さよなら三角またきて四角
「ま、まぁ、そうですね」
伊織から放たれた言葉に、涼多は驚きつつも頷いた。
未練がなくならない限り、その地に縛り付けられてしまう。
そして、いつしか『未練』すら忘れ、ただただ苦しみ続けることになる。
「『憎い』『悲しい』というのは理解できても、なんで自分がそう思っているのか、分からなくなっちゃうのよ。……想像しただけで、苦しくなってくるわね」
加えて、道行く人に、自分の声は届かない。
例外があるとすれば、霊感の強い者が現れたときだけだ。
「何年か前、町に来た旅人さんから、そんな幸運な話を聞いたことがあったわ。事故に遭って、そこに縛り付けられた子供の霊の話」
事故に遭ったのは、家から遠く離れた観光地。
そんな見知らぬ場所に、五年ほど縛り付けられていたそうだ。
だが、その子供の前に、強い霊感を持つ人物が現れた。
無事に『未練』もなくなり、黄泉路を歩いて行ったのだという。
「話を聞いた時は、何とも言えない気持ちになったわ。……だって、どの感情がどう働いて、魂をその地に縛り付けられるのか、詳しくは分かっていないもの」
自分自身も気づかぬうちに、強くなっている思いもある。
伊織は、「負の感情だけじゃなく、誰かとの約束だってそう」と言った。
果たされない限り、『未練』になってしまう、と。
伊織の言葉を継ぐように、ルテが口を開いた。
「思いが強ければ強いほど、己を縛り付ける力も、強くなっていってしまうのです。…………その、決して、悪い方向にだけ転がる代物ではないのですが」
ルテは、自身に言い聞かせるようにそう言った。
伊織も、「そうね!強い思いは大事よ!!」と慌てた様子で言う。
無理矢理作られた笑顔と声に、涼多は居心地の悪さを感じた。
同時に、ある一組の老夫婦の言葉が、脳裏をよぎる。
『最近の子は、ちょっと言っただけで、捻くれた考えを――』
『ええっと、何世代って言うんでしたっけ?まったく――』
以前、果無寺に拝観に来た、一組の老夫婦。
涼多に言った、というわけではない。
孫であろう人物の話をしていた延長で出てきた言葉だった。
しかし、涼多は、こちらに向かって言われているような気が――。
(……いや、ルテさんも伊織さんも、そういう意味で言ったわけじゃない)
心中で首を横に振り、涼多は口を開いた。
「なにか、僕にできることってありますか?」
「涼ちゃんは、霊感ある?……ないのなら、無理ね」
伊織にバッサリと言われ、涼多は肩を落とす。
自分に、『霊感』というものは備わっていないからだ。
「……あっ、無理にどうにかしようとしてはいけませんよ。『未練』一色になってしまった霊を相手取るなど、危険すぎますから」
「そうね。こう言ったらなんだけど、餅は餅屋に任せるのが一番よ。皆がみんな、話しの通じる幽霊じゃないし、良くないモノを貰う恐れもあるから」
伊織は、ルテの言葉に同意すると、「まっ、人間界に帰ったら、色々と調べてみたら?霊に関する本は、そっちの方が多いだろうし」と続けた。
「調べて理解する方が、涼ちゃんもスッキリするでしょ?」
こてん、と首を傾げる伊織に、涼多は素直に頷いた。
◇◇◇
「……はぁ、昨日の今頃は、そんな話をしていたのよねぇ」
翌日の十五時過ぎ。
栞たちと空を見上げながら、伊織は胡桃色の目を細めた。
「早いものです……」
甕覗のエプロンを身につけた火山も、同じように空を仰ぐ。
「おぅおう、意外と似合っているなぁ」
「なんか、ミドロさんの言い方、とげがない?」
栞にじとりとした目を向けられ、ミドロは「くっくっくっ」と笑った。
火山はというと、エプロンに視線を落とし、悲し気に微笑んでいた。
