線香花火はポトリと落ちる
石火隊本部近くにある小さな喫茶店内に、晩稲の「だーめだ、全っっ然、駄目だー」という声が響く。
「ど、どうしたんですか?末枯さん」
涼多の問いに、晩稲は「この小説の主人公だよ」と目を細める。
「自分の預かり知らぬところとはいえ、仲間が大変な目にあっている時に、呑気に紅茶を飲んでいるんだよ?こんな風に」
晩稲は、週刊誌を持ったまま、目の前の紅茶を指差した。
彼が手にしている週刊誌は、この世界で刊行されているものだ。
週間と表記されているが、不定期に刊行されるらしい。
かなり適当なんだな、と涼多は思う。
「だいたい、キャラクターの特徴についても『こんな難しい漢字知ってる自分凄い』って考えが滲み出てんだよね、特に色。あと、建物の説明も、ちょっと本を読んだだけの、ニワカ感が凄いと言うか……」
「は、はあ……」
答えに迷う涼多に、晩稲は「まっ、そんなことは置いておいて」と言った。
「トイレの場所分かった?自分、この店の内装が好きでよく来るんだけど、トイレが外にある、というのだけは、どうにかならないものだろうか、と常々思っているんだよね」
「はい、店員さんが案内してくれたので迷わず行けました」
「そりゃ良かった。じゃあ、シャバに出られたことを祝そうじゃないの」
週刊誌を棚に戻し、晩稲は涼多にそう言った。
彼は「ああ、疲れた」とカップに角砂糖を四つばかし放り込む。
「……何というか、不思議な気分です。江戸時代を生きていた末枯さんと、こうして、話をしているなんて」
「その気持ち、よく分かるよ。自分も、色んな時代を生きた人間どころか、妖怪や神様とこうして一緒に暮らすなんて思わなかったし」
「そちら、自分の正体を知って、結構、驚いたんじゃない?」
晩稲は紅茶を啜ると、自身の髪の毛を指差した。
「はい、その、丁髷じゃないんだ、と思いました。後、末枯さんを知っている、と言っても、お寺で見た、説明文に書かれていることしか知らなかったので……」
晩稲の人となりを知っている、という訳ではない、と涼多は思う。
果無寺で見た襖絵と、生没年くらいだ。
(それに、末枯派の作品は数多くあるみたいだけど、晩稲さんの作品自体は、数えるほどしか現存していないみたいだし……)
その情報も、バイトの先輩から「間違っていたらゴメン」と前置きをされて聞いた話なので、どこまで本当か分からない。図書館やネットで調べてもみたが、これ、という情報は出てこなかった。
「時代が進むと、色々と変わるからね。髪型も絵も考え方も。あ、きたきた」
「お待たせ致しました」
涼多がトイレに行っている間に注文したのか、大量のかりんとうが盛られた皿が、テーブルの上に置かれた。
「甘いものには目がなくてね」
晩稲は、一つを手に取ると、素早く口へ放る。
「いでっ!舌噛んだ。やっぱ二日間の疲れがきてるわコレ」
「大丈夫ですか?」
「まあ、前に右足を骨折した時に比べたら、大したことないよ」
モグモグと口を動かしながら言った。
「自分、特に理由もなく、幽霊や妖怪や神様って怪我しないもんだ、と思っていたんだよね。しても、超常的な力で直ぐに治るっていうの?」
「そういえば、蕉鹿さんが『自分たちも、思っているほど万能じゃない』って、前に仰っていました」
「そうなんだよねぇ。勿論、首が吹っ飛んでも再生するヤツはいるけど、その再生能力が他に活かせるか、というと、そうでもないみたい。『一族や同種族なら可能』くらいなもんらしいよ」
涼多は、前にテレビで見た動物番組で、『この生物の出す粘液は、天敵には効き目がありますが、人間には無害なんですよ』と言っていたのを思い出す。
あれに近かったりするのかな?と涼多は心中で首を傾げる。
晩稲は、「骨が折れたとき――」と自身の右足を叩く。
「名月さんにお札を貼ってもらったんだけど、光り出した時、『きたきたー!』ってテンション上がったよ。…………でも、治ったのは擦り傷だけ。骨は、完治するのに一ヶ月かかった」
