表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
588/623

護身除難

 「なーんか、そちらやルーさんと、半月以上会わなかったような、奇妙な錯覚を覚えているんだけど、涼多(りょうた)氏は、自分の考えについて、どう思うかね?」


 ヒダル神の町から帰ってきた、次の日の朝。

 晴れ渡る空の下、晩稲(おくて)は、スコップ片手に涼多に問うた。  


 彼らがいるのは、名月の家の前。

 晩稲は、椿の苗の話を聞いて、一時間ほど前にやって来た。


 「僕も、末枯(うらがれ)さんと同じ気持ちです。……駕籠(かご)から降りたとき、四日しか経っていないのに、すごく久しぶりな感じがして」


 「戻ってきた、って感じした?」

 笑みを浮かべる晩稲に、涼多は「はい、とても!」と頷く。


 「……で、結局『火山(ひやま)さん』には、会えず仕舞いなわけか」

 「はい。……残念ですけど、仕方ないかな、と」


 目を伏せる涼多の背中を、晩稲は「だよねぇ」と軽く叩いた。

 発破をかけられたのを感じ、涼多は顔を上げる。


 笑みが戻ったことを確認し、晩稲は、ちゃぶ台が置かれている部屋に視線を移す。ちゃぶ台の上には、菜種(なたね)たちから渡された札がある。


 (……あっちが落ち着いたら、一度会いに行ってみようかねぇ)

 晩稲は、ある種の『義務感』のようなものを感じていた。


 「にしても、スコップを持ったはいいものの、まだかかりそうだね」

 「……はい。僕にはよく分かりませんが、なんというか、大変そうです」


 涼多と晩稲は、少し離れた場所にいるルテたちに視線を送る。

 彼らはしきりに、あっちへ行ったりこっちへ行ったりを繰り返していた。


 「うーん、苗を植える場所は、この辺りでいいかな」

 顎に()()を当てたまま、薄氷(うすらい)はルテを見た。


 本来ならば、彼が結界台に入る番なのだが、今回は、一路(いちろ)が代わりに結界台へと入っている。理由は、「気分転換」という単純なものだ。


 『君が去った直後だったかな。タッチの差でね』

 帰還した直後、「あれ?」と首を傾げていたルテに、薄氷はそう言った。


 閑話休題。

 薄氷の言葉に、ルテは「そうですね」と静かに頷いた。


 「ここなら、成長しても邪魔になりませんし」

 冷たい風が吹き、ルテの生壁(なまかべ)色の外套が、微かに揺れる。


 「…………はぁ」

 「ま、まぁ、昨日のことは、なんというか、仕方がないさ!」


 微かに項垂れたルテに、薄氷は苦笑いを浮かべた。

 次いで、「かなりデフォルメされていたから、……ね」とルテの肩を叩く。


 昨日、涼多から渡されたスケッチブックを見ていた夢が、「この、包丁を持っている女の子は何て名前なの?」と言ったのだ。


 言うまでもなく、舞を終えた後のルテのことである。

 そして、包丁というのは短刀のことだ。


 知らなかったとはいえ、夢は三度目の追撃をルテに食らわしてしまった。

 だが、説明を聞き終えた彼女は、ミドロと違い、きちんと謝罪をした。


 涼多も涼多で、「すみません。絵だけじゃなくて、文字も入れておくべきでした」とズレているようなそうでもないような謝罪をした。


 昨日の今日で少し気まずいからか、夢は現在、叶望(かなみ)蕉鹿(しょうろく)と共に、紅葉食堂へ昼の弁当を買いに行ってしまっている。


 (()()()までは、名月君のような髪型だったらしいから、……そう考えると、伸ばしておいた方がいいのかな。変化はできないし)


