鳴かぬ蛍が身を焦がす
「今はまだ、その、小さいのであれですが……」
春は、躊躇いがちに言葉を紡ぐと、薄氷に視線を向けた。
『成長すると、見栄えが悪くなりそうだ』
声にこそ出さないが、彼女の顔は、そう語っている。
薄氷としては、そこまで悪くなると思ってはいない。
季節になれば、綺麗な花を咲かせ、家を彩ってくれるだろう。
だが、春にそれを言うのは躊躇われた。
薄氷は、頭の中の戸棚から、自分なりに角が立たない言葉を探す。
「まぁ、『結界』だからね。多少、不格好になってしまっても仕方がないさ。位置的にも、そこが一番いい場所だからね」
「…………そう、ですか」
俯いてしまった春に、薄氷は、心配と不安を覚えた。
(光の加減の所為か?どうにも顔色が悪い気がするな……)
寂しげにも見える表情が、記憶の中の『誰か』と重なる。
「気分でも悪いのかい?それなら――」
「い、いえ、少し寝不足気味というだけです」
「春お姉ちゃん、僕に新しい服を作ってくれたんだ!」
薄氷の言葉を遮った春に重ねるように、蛍はそう言った。
「僕がリクエストした、ドラゴンの刺繍も入っているんです!!」
「ド……それは、すごいね」
「見たらビックリすると思いますよ!!」
蛍は、「今、洗濯中なので、今度着てきます!!」と続けた。
余程気に入っているのだろう、満面の笑みで胸を張っている。
話が大きくなってしまい、春は複雑な顔をした。
「あの、刺繍と言っても、デフォルメされた簡単なものですし、それほど大きなものでもなくて、それに、えっと、その……」
春の顔には、あまりハードルを上げないでほしい、と書いてある。
薄氷は「そんなに謙遜しなくても」と微苦笑を浮かべた。
その瞬間、彼の脳裏に、母親の姿がよぎった。
服にティサヤの刺繍を施し、それを自分や父親に見せる母。
母は、自分たちにも、ティサヤの刺繍が施された服を差し出してくる。
お揃いだね、と三人で笑い合って――。
(……いや、これは俺の記憶じゃないな)
心中で首を横に振り、薄氷は、春と蛍に向かい口を開く。
「もうじき、札を貼る作業も終わる。それが終わったら昼だ。君たちも、昼食を一緒に食べないかい?」
薄氷の言葉に、春は気まずそうに視線を逸らす。
そんな姉の隣で、蛍は「やったー!」と弾んだ声を上げている。
「すみません。私はこれから、躑躅百貨店に行く予定がありまして……」
「おや、そうなのかい?」
首を傾げる薄氷に、蛍が「そうなんです!」と答えた。
訳アリな雰囲気を感じ、薄氷はそれ以上、何も聞かなかった。
◇◇◇
「薄氷さん、ちょっといいですか?」
春が去って行った後、蛍は声を潜めて薄氷に問うた。
「ああ、構わないよ」
薄氷がその場にしゃがみ込むと、蛍は彼の耳に口を近づけた。
「……実は、春お姉ちゃん、涼多お兄ちゃんのことで、色々と悩んでいるんです。その、涼多お兄ちゃんのことが好きだから」
「ス、ストレートだね、蛍君は。……分かっていると思うけど、言いふらしたりしてはいけないよ?」
「も、もちろん、ここだけの秘密です!!」
ブンブンと蛍は首を縦に振ると、薄氷に小指を差し出した。
(まぁ、各方面にバレていそうではあるけれど……)
薄氷は、心中で苦笑いを浮かべつつ、蛍の小指につめを絡ませる。
「正直、『恋』ってよく分からないんですけど、あんなに悩まないといけないものなんですか?人間界とか化生界とか気にせず、言うだけ言ったらいいのに」
眉を顰める蛍を前に、薄氷は何も言えなくなってしまう。
彼自身も、恋や愛のことを、詳しく理解していないからだ。
(幾つか、追体験したことはあるけれど、それは、『俺の思い』という訳ではないしな。……そう考えると、どう答えたものか)
腕を組み考え込む薄氷を横目に、蛍は、春が去って行った方を見る。
次いで、「さっきまで――」とふてくされたような声を出した。
「涼多お兄ちゃんに会う気満々だったのに、急に躑躅百貨店に行くって言いだしたりして。……本当、春お姉ちゃんがよく分からないよ」
「……まぁ、生きる場所が違うというのは、色々と大変なのさ。今は呪いで何とかなっているけれど、人間界に帰ったら、年だって取るしね」
天寿を全うするまでの長い時間の中で、考えや価値観が変わる可能性も大いにある。加えて、戻った先で、『新たな出会い』だってあるだろう。
「きっと、色々な考えの中で、揺れ動いているのさ」
先程の春の顔を思い出し、ままならないものだな、と薄氷は思う。
「…………そりゃあ、そうだけど」
「ふふふ、……なんてことを話していたら」
縁側に現れた涼多たちを見て、薄氷と蛍は顔を上げた。
札は全て貼り終えたようで、木箱は空になっている。
「蛍君、こんにちは!」
涼多の挨拶を受け、蛍も「こんにちは!」と挨拶を返す。
「薄氷さん、さっきの話はこれでお願いしますね!」
声を潜めた蛍は、自身の人差し指を、「しぃー」と口に当てる。
先程の指切りを思い出し、薄氷は「ああ」と微笑んだ。
それを見計らったかのように、蕉鹿たちも帰ってきた。
◇◇◇
「ああそうだ。一路パイセンから伝言を預かってきてね」
涼多のスケッチブックから顔を上げ、晩稲は薄氷に言った。
時刻は、十六時過ぎ。
涼多たちは蛍と共に、庭で隠れ鬼をして遊んでいる。
あと三十分ほどしたら、春の待つ躑躅百貨店へと向かう予定だ。
夕食も、そこで済ますつもりでいる。
「そろそろさ、薄の家の枝垂れ桜が見頃でしょ?」
「おや、奇遇だね。俺も、そのことについて触れようと思っていたんだ」
「じゃあ話が早い。皆で花見と洒落こみましょうや」
晩稲はそう言うと、スケッチブックをぱたりと閉じた。
「……ああ、せっかく結界守が揃っているんだから、誰か一人欠けるとかナシよ?じゃないと、自分が一路パイセンにぐちぐち言われるから」
『絶対、結界守全員で、お花見、行ってね。絶対、だからね』
そう念を押された、と話す晩稲を眺めながら、薄氷は紅茶を啜る。
「一応聞くけど、どうしてだい?」
「分かっているのなら聞く必要ないだろ」
にいと笑みを浮かべ、晩稲は、壁に貼られた札に視線を移す。
色付きの花が描かれているからか、そこまで物々しさは感じない。
「……ルーさんの勘が、外れてくれればいいんだけどね」
晩稲は「何事もないのが一番だからさ」と自身の髪を結い直す。
「それで、さっきの話に戻るけど、いつにする?……って、見頃なんだから、明日がベストか。散り際の花弁が舞う中で、というのも乙ではあるけど」
「話をまとめてくれて助かるよ」
「決まりだね!」
のっそりと立ち上がると、晩稲はガラス戸を開けた。
暦の上では春とはいえ、入ってくる風は、まだまだ冷たい。
「あぁ~、これから暫く、寒くなったり暖かくなったりを繰り返して、夏がやってくるんだなぁ。……なんて、毎年この季節になると、そう思うよ」
「風流じゃないか」
薄氷と晩稲は、互いに顔を見合わせ笑いあった。




