弟切草
「……涼多君の風邪、どう?」
「昨日よりも熱は下がっていたし、このままいけば大丈夫だ」
すっと言われた答えに、晩稲は「それは良かった!」と破顔する。
名月からも大丈夫と聞かされてはいたが、不安だったようだ。
「ところで、袋からはみ出している角は何だい?」
「ああ、鹿君につけてもらうための角だよ。新しいの」
「えっ、前にやったじゃないっスか。もう嫌っスよ」
顔に『面倒臭い』を張り付けたまま、蕉鹿は呆れた声を出す。
「プレゼントを配るのはいいんスけど、周囲の生暖かい目が恥ずかしいんで」
「とか言いつつ、やってくれるんでしょ。自分は鹿君に詳しいんだ」
やたらと柔和な笑みを浮かべ、「玉虫花の粉がかかっているから、めっちゃキラついている」と角のカチューシャを蕉鹿の頭に装着した。
「前と同じと言うのも芸がないから、二階のアクセサリー屋でアレンジを加えてもらったんだよ。お陰で、豪華さが大幅にアップした!!」
「……はあ、なんと言われようが、絶対にやらないっスよ」
溜息を吐き、蕉鹿はカチューシャを外そうと手を伸ばす。
「ちょ、外さないでよ!当日は、自分もサンタの格好するか――」
「あっ、今年はやるんですか?」
晩稲の声に耳ざとく反応した子供の幽霊が、キラキラと目を輝かせる。
一緒に買い物に来ていた、子ヤギの妖怪も同様だ。
「てっきり、あれきりで終わりかな、って思っていたのに……」
「楽しみにしています!」
わが意を得たり、とばかりに、晩稲はウンウンと頷く。
蕉鹿は、なんてタイミングの悪い、と心の中で頭を抱える。
「ほら、この子たちもこう言っているんだし、今のところ三対一じゃん?潔く、同調圧力に屈しちゃいなよ!」
「こ、子供を盾にするなんて卑怯っスよ」
「しゃらくせえ。自分は利用できる者は何でも利用するのさ!」
悪い笑みを浮かべ、晩稲は小悪党のようなセリフを吐いた。
子供たちは、相変わらず目をキラキラとさせている。
蕉鹿は、助けを求めるように薄氷を見るが、黙って首を振るばかりだ。
考えを曲げない、という晩稲の人となりを、分かっているからだろう。
「…………ああ、もう。分かったっスよ」
肩を落とす蕉鹿とは対照的に、晩稲は「ありがとう!」と笑う。
子供たちも、「わーい!」と声を上げる。
そして「楽しみにしています!」と風のように去っていった。
「……やらせじゃないっスよね?」
「そんなことはしないよ」
「今回は話を受けたっスけど、これで最後にしてくださいね」
「勿論!!」
きっとまたやるな、と薄氷は苦笑いを浮かべた。
蕉鹿もそれは承知の上だが、一応の釘は刺しておく。
(……まあ、プレゼント代とかは、晩稲持ちだからあれだけど)
自腹を切っているところは、純粋に感心している。
「とはいえ、なんだかなぁ……」
ぶつぶつと小言を呟きながら、蕉鹿は飾りつけの作業へと戻った。
「……しかし、面白いもんだねぇ」
晩稲は長椅子に腰かけたまま、クリスマスツリーを見上げ、そう零す。
「場所が離れていても、モミの木のように扱いが似通っている物もあれば、真逆になってしまう物もある」
袋から、弟切草の造花を取り出し、クリスマスツリーに翳す。
薄氷は「それに関しては、輸入と原産で分けられているんじゃ」と首を傾げる。
「でも、同じ『属』なことに変わりはない」
「…………まあ、そうか」
「あっ、そういや鹿君の赤いポンチョ、代えとかあるのかな?」
あれがなければ始まらない、と晩稲は困った顔になる。
以前、蕉鹿が着ていた血色のポンチョは、雷火の仕掛けた爆弾により、晩稲の目の前で使い物にならなくなってしまった。
