聞けば気の毒 見れば目の毒
「あらあら、今度は炭焼きさんですか……」
炭俵を担いで歩く涼多たちに向かい、焼野は、家から顔を出して微笑んだ。
アリの巣テーラーの掃除を終えてから四日後、午前十一時のことだった。
春雲がのんびりと青空を流れ、いたる所で桜が咲いている。
「ヒダル神様の町にお住いの炭焼きさんから、『田の神様に』と贈られてきたものなんです。これから、田の神様たちの家まで持って行きます」
汗を拭い涼多がそう言うと、焼野は僅かに眉を顰めた。
彼女も、鸚鵡の妖怪が(気分次第な)デリバリーを始めたことは知っている。
だが、そうなると疑問が生じてしまう。
何故、涼多たちが墨を運んでいるのか、と。
「アオ君の指示でね。どういう訳か、配送先が名月君の家の庭になっていたんだよ。で、今日はこれから、田の神たちの家に向かう予定だったから――」
「それなら運ぼうか……と?」
目を細めた焼野に、薄氷は苦笑いと共に頷いた。
どういう訳も何もなく、明らか嫌がら……おちょくっている。
アオの姿とミドロのにたにたとした笑みを思い浮かべ、焼野は溜息を吐く。
「あなた方も、厄介な『縁ある存在』に苦労させられますね……」
憐みを孕んだ視線を受け、涼多たちも苦笑いを浮かべる。
「今日は田の神様方の家で、何かお仕事を?」
「いいや、花見と洒落こもうじゃないか、と言われてね」
四日前、アリの巣テーラーの掃除を終えた直後のことを思い出しながら、薄氷は首を横に振った。
「……あら、あの辺りに桜は咲いていたかしら?」
首を傾げる焼野に、薄氷は「いや、タンポポかな」と言った。
「それはそれで、のんびりとした空気が味わえるというものさ」
「ふふふ、確かにそうですね。また、華やかな季節が巡ってきました」
「山の上なんかから春の町を見下ろすのも、また乙なものですしねぇ~」
屋根の上で寝そべっていた霰が、大きな欠伸をする。
彼の腹の上では、雪が寝息を立てていた。
なんとものんびりとした光景に、涼多たちも自然と肩の力が抜ける。
「満開の桜の木の枝の上でぼーっとするのもいいですけど、どこか、小高い山の岩に寝転んで、遠目に見る草花も、また美しい……」
「風流なことを言いながら、眠りに落ちていってるじゃん」
木蘭色の暖簾を潜り、晩稲が姿を現した。
「末枯さん、こんにちは!……これから、どこかに行かれるんですか?」
涼多は、晩稲が小脇に抱えたスケッチブックを見ながら問う。
「おう!さっきの霰の話じゃないけど、ちょいと農園までね」
晩稲は、寒梅屋の店主が所有している農園の方向を指さした。
(そういえば、末枯さん。木の剪定をしていたときも、来ていたな……)
叶望の脳裏に、まだ幽霊だった頃の晩稲がよぎる。
(確か、紅葉が色づく前だった気がする……)
時間の速さを痛感し、叶望はそっと目を細めた。
「あー!涼多お兄ちゃんたち、こんにちは!!」
その時、白雨屋から、独楽を持った蛍が出てきた。
「おはようございます、蛍さん。……少し、眠そうですね」
声こそ元気ではあるものの、と思いルテは首を傾げる。
指摘を受けた蛍は「えへへ」と頭を掻いた。
彼曰く、昨日は牡丹や薊と一晩中遊んでいたらしい。
「夜更かしなんて、体に良くないぞ!」
「お前も一緒になって遊んでいただろうが!」
腰に手を当て説教をする晩稲に、二階から降りてきた牡丹が頬を膨らます。
隣に立つ薊も「零時前に帰ったけどさ」とじとりとした目を向ける。
晩稲は話を変えようと周囲を見回し、こちらに歩いてくる春を見つけた。