「手をかざして、不思議な力でパァァァとかは……」
「残念ながら」
残念そうに目を伏せ、晩稲は首を横に振る。
彼は、「白蛇様なんかは――」と再び、紅茶を注文した。
「物凄く強い力を持っているのに、怪我の回復には、めちゃくちゃ時間がかかるみたい。自分は、話でしか知らないけど、昔、大蜘蛛と戦った時に負った傷は、完治するのに、三十年以上かかったらしいよ」
「えっ!?そんなにですか?」
思わず身を乗り出した涼多に、晩稲は安心させるように微笑んだ。
「でも、あの頃と違って、今は色々と発達しているし、仲間も、薄たちだけじゃないからね、もっと早く治るんじゃないかな?」
「薄?」
「ああ、薄氷のことだよ。そちらと契約している」
晩稲は、ちょいちょい、と涼多の手首を指差した。
涼多は、躊躇いがちに口を開く。
「……あの、僕まだ、薄氷さんに、お会いしたことがなくて」
「あー、今、結界台に入っちゃってるからね」
「どんな方なんですか?数日この町で過ごしていて、『色んなことに携わっている方』というのは、分かっているんですけど」
晩稲は、再び紅茶に砂糖を入れながら、顎に手を当て考え込んだ。
暫くして、彼は、悪戯坊主然とした表情を浮かべた。
「会えた時のお楽しみ……と言いたいけど、どんなモノでも、変わらない明日がやって来るとは限らないからね。特徴だけ教えるよ」
「お願いします」
「蝶」
それだけ言うと、晩稲はかりんとうに手を伸ばした。
◇◇◇
ふたりが喫茶店に入り、四十分ほど経過したとき――。
名月たちが、「涼多、すまん、遅くなったのだ」と店に入ってきた。
「名月さん。お疲れ様です。有栖乃さん、大丈夫だった?」
夢は、笑顔で「うん!」と頷いた。
(……あれ?なんか、心なしか郁子さんと距離が近くなっているような)
表情を見て察したのか、奏が「あとで説明する」と耳打ちをした。
「すみません、涼多君。ボク、伝えるのすっかり忘れてて……」
後から入って来た蕉鹿が、勢いよく涼多に頭を下げた。
「い、いえ、僕のほうこそ、何も言わずに離れてしまってすみません」
互いに頭を下げ、苦笑いを浮かべる。
「……えっと、涼多、その人は?」
奏の問いを受け、晩稲は「紹介して!」と涼多に視線を送る。
「連れていかれた場所で知り合った、末枯晩稲さん。僕がバイトしている、果無寺の襖絵を描いた人」
「よろしくー。あ、ちなみに生まれは江戸時代ね!」
晩稲は、「江戸は江戸でも、最後の方」と奏たちに手を振った。
若草色の目を見開き、蕉鹿は「果無寺?」と声を上げた。
名月も、何か言いたげに彼を見る。
「どうしたんですか?」
涼多が質問すると、「いや、何でもないっス」と笑みを浮かべた。
「まあ、入口付近で駄弁るのもアレだし、座ったら?」
晩稲に言われ、「……それもそうなのだ」と名月たちは席に着く。
時刻は午後二時を過ぎたところなのだが、昼食はまだだったらしい。
涼多は、「そういえば――」と蕉鹿に問う。
「蕉鹿さん、躑躅百貨店の三階に用があったんですよね?」
「はい、蜘蛛と戦った時に刃こぼれしちゃったんで、研ぎに出してたんスよ」
「あの時、持っていた剣ですか?」
「アレは剣じゃなくて、鵙さんの羽を拝借しただけっス」
蕉鹿は、「短刀が使えなくなったので思わず……」と出されたホットケーキを、むしゃむしゃと頬張りながら言った。
「じゃあ、食べ終わったら、躑躅百貨店に向かうのだ」
「自分も同行してもいい?そちらたちのことも、詳しく知りたいし」
晩稲は、興味津々と言った目を、奏たちに向ける。
戸惑う三人に変わり、名月が別にいいのだ」と言った。
「で、も!問題は起こさないで欲しいのだ」
「了解!」
晩稲は、再度「よろしくー」と奏たちに手を振った。
◇◇◇