 「まっ、全て終わった話さ」

 薄氷はルテに向かい、努めて明るい声でそう言った。


 「いいえ。正直なところ、ミドロさんにいじられすぎて、……その、ようやっとこの町に帰ってこれたことに、心底、ホッとしているのです」


 溜息ではなく安堵の息なのだ、とルテは薄氷に話す。

 その後、「まぁ、複雑ではありますが」と微苦笑を浮かべた。


 彼の笑みを受け、薄氷は「ふむ」と心中で腕を組む。

 続けて、「髪型ひとつで、印象は変わるものだから――」と考えを巡らせた。


 「ああそうだ。以前、晩稲君が、中世ヨーロッパの貴族のような髪型をしていたことがあったじゃないか。あんな風に――」


 「ああそうだ、……じゃないですよ」

 いつもの調子を取り戻したルテは、溜息まじりに髪を掻き上げる。


 「さぁ、早く植えてしまいましょう」

 「ははは、そうだね。札も貼らなければならないし」


 薄氷は背後を振り返ると、涼多たちを呼ぶ。

 ちなみに、(かなで)は名月と寒梅(かんばい)屋に行っているため、この場にはいない。


 「待たせてしまったね。苗を植える場所が決まったよ」

 印の為に突き立てた棒を()()で指し、薄氷はそう言った。


 「お疲れ様です」

 「そんじゃあ、始めるとするか!」


 言うが早いか、晩稲は丁寧に、スコップで土を掘ってゆく。

 涼多も、別の場所の地面を、同じように掘り起こす。


 「……しかし、お互いにトラブルがなくて、本当に良かったよ」

 「はい。……良いことでは、あるのですが」


 「ああ、大蜘蛛と成淵(せいえん)のことだけは、頭が痛いよ。……再度、つけ爪の代わりになりそうな材料を、探してみたりもしているのだけれど」


 「見つからない、と」

 ルテの言葉を肯定するように、薄氷は沈黙した。


 「…………まぁ、焦りは禁物だ。遠くばかりを見ていては、足元が疎かになってしまうからね。いい塩梅で、やっていかないと」


 「ええ、そうですね」

 頷くルテに向かい、薄氷は「そういえば――」と()()を合わせた。


 「一路君が、また、里に遊びに来てほしい、と言っていたよ。もう、前と()()変わらない状態に戻ったから、と」


 ()()……少々変わってしまった川の流れは、そこに息づく妖怪たちの意向もあり、そのままにしておくそうだ。 

 

 話を聞いたルテは、ホッと胸を撫で下ろす。

 何度か一路とやり取りはしていたが、不安が燻っていたからだ。


 「まっ、気分転換というのは建前で、名月君と蛍君のことが気になった、というのが本音だろうね。一路君だけじゃなく、若葉(わかば)君たちも気にしていたから。……何度、朝顔電話で話をしようと、やっぱり……ね」


 そうだろうな、とルテは思う。

 名月の()()姿()を見てしまっては、不安にもなるだろう、と。


 「おーい、植え終わったよー」

 二人の会話に、晩稲の声が滑り込む。


 「お疲れ様。……うん、いい感じだ」

 苗の様子を確認する薄氷を見て、涼多と晩稲は顔を見合わせた。


 「じゃあ、次はお札貼りか」

 「ああ、貼る場所は、粗方決まっているよ」


 台所や天井など、貼る場所は全て室内だ。

 ルテは「説明しますね」と涼多たちを連れ、縁側から家の中へと入る。


 「……あ、枝垂れ桜のことを、まだ伝えていなかったな。でもまぁ、急ぐ話じゃなし。名月君たちが帰って来てからでもいいか」

 

 薄氷はそう独り言ちると、()を拭いて縁側へと上がった。

 その時、背後から「こんにちは!」と蛍の声が聞こえてきた。


 「やあ、こんにちは!」

 くるりと振り返り、薄氷は、春と蛍に笑いかける。

 

 「あれ、もう植え終わっちゃったんですか?」

 「ああ、ついさっき終わったよ」


 「……手伝おうと思っていたのに」

 蛍は、日の光を受けて煌めく椿の葉を見つめ、小さく溜息を吐く。

       

 「ふふっ、ありがとう」

 可愛らしくしょげる蛍の頭を、薄氷は優しく撫でる。


 「…………随分と、変わった場所に植えるんですね」

 隣に立っていた春が、家を囲うように配置された椿を見て呟いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