたルテに向かい、薄氷(うすらい)は苦笑いを浮かべた。


 涼多たちが、花畑から帰って来て約一時間。昼食を終えた後も、薄氷たちは、相も変わらずのんびりとした空間に腰を下ろしている。


 涼多たちは、田の神たちと何やら話し込んでいた。

 机の上には、大きな和紙が置かれている。


 田の神たち曰く、「描けたら。蝉の従業員(蝉さん)に行燈を作ってもらい、時期が来たら飾る」とのことだ。


 夢を中心に、ああだこうだ、と図案を考えている。

 ルテは、楽しげな様子に目を細めると、自身の靴に視線を移す。


 きちんと揃えられ、土間に置かれている。

 不思議な状況だったな、とルテはぼんやりと思う。


 花畑で、春の鼻緒の件を知ったルテは、自身の靴を涼多に履かせた。

 ほぼ素足の状態で、棘や毒を持つ妖怪や神を踏んでしまっては事だからだ。

 

 最終的に、涼多の靴を春が履き、ルテの靴を涼多が履き、ルテは浮遊しながら帰るという、何とも言えない構図になってしまった。


 「久しぶりに見たのだ!ルテがふわふわしているところ!!」

 「……誤解を生じさせるような言い方をしないでくださいよ」


 微苦笑を浮かべ、ルテは「それに、浮く、と言っても、地面から三寸(約9.09cm)ほどでしたし」と指尺で長さを示す。


 「とはいえ、久しぶりなのは本当ですね。……あまりに久しぶり過ぎて、少し肩が凝ったような気がします。浮かせることが、殆どだったので」


 とんとん、と肩を叩くルテを見て、蕉鹿(しょうろく)は「やっぱり、使っていないとそうなっちゃうんスね」と茶を(すす)る。


 「……ところで、いつまで花冠を被っているんスか?いや、まだ萎れていないからいいとは思うんスけど」


 「……家に帰るまで、ですね」

 頬を掻くルテに、名月は「可愛いからいいのだ!」と金平糖を差し出した。


 ◇◇◇


 「ねぇ、もうちょっとしたら梅雨の季節になるから、今度みんなで、てるてる坊主を作ろうよ!白だけじゃなくて、色とりどりのヤツ!!」


 夕刻、田の神たちの家を後にし、寒梅(かんばい)屋の前に差し掛かったとき、蛍は涼多たちに向かいそう言った。


 「あらあら、いいですね!もしよかったら、私の宿に吊るす分も、作っていただいてもいいですか?デザインは皆さんにお任せします!!」


 話を聞いていた(おろし)が、()()と両手を合わせる。

 名月は、そっとルテを窺うが、彼も「いいですね」と微笑んでいた。


 「うんうん、特に『仕事』もないから、大丈夫なのだ!」

 薄氷も、名月の言葉に相槌を打つと、涼多たちに視線を向ける。


 ちなみに、蕉鹿は白蛇の屋敷に行っており、この場にはいない。

 涼多と叶望(かなみ)と夢は、互いに顔を見合わせた。


 特に異を唱える者はない。

 夢は「(かなで)お兄さんは――」と少し後ろを歩いていた奏に声をかける。

 

 しかし、奏からの反応はない。

 叶望は怪訝な表情を浮かべると、「音律(おんりつ)君?」と首を傾げる。


 「……あ、ああ、てるてる坊主のことだよな。えっと、面白そうだ」

 ハッと我に返った奏は、ぎこちない笑みを浮かべてそう言った。


 「ごめん。ちょっと考え事をしていて……」

 照れたように頭を掻き、涼多たちがよく知る『いつもの奏』に戻る。


 「じゃあ、決まりだね!!」

 喜びの声を上げる蛍を横目に、春は「よろしくお願いします」と頭を下げた。

        

 優し気な瞳で弟を見つめる春を見て、奏は頭の花冠に手をやった。

 彼の頭の中に、彼女の声が反響する。


 『王子様みたいですね』


      

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