涼多たちが化生界に来た理由を、彼は、簡潔にではあるが聞いている。
皆、何かしらの悩みがあり、別の世界へ行きたいと願った、と。
そして、叶った願いを蹴り、戻りたがっている、とも。
気持ちは痛いほど分かる、と火山は思った。
(俺も、同じ気持ちだったからな。……結局、時間がなくて木箱に入れに行けなかったが、もし時間があったなら、俺は何を願ったんだろうな)
答えの出ない問いが、水川の頭をぐるぐると回る。
同時に、彼の心には、罪悪感が去来した。
(……兎火も音律も郁子も、そして、有栖乃先輩の娘さんも、悩みとは無縁の存在だと、俺は勝手に思っていた)
そこまで思い、水川は「いや――」と心中で首を横に振る。
悩みが全くない、とは思っていない。
だが、「自分よりはマシだろう」という思いは確かにあった。
比べるモノではない、マウントを取ってどうする、と分かっていた筈なのに。
(物心ついたときから、スマホやパソコンに触れられて、俺が子供だった時代よりも、娯楽の量だって格段に多い。それに――)
涼多は、大人しく目立たないが、楽しく学校生活を謳歌している生徒。
奏は、家が金持ちでルックスもよく、いつも皆に囲まれている生徒。
叶望は、今時を絵に描いたような、自分を持っている生徒。
夢は、両親から、溢れんばかりの愛情を受けている子供。
悩みとは無縁。あったとしても、「それを『悩み』というのは、ちょっと贅沢なんじゃないか?最近の子は――」と思ってしまうようなモノ。
(……ははっ、俺が兎火たちくらいの頃、同じようなことを言われてムカついていたのに、結局は、俺も同じなんだなぁ)
そうならないよう、気をつけてきたのに、と水川は思う。なのに、『結局は、どの時代も同じだから』という言葉を、免罪符にしてしまっている。
(だからと言って、考えることを放棄したらダメなのにな……)
水川の中で、「……でも、仕方がない」と「申し訳ない」が渦を巻く。
彼は、水玉越しに見た、涼多の笑みを脳裏に浮かべる。
続いて、自分が知っている奏と叶望の姿を思い浮かべた。
(ごめんな、悩みに気づけない先生で。そして、こんなズルい形でしか、行動できない先生で。……いや、もう『先生』ではないか)
それでも、水川の中にある『先生』は、ふいに顔を出すのだ。
水川が、自身のこれまでの行動を思い返し、溜息を吐いたその時――。
ピフゥ―――――――ッ。
なんとも間抜けな音を出しながら、水川の目の前に何かが伸びてきた。
驚いて顔を上げると、栞が『拭き戻し』を真顔で吹いている。
絵面はふざけているのに、彼の目は真剣そのものだ。
「幣堂で買った、『ピーヒャラ笛』だよ!」
「あ、もしかして、火山さんは馴染みがない感じ?」
「いえ、そういうわけではありません。……ただ、俺は、『ピロピロ笛』の方が馴染みがあるな、と」
伊織と栞の言葉に、水川はそう答えた。
栞が、「はい、どうぞ!!」と稲苗堂の金平糖を差し出す。
「何を考えていらっしゃるのかは知りませんけど、考えすぎも体に毒ですよ!何事も、適度が一番です!!……じゃないと、潰れます」
最後の言葉が、水川の心に深く突き刺さる。
次いで、「……塩梅って、難しいですよね」と曖昧に頷いた。
「火山さんにできる事は、涼多お兄ちゃんたちの先を、祈ることだけだよ」
栞の言葉に、その場にいた全員が「おおっ」と声を上げる。
「くっくっくっ、子供ってのは怖いねぇ。こっちがどきりとするようなことを、突然言いやがるからよぅ」
ミドロはにいと口の端を吊り上げると、金平糖を口に放った。
火山も頷くと、再び空を見上げた。
「祈っているよ……」