名月が「春!おはようなのだ!!」と大きく手を振った。
春は、名月たちに挨拶をすると、牡丹と薊に礼を言う。
続いて、手に持っていた土用三郎の菓子を渡す。
「ねぇねぇ、僕も田の神様たちの家に一緒に行っていい?」
元気よく問いかけてくる蛍に、涼多たちは快く頷いた。
「あの、私もご一緒してもよろしいでしょうか?」
春の問いにも、異論を挟む者はいなかった。
「あらあら、大所帯ですね……」
口元に手を当て、焼野は微笑まし気に涼多たちを見た。
柔らかな視線を受け、一行は再び歩き出す。
無季商店街を通り、その先にある田の神たちの家へと向かう。
「春さん、行って戻ってになっちゃったっスね」
土用三郎を横目に蕉鹿は言った。
「ふふ、そうですね。ですが、絶好のお散歩日和ですから、歩かないと」
いつもと違う春の笑顔に、蕉鹿は戸惑いつつも頷いた。
(なんというか、いつもの春さんじゃないみたいだ。……いや、元気なのはいいことだ。それに、春さんの言う通り、『絶好のお散歩日和』だし)
蕉鹿がつらつらと考え事をしている間に、春は涼多と会話を始めた。
互いに笑い合い、かなり話が弾んでいる。
(…………っ!?)
背中に冷たい何かを感じ、蕉鹿は、おっかなびっくり、背後を振り返った。
先程まで閉まっていたはずの、土用三郎の扉が開いている。
加えて、凍土が、何かを言いたそうにこちらを見ていた。
しかし、それも一瞬のこと。
蕉鹿が瞬きをする間に、扉は「ぱたん」と閉じられてしまった。
「な、なんだったんだ……?」
嫌に脈打つ胸を押さえ、彼は疑問符を浮かべる。
「…………あー」
隣を歩いていた奏が、土用三郎を振り返り、何とも言えない声を出す。
「え、奏君は、凍土さんの視線の意味が分かったんスか?」
声を潜めて尋ねる蕉鹿に、奏は視線を涼多と春に向けた。
二人は先程と変わらず、楽しそうに話をしている。
奏の視線の意図が分からず、蕉鹿は腕を組んで考え込んだ。
「あっ、もしかして、凍土さんも炭が欲しかったんスかね?とはいえ、これは田の神様が頼んだんじゃなくて、腐れ縁からの贈り物みたいな物なんスけど……」
「……マジで言っていたりするか?」
小声で問う奏の服を、夢と名月がくいくいと引っ張った。
「世の中にはね、そういうのに疎い人もいるの。疎さにステータスが全振りされちゃっているの。きっと、自分事になってもそうなっちゃうよ」
「ううむ。感情の機敏を察するのは聡い方なのだが、こういうのはてんで鈍いのだ。何百年経っても、鍛えないことには何も変わらないのだ」
「な、なんスか三人揃って……」
生暖かい目を向けられ、蕉鹿は居心地悪そうに顔を顰める。
四人の声を潜めた会話を、薄氷は肩を震わせ聞いていた。
ひとしきり笑い終え、彼はそっとルテを見る。
ルテは蛍と談笑しており、薄氷の視線に気づいていない。
楽しそうに語らう二人を、叶望が微笑みを浮かべ見つめていた。
(普通に話ができているようで、なによりだ……)
ホッと胸を撫で下ろし、薄氷は前方へと視線を向ける。
石畳の道が途切れ、細い畦道が姿を現す。
桜やタンポポは勿論のこと、化生界の春の草花も咲き乱れている。
春の風に乗って、草花の匂いが鼻を突く。
日差しも暖かく、一度座れば寝入ってしまいそうなほどに心地が良い。
穏やかな空気の中、涼多たちは歩みを進める。
暫く歩いていると、不意に、蛍がルテを見上げて口を開いた。
「そういえば、さっきの……長屋で霰さんが言っていた話ですけど、ルテさんの家がある山から見える景色も、すごく綺麗ですよね!」




