キラキラシャララ
「え、ええ、そうですね」
目を輝かせる蛍に、ルテは眼鏡に指を当てると、曖昧な返事を返した。
「蛍は、ルテさんの家を眺めるのも好きなんですよ。……夏や秋は、特にキラキラしていて綺麗だからって」
「キラキラ……ですか?」
「はい。いつだったか、夕方に見るのが一番いい、と言っていました」
そっと春に耳打ちをされ、涼多はルテの家の外観を思い出す。
脳裏に浮かぶのは、掘っ立て小屋然とした二室住居の家。
続けて、土間と床座と竈……それから、年季の入った円座。
一つ一つ思い出す度、涼多は心中で首を傾げる。
(ううん、どれもこれも、『キラキラ』では…………あっ、市松模様のステンドグラスのことを言っているのかな)
薄氷によって、窓と戸にはめ込まれた、青と水色の市松模様のステンドグラス。
あれなら、西日が当たる時刻になれば『キラキラ』と輝くことだろう。
(なんで、最初に思い出さなかったんだろう?真っ先に思い出しそうなものなのに。……まぁ、考えたところで、か)
そう己を納得させ、涼多は背後を振り返った。
先程と変わらず、ルテと蛍は、楽しそうに談笑している。
(……栞君や伊織さん、今頃どうしているんだろう)
炭俵を背負う手に力を籠め、涼多は空を仰ぐ。
ヒダル神の町に行ってから、そう時間は経っていない筈なのに、もう随分前のことのように感じてしまっていた。
「涼多お兄ちゃん、何か見つけたの?」
自身を見上げてくる蛍に、涼多はゆるゆると首を振る。
(蛍君も『元気っ子』ではあるけど、こうしてみると、栞君よりも、どこか大人びて見えるなぁ。……化生界で過ごしてきた時間が長い、というのはあるけど)
涼多は、ヒダル神の町から帰った後、蛍に栞の話をした。
だが、彼の反応はあまり芳しくなかった。
(幣堂の屋上遊園や客車の話とかは、楽しそうに聞いていたのに。……やっぱり、同い年でも年代が違いすぎると、子供ならではの壁があるのかな)
そこまで考えて、涼多は「いや、絶対にあるな」と心中で呟く。
自分だって、相性の合う合わないはあるのだから、と。
(あっ、巾着袋にお米を入れたままだった。カビたら困るし、帰ったら出しておかないと。……忘れませんように)
大いに忘れるフラグを立て、涼多はどこかの神に祈った。
そんな涼多に首を傾げた後、蛍はルテと会話を再開させた。
「また今度、ルテさんの家にお邪魔してもいいですか?」
夢も会話に加わり、ルテにそう質問する。
「…………ええ、是非いらしてください」
「ありがとうございます!」
返答に僅かな間があったが、(普段から、数拍間が生じる事があることから)夢は、さほど気に留めなかった。
「ああでも、ルテさんの家に行くんなら、最低でも三日前くらいには連絡しておいた方がいいっスよ。足の踏み場もないほど散らかっているんで」
「……その通りではあるのですが、他者に言われるとどうも複雑ですね」
蕉鹿の歯に衣着せぬ物言いに、ルテは苦笑いを浮かべた。
(なんだ?なんか、慌てて……というほどでもないけど、いきなりフォローに入ったように感じたけど)
奏は、そっとルテたちを見やり、ほんの僅かに眉を顰めた。
だが、自分以外の者が気にした様子はない。
(……気のせいか)
あまり、斜めから見るのは良くないな、と奏は心中で首を横に振る。
十秒もしないうちに、彼の意識は、目の前にある建物へと向けられた。
茅葺屋根に茅壁を持つ、田の神たちの家だ。
低めに作られた入口から、『赤い人』が姿を現す。
『赤い壁』と同じ、田の神が集まってできた姿だ。
『赤い人』は、涼多たちに会釈をすると、ぱっと霧散し、矢印の形になった。
