願いの布
「みんなお疲れ様!いい芝居だったぞ!!」
体育館に並べられたパイプ椅子を片付けていた涼多たちのもとに、担任の水川がやってきた。
「先生ェ、これ本当に地域交流になってんですか?」
白蛇役を務めていた生徒、出錆 身が問う。
「なってる、なってる!いや~、校長が『交流会には白蛇様の劇をやろう』なんて急に言い出すもんだから、一時はどうなるかと思ったけど、無事に終わって良かったよっ!お前たちも、協力してくれてありがとうな!!」
水川はホッとした表情でそう言った後、ニカッと笑った。
うんざりと言った空気が、その場に流れる。
「てめぇが勝手にクジで決めたんじゃねