表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
499/514

ダンジョンを歩く以前の問題

 「………………」

 少し寂し気に、ノコは叶望(かなみ)たちが入って行った家を眺めている。


 「あ、あの、ノコ……さん。僕は兎火(うび)涼多(りょうた)といいます。改めて、これから一週間、よろしくお願いします」


 涼多に続くように、(かなで)も「音律(おんりつ)奏です」と挨拶をした。

 ふたりの態度に緊張がほぐれたのか、ノコは二本の足をそれぞれに伸ばす。


 互いに握手を交わすと、嬉しそうにベッドの上を飛び跳ねる。

 涼多たちも胸を撫で下ろし、部屋の中をぐるりと見渡す。


 木製のテーブルや椅子にベッドが二つ、壁には村の地図が貼られていた。

 武器屋に料理屋、訓練場、そして、三つのダンジョン。


 「あ、あれ?」

 いつの間にか、机の上に、錫杖(しゃくじょう)や小刀といった武器が置かれていた。


 「この麻袋は何だろう?中に何か入っているみたいだけど……」

 恐る恐る、涼多は袋の中を覗き込む。


 中には少しひしゃげた三角形の形をした実が、三十個ほど入っていた。

 実は固く、刺状の突起が二~四本生えている。


 「……これは何だ?ひしの実に似ている気がするけど」

 奏は実を一つ手に取ると、顔の前に持って行き()()()()と眺めた。


 「実、ということは食べられるのかな?……って、聞いてみないと分からないか。下手に食べると、大変なことになりそうだし」


 涼多の言葉に「そうだな」と頷き、奏は実を袋へと戻す。

 少しの沈黙の後、涼多は口を開いた。


 「音律君、さっきはありがとう」

 主語がないため、奏は「さっき?」と首を傾げた。


 「あの、葬歌(そうか)君に……言おうとしてくれて」

 決定的な言葉を出さない狡さに、涼多は胸中で己を叱責する。


 それに気づいた様子もなく、奏は「……ああ、気にするなよ」と笑う。

 カラリとした優しさに、ますます苦しさを感じた。


 実を言うと、奏は葬歌に対して、かなり怒りを覚えていた。

 嘲りの入った笑みが、弟の(ひびき)と、ほんの少し重なったためだろう。


 カラリンコロリン……。

 優しい鈴の音が、外から聞こえてくる。


 水恩(すいおん)の「はーい!みんな集合!!」という明るい声が部屋を満たす。

 急いで外に出ようとする涼多の頭に、ノコが飛び乗った。


 扉を開けた先には、肩にシアを乗せた叶望(かなみ)の姿。

 どうやら、向こうでも似たようなやり取りが行われたようだ。


 「それじゃあ出発しまーす!って言っても、地図で見たか」

 水恩は、アラベスク模様が美しい四角形の建物に向かって歩き出す。


 中はガランとしており、人っ子一人いない。

 ランプから漏れる淡い光が、床の、(つる)が絡み合っている模様を照らしていた。


 「ちょっと揺れるから、歯を食いしばってね」

 言うが早いか、涼多たちを取り囲むように光の輪が浮かび上がる。


 眩しい光に、水恩を除いた全員が目をつぶった。

 閉じた視界の中で、地面が揺れる感覚に襲われる。


 揺れが収まると同時に、「もう目を開けていいわよ~」という緊張感のない声が耳朶に届いた。


 導かれるように目を開けると、赤い絨毯の敷かれた長い廊下。

 左右の壁には、額に入れられた絵画が等間隔で飾られている。


 「今回は、私も『助言キャラ』としてついていくわ!貴方たちは、感覚を掴むところから始めて!!……という訳で、スタート!!」


 何処からともなく「ビーッ」とブザーの音が響く。

 一同は咄嗟に身構えるが、何かが襲ってくる気配はない。


 「開始の合図よ」

 水恩は数歩後ろに下がり、「さあ、さあ」と涼多たちを促す。


 グッと錫杖を握り締め、一歩を踏み――。

 足元に、ドスンと何かが突き刺さる。


 よく見ると、それは閉じられた洋傘だった。

 先端は槍のように尖っており、数秒経つと跡形もなく消滅した。


 前を見ると、二メートルほど離れた場所にある絵画の中から、フリルのついたスカートを穿いた少女が飛び出してきた。


 スカートの端を摘まみ、優雅にお辞儀をして見せる。