矢印の下には、『どうぞ』という文字もある。
「お邪魔します」
涼多たちは背筋を伸ばし一礼すると、家の中へと入った。
以前と同じく、ヒンヤリとした空気と土の匂いが鼻を突く。
少し薄暗い家の中を、光鈴がふよふよと飛んでいる。
「こんにちは~!」
板敷きの土座に腰かけていた颪が、ニコリと微笑んだ。
彼は、半身である木の根を器用に使い、囲炉裏で餅を焼いていた。
竈の前には蝉の従業員が立っており、鍋で何かを煮ている。
「お昼まで、あともうちょっとかかりますから、それまで、春風に吹かれて待っていてください~」
自身の尻尾をブンブンと振り、颪は涼多たちに言った。
蝉の従業員も、颪の言葉に同意するように頷いた。
「……えっと、何かお手伝いできることがあれば」
叶望が言い終わる前に、『お客さん』という文字が現れる。
「そういう事なのだ!自由にするといいのだ!!」
名月がそう言うと、颪たちは「うんうん」と首を縦に振った。
「暫くの間、この辺りを散策してみるといい。面白いものが、見つかるかもしれないよ。ああでも、あまり遠くには行かないように」
薄氷は、「俺たちの目の届く範囲でね」と囲炉裏の前で胡坐をかく。
彼の言葉に続くように、名月が「それと――」と口を開いた。
「木の洞や草むら、岩の陰なんかは気をつけるのだ。小さな家がちょくちょくあるから危険なのだ……と、春と蛍がいるなら、大丈夫なのだ!」
名月の言葉に、蛍は「はい!任せてください!!」と胸を叩いた。
彼は「何処に誰の家があるかじゅくちしています!」と続ける。
「ふふふ、頼もしいのだ!」
「蛍君、よろしくお願いします」
涼多は笑みを浮かべると、蛍に頭を下げた。
そして、蛍を先頭に、涼多たちは家の外へと出て行った。
「……私も、外に出て風に当たってきます」
ルテも、少し逡巡した後、彼らを追うように外へと出た。
家の中も外も、のんびりとした空気が流れる。
小さく欠伸を漏らし、薄氷は、颪に向かって口を開いた。
「なんというか、颪君がここに来るのも久しぶりだね。アリの巣テーラーか寒梅屋、白蛇様の屋敷では、何度も会ったことがあるけれど」
「ああ、家の四ツ目垣がだいぶ古くなっているから変えてほしい、と飛花さんから連絡を受けまして、届けに行っていたんですよ。そうしたら、蘇芳さんに涼多さんたちのことを聞きまして……」
「なるほどね」
薄氷は相槌を打つと、戸棚や長机に飾られた透明粘土に視線を向けた。
「透き通った彼岸花も綺麗だけれど、他の作品も見事なものだね」
彼はつめの先端を、透明粘土で作られたの藤の花に当て、ぽそりと呟いた。
「おやおや、そういうのは本人の前で言わないと意味がないですよ。もっと言うと、頭をわしゃわしゃと撫でるくらいしないと」
「まぁ、(上半身が犬である)君はそうされると嬉し――」
「誰であろうと何歳だろうと、嬉しいものです!!」
颪はふんと胸を張り、自信満々にそう言った。
次いで、彼は薄氷と同じように、透明粘土に視線を移す。
「……落ち着いたら、勾異紫陽花も作っていただきたいですね」
「早いものだ。あと二月もしないうちに咲くだろうね」
「叶うなら、見に来ていただきたいんですけど」
「ふぅ、……俺たちにそれを言わせないでくれ」
微苦笑を浮かべ、薄氷は「きっとそうなるだろうから」と言った。
春風が舞い込み、藤の花たちが「シャララ」と音を鳴らす。
「ふふふ、すみませんねぇ。ある意味、私の業とでもいうべきモノなのです」
自身の、涼多たちに向ける執着に対し、颪は照れたように手を合わせる。
「分かっているさ。……業も気持ちもね……」
薄氷は目を細めると、心を落ち着けるように深呼吸をした。




