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ザ・桜ナッツ

 「だって、本当のことなんだもん」

 頬を膨らませる夢に、晩稲(おくて)()()()と笑い、そう言った。


 「……そちらだって、分かっているでしょ?」

 「分かっていますから、『もん』なんて言わないでください!」


 桜色のスカートを(ひるがえ)し、夢は、本を読んでいる叶望(かなみ)の所に向かう。

 そんな夢を横目に、晩稲は「くっくっくっ」と肩を震わせる。


 笑い方にミドロを感じ、涼多(りょうた)(かなで)は苦笑いを浮かべた。

 ふと、あることを思い出した涼多は、「そういえば――」と口を開く。


 「一路さんと一緒に、結界台には入らないんですか?……ええっと、装置に力を流すのって、個人個人で微妙に違うんですよね?」


 「一緒に入る前に、免許皆伝してもらったからね。……それに、自分としては、一路が一番不安なんだよ。例えるなら、『入部前までは穏やかだった先輩が、入部した途端、鬼のように厳しくなる』みたいな感じ」


 頷きづらい言葉に、涼多たちは戸惑った。

 そんな空気を気にすることなく、晩稲はソファーベッドから身を起こす。


 廊下から、名月たちの話し声が聞こえてくる。

 晩稲は、「……終わったようだね」と微笑み、涼多たちを見た。


 「確か、明日はアリの巣テーラーの掃除なんだよね?」

 「はい、朝食をとった後、向かう予定です」


 階段の掃除から始まり、三日ほどかけて、廊下や床、喫茶店『カンウ』の扉や窓も掃除する予定となっている。


 思っていた以上に大がかりな掃除だったからか、晩稲は眼を瞬かせた。

 次いで、「そちらたちだけじゃ、大変じゃない?」と眉尻を下げる。


 「いえ、アリの巣テーラーの従業員さんたちもいらっしゃいますし、助っ人で、田の神様も来てくださいますから」


 だから大丈夫です、と涼多は言った。

 晩稲は顎に手を当て、「なるほど」と相槌を打つ。


 田の神様……赤トンボのような姿をした神の集合体。

 一頭、一頭に名前があるものの、総じて『田の神様』と呼ばれている存在。


 先日、酒を飲みに家を訪れた、アリの巣テーラーの店長である鸚鵡(おうむ)から話を聞き、助っ人を買って出たのだそうだ。


 「だったら、狭い所なんかは、神様方にお任せできそうだね」

 涼多たちや他の従業員が入れない場所でも、楽々と入ってゆけるだろう。


 「……ん?じゃあ、三日間は店が閉まるという訳か」

 「ああ、そういうことになるね」


 『本の間』に入ってきた薄氷(うすらい)は、晩稲にそう言った。

 彼の後ろから、ルテと蕉鹿(しょうろく)も顔を覗かせる。


 「……おーおー、いい顔しているじゃないの」

 晩稲は、再びソファーベッドに寝転がると、にやりと薄氷を仰ぐ。


 表情こそ()()()としているが、傍から見れば『丸太の上で寝そべっているレッサーパンダ』がチラついてしまう光景だ。


 笑いを堪え、薄氷は「お陰様でね」と髪を掻き上げた。

 ()()()()()()()()()、と涼多たちも胸を撫で下ろす。

 

 「まぁ、明日のことを考える前に、まずはお昼にするのだ!」

 名月が、ティサヤの生けられた花瓶を持って現れた。


 自身の部屋に飾るために、持って帰るのだそうだ。

 彼女が歩く度、白いフリルブラウスが微かに揺れる。 


 「二人で、アイドルユニットでも結成してみたら?」

 揃いの服を着て前を歩く名月と夢に、晩稲は言った。


 「桜の精みたいだし……ザ・桜ナッツとか」

 元ネタを知らない涼多たちの間に、微妙な空気が流れる。


 「えっ、時代は違うかもだけど、本当に知らない?」

 「じゃあ、晩稲さんは『タルタ』ってアイドルグループ知っていますか?」


 「知らない」

 首を振る晩稲に、夢は「それと同じです」と桜のヘアピンをつけ直す。


 「ねぇ、音律(おんりつ)君、『タルタ』ってどんなアイドルなの?」

 「えっと、確か、五人組のアイドルだって、聞いたような気が……」


 記憶の引き出しを探り、奏はそう答えた。

 それに礼を言い、涼多は視線をパーカーのポケットへと移す。


 (桜…………か)