 格好に似合わない竹籠を背負っており、中には大量の傘が入っていた。


 奏は、浮世絵か何かで見た『千本の刀を集めている弁慶の図』を思いだす。

 水恩の「ぼうっとしている暇はないわよ~」という声に我に返る。


 目の前の少女は、こちらに向かって傘を投げようとしていた。

 いつの間にか肌は緑になっており、口は耳まで裂けている。


 「………………!」

 ノコが、持っていた札を掲げ、見えない障壁(バリア)を張った。


 しかし――。

 パリン、と嫌味なほどに綺麗な音を立てて、あっさりと破られてしまう。


 涼多は咄嗟に、近くに飾られていた額縁を盾にした。

 が、盾の代わりになれ、というのが無茶な話だ。


 哀れ絵画を貫通し、床に突き刺さる。

 しかし、それに構っている暇はない。傘は、次から次へと飛んでくる。


 次にシアが札を掲げたが、結果は同じだった。

 札は際限なく使えるみたいだが、全くもって役に立たない。


 奏が、突き刺さった傘を抜いて投げ返すが、少女のもとに到達する前に、泡のように消えてしまう。


 「あの子の胸元に、大きな宝石のついたリボンがあるでしょ?あれを壊さない限り、ずぅっと傘を投げてくるわよ。頑張ってね!」


 水恩が指さす先には、確かに真っ赤な宝石が煌めいている。

 だが、聞いたところでどうしようもない。

 

 「兎火(うび)君っ!」

 なんとか一つを錫杖で弾き落とした叶望が、涼多を突き飛ばす。


 左肩に、華やかなレースのついた傘が突き刺さる。

 鋭い痛みが走るが、叶望は悲鳴も涙も見せることなく錫杖を構え直す。


 「む、郁子(むべ)さん……!」

 「気にしないで。そんなことより、大丈夫?」


 涼多が何か言おうと口を開くよりも先に、傷は跡形もなく消えた。

 先程感じた痛みも、嘘のようになくなっている。


 (ああ、こうして何十、何百回と兎火君たちを庇い続けたら、少しは私の『罪』も許されるのかな。……なんて、はは、すごく自分勝手)


 それでも、心のどこかでホッとしていた。

 永久(とわ)山で、蕉鹿(しょうろく)に話した澱が晴れてゆくような――。


 (でも、化生界(現実)は『契約』があるから死ねないけど、ゲームの世界(ここ)では何度でも死ぬことができる。…………微々たる量でも、罪を贖わないと)


 『本当、お前らは――』

 『ほお、お(めえ)さんはぁ、()よりも()で決めるタイプってことかねえ』


 父の声とミドロの声が同時に聞こえた。

 それに気を取られた瞬間、右目に傘が突き刺さる。


 傘も傷もすぐに消えたが、夢の悲鳴だけは消えていない。

 奏が庇うように前に立っているので、はっきりとは見えていない筈なのに。


 「……て、てて、手前ぇ、よくもやってくれたなぁっ!!」

 親が聞いたら叱り飛ばしそうな言葉と共に、夢は錫杖を投げつけた。


 ドスッ、と見事宝石に命中し、少女は断末魔の叫び声と共に霧散する。

 荒い息を吐きながら、夢は「叶望お姉さん!」と叶望に抱き着く。


 「おめでとう!でも、休んでいる暇はないわよ~」

 そう、一体を倒して終わりのゲームじゃないのだ。


 今度は、三匹の洋服を着た豚が飛び出してきた。

 愛らしい笑顔とは裏腹に、瞳の奥にあるのは『暴』だ。


 一匹が大量の藁を投げて目くらましをし、残りの二匹が木片とレンガを交互に投げてくる。


 叶望に向かって飛んできたレンガを、涼多は叩き落とす。

 錫杖を伝って、手にじんわりと痛みが走る。


 「さっきはありがとう!でも、()()()()()()()なんて、言わないで」


 春に対する思いとはまた違うが、叶望だって『大事な人』なのだ。

 奏や夢と同じ、大切な友達。


 「……………………ありがとう」

 少しの間の後、()()を振り払うように、叶望は涼多に微笑んだ。


 『ははは、お綺麗さんだねぇ。見ていて寒気がしてきたよ』

 どこからか、葬歌の声が聞こえてきた。


 『ごめんね。簡単なんて言っちゃって。思った以上に皆クソ雑魚だから、訓練場で鍛え直してから出直してよ。じゃないと、いつまで経っても終わらない』


 言うが早いか、涼多たちは訓練場前の広場に転移させられた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