「うーん、緑や焦げ茶なら何度か見たんだけど……」
「それじゃ意味ないよ。やっぱ、赤が一番しっくりくる」
聞いてみるか、と晩稲は長椅子からひらりと立ち上がる。
行ったり来たりと忙しいな、と薄氷は「ふう」と息を吐く。
(本当に、『平和』だ。このまま、白蛇様を倒すことを諦めて、爪の欠片でいいから渡してくれたら……なんて、無理な相談か)
大蜘蛛の体の一部が少しでもあれば、涼多たちを人間界に帰すことができる。
白蛇たちやこの世界に害をなさないというのなら、こちらだって何もしない。
しかし、それらが理想論でしかないことは重々承知だ。
恨みや憎悪といったモノは、簡単には消えない。
(全て分かってはいるけれど、どうしても願ってしまう……)
それこそ、神にも縋りたい気持ちで、薄氷は天を仰ぐ。
クリスマスツリーの先端にベツレヘムの星はなく、代わりに赤、白、金で構成された、巨大な梅結びの水引きが取り付けられていた。
玉虫花の粉がかけられているのか、光鈴の光を反射しキラキラと輝いている。
作業を終えた蕉鹿が「そういえば――」と駆け寄ってきた。
「薄氷さんから渡されたコレ、すごく使いやすいっス!」
懐から、名月が持っていた物と同じ短刀を取り出す。
「なにそれ。カッコいい!」
(いつの間にか)隣にやって来た晩稲は、刀の柄を指でトントンと叩く。
見た目こそ時代劇に出てきそうな短刀だが、刃は鉄ではない。
晩稲は「刀の行商人でも来たの?」と二人に問いかける。
それに首を振り、薄氷は「この短刀は、成淵の鉱物と、白蛇様の鱗を粉にして混ぜ合わせた物でできているんだ――」と説明を開始した。
雷火の事件の際、巨大化して暴走した鶸虫たちを止めるために、白蛇はかなりの無理をした。その時、閉じかけていた傷が開いてしまった。
飛び散った鱗を何かに使えないか、と問う白蛇の言葉に、薄氷は『物は試しに』と珪砂や霰に相談し、出来上がったのがこの短刀だ。
やや眩しいのが難点だが、それ以外の性能は申し分ない。
切れが良すぎて、少々怖いくらいだ。
材料が少なかったため、短刀を持っているのは、薄氷を除いた結界守たちと、石火隊数人のみとなっている。
「……ふぅ~ん。よく揉めなかったね。一人、二人くらいは『ずるい』って不平不満を言いそうなもんだけど」
「まあ、光が無理だったり、己の爪や羽があれば十分、と言う者もいたからね。飛花君は、手に馴染んでいる物の方がいい、と蘇芳君に譲っていたし」
要するに、円満に受け渡しはすんだ、ということだ。
結界守も石火隊も縦社会ではあるのだが、こういうところは緩い。
「……へえ。まっ、何事もなく配り終えられてよかったじゃん」
「まあね」
「終えると言えば、こっちも飾りつけ終わったっスよ!」
蕉鹿の視線の先には、着物姿の狸から謝礼を受け取る叶望たちがいた。
クリスマス仕様の袋に入っているため、何を渡されたのかは分からない。
頭を下げる三人に、狸は「いえいえ」と手を振り笑っている。
躑躅屋の芹と同じ、優し気な笑顔だ。
頃合いを見計らい、「お疲れ様」と薄氷は三人に声をかける。
時計を見ると、午後六時三十分を過ぎようとしていた。
薄氷は「ここで夕食を取って帰ろうか」と提案する。
「……今日のランニングは中止っスね」
「そういう日もある!」
真っ暗な外に目を向け、そう呟いた蕉鹿に、晩稲は言葉をかぶせた。
次いで「ちなみに、何貰ったの?」と一番近くにいた夢に問う。
「えっと、ジンジャークッキーと……サンタ人形?」
子猫ほどの大きさの、とんがり帽をかぶった人形が入っていた。
首を傾げる夢に「『北欧の妖精トムテ』だな」と奏は言った。