 先程の会話を思い出し、桜柄の布を握る。


 昨日の夕方、躑躅(つつじ)百貨店で春と会うことは叶わなかった。

 ……いや、涼多たちも、躑躅百貨店に行ってはいない。


 隠れ鬼を一足早めに切り上げたルテが、「白蛇様の屋敷に寄ってから行きます」と去ってゆき、涼多たちが家を出る直前、出水(でみず)が伝言を届けに来たからだ。


 急に具合が悪くなったので、家に帰る、と。

 

 『いや~、寒梅(かんばい)屋の店主さんと一緒に、百貨店の屋上で風に当たっていたら、顔色の悪い春さんと出くわしまして……』


 春のことは、寒梅屋の店主が家まで送って行ったらしい。

 出水は、「眠れば大丈夫、と仰ってはいましたが」と目を細めていた。


 言うまでもなく、一番不安気な顔をしたのは蛍だ。

 彼はすぐさま、出水と共に家へと帰って行った。


 (……あの後、寒梅屋の店主さんもやって来て、「大丈夫だ」と言ってくれたし、今日の朝だって、名月さんが朝顔電話で話をしていたけど……)


 暖かくなったり、寒くなったりを繰り返す季節。

 それで体調を壊してしまった、と春は電話越しに語ったらしい。


 『大事を取って今日は寝るけど、もうすっかり良くなったと言っていたのだ!声もしっかりしていたから、ホッとしたのだ』


 通話を終えた名月の言葉に、涼多も胸を撫で下ろした。

 しかし、全ての不安が拭えたわけではない。


 (人間界でもよく耳にすることだけど、心配だな。春さん、少し前から体調を壊し気味……って、クリスマス前に熱を出した僕も、人のこと言えないか)


 しかし、頻度が多いのは事実。見舞いに行きたいのだが、「かえって気を遣わせてしまうのでは」という思いが、涼多に二の足を踏ませていた。


 (これ以上、何もなかったらいいんだけど……)

 儚げに微笑む春を脳裏に思い浮かべ、涼多は布を強く握りしめた。


 ◇◇◇


 「心配をおかけしてしまって、本当にすみません……」


 翌日、午前九時。

 アリの巣テーラーの掃除を手伝いに来た春は、開口一番そう言った。


 蛍は花冷(はなびえ)図書館で仕事があるらしく、今はいない。

 名月が「気にすることないのだ!」と春の頭を優しく撫でる。


 「あの、今日は少し肌寒いですし、この店全体が、全体的に涼しいので、その、もしよろしければ……」


 叶望は、「念のために」と持って来ていたマフラーをショルダーバッグから取り出すと、春に差し出した。


 抹茶色のマフラーは、紅梅(こうばい)色の着物に身を包んだ春に、よく似合っていた。

 春は目を細め、「ありがとうございます」と叶望に礼を言う。


 無理をしていないことを確信し、叶望は心中でほっと息を吐く。

 続けて、気づかれないように涼多を見た。


 胸の内に残っていた不安が拭い去られたお陰か、安堵の表情を浮かべている。

 温かさを宿した目を見て、叶望の顔は(僅かに)綻んだ。


 いつ見ても、お似合いの二人だ、と思う。

 だが――。


 (……どうして、兎火(うび)君と春さんの間には、こうも障害が多いんだろう)

 考えても仕方がないことは、叶望にも分かっている。


 しかし、ふとした時に考えてしまうのだ。

 そして、胸に去来するのはいつも「何故?」という言葉のみ。


 「もうすぐ、田の神様たちも到着する」

 耳朶(じだ)に届いた薄氷の言葉に、叶望はハッと顔を上げた。


 薄氷の隣には、店主である鸚鵡も立っている。掃除をするからだろうか。いつものシルクハットではなく、空色のバンダナを巻いていた。


 「彼らが着き次第、掃除を始めてくれ」

 鸚鵡の言葉を、薄氷が通訳する。


 涼多たちは姿勢を正し、「よろしくお願いします!」と頭を下げた。



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