無事に用事を済ませたあと、涼多たちが店を見て回っていると、買い物に来ていた、春と蛍に出くわした。春曰く、食堂で昼食を食べ終わったところで、これから家に帰るらしい。
「涼多お兄ちゃん、もう、外の空気を吸って大丈夫なの?」
「う、うん、大丈夫……だよ」
「よかった!ねえ、今夜、皆で一緒に花火しない?」
蛍は、嬉しそうに言った。
「蛍、いきなりそんなこと言ったら、皆さん困るでしょ」
肩に手を置いた春が、やんわりと窘める。
「それは、いいのだ!涼多も帰ってきたことだし、皆でやるのだ!!」
「何それ楽しそう。自分も、入れてもらってもいい?」
「うん!」
蛍に大きく頷かれ、晩稲は「よっしゃ!」と微笑んだ。
◇◇◇
夕明かりを背に、一度家に帰っていた晩稲たちは、名月の家にやって来た。
各々、道中で花火を買ってきたらしく、花火の小山が出来上がる。
「ルテさんや鵙さんたちも、呼んだんっスけどね」
「鵙と鶉は、百貨店の屋上のビアガーデンで飲んでいるのだ。ルテは、…………まあ、仕方がないのだ」
叶望が名月たちに目をやると、小声でそんな会話をしていた。
彼女は、どうして、そんなに会いたくないんだろう、と心中で首を傾げる。
(……いや、皆それぞれ理由はあるか)
そんなことを考えながら、水の入ったバケツを地面に置く。
「火傷に気を付けてね。自分は、結界……という名の、バリア的なのが張れるからいいけど、そちらたちは無理でしょ?」
晩稲は、春と蛍にそう言うと、手持ち花火に火をつけた。
驚いた顔をした夢が、「末枯さん、結界張れるんですか?」と問う。
「畳一帖くらいのヤツだけどね。化生界に来た時に『せっかく幽霊になったんだから、色々と挑戦してみよう!』って思ってさ。薄に教わって、張れるようになったんだ」
晩稲は、両手に花火を持ちながら答える。
さっきから、彼だけ花火の消費率が異様に早い、と名月は思う。
「凄いですね。私は、そういうのは全くできません」
春の言葉に、蛍も「僕も無理」と手を上げる。
「ははは、『個人差』ってヤツだから、気にしない気にしない」
いつの間に取り出したのか、晩稲は、噴出花火を地面に置き、火をつけた。
吹きあがる火花に、蛍や夢は楽しそうに声を上げている。
他の面々も、思い思いに花火を楽しんでいた。
「宴会とは、また違う賑やかさっスね……」
蕉鹿は、線香花火を眺めながら、そう呟いた。
「こういうのも、たまにはいいのだ」
名月は、花火を楽しんでいる涼多たちを見て、目を細める。
「こんな風に、庭で花火するのって初めてだな」
奏の言葉に、叶望と涼多は「そうなの?」と驚いた。
(あんなに広い庭のある家なのに、ちょっと勿体ない気もするな……)
涼多がそう思っていると、叶望が「もしかして――」と口を開く。
「近所から、煙とか騒音の苦情がくる……とか?」
「いや、そういう訳じゃないけど……」
これ以上、聞かれたくない、という目をしていた。
その目を見て、叶望は話題を変える。
「そういえば、兎火君は、果無寺でバイトしているんだよね?」
「うん、まだ入って間もないけどね。パソコンが欲しくて」
「パソコン?」
「家族共同で使ってるパソコン、だいぶ古くなってきたから」
叶望は、河原で会った、涼多の母を思い出す。
妊婦さんだったから、出産費用とかが大変なのかな?と思う。
あまり、人様の家庭事情に首を突っ込むのは良くない、と叶望はそれ以上、何も聞かなかった。
「そうなんだ。……その、人前で説明するのって大変そう、凄いね」
突然の言葉に、涼多は顔を赤くする。
「あ、ありがとう。マニュアル通りに説明するのは、まだいいんだけど、思いもよらない質問をされると、けっこう混乱するかな……」
涼多は、頭を掻きながら、照れくさそうに話す。
そんな涼多を、春は、少し離れた場所から見ていた。
蛍は、何も言わずに、そんな姉を、ただ見上げている。
ポトリ、と春の持っていた線香花火が、地面に落ちた。




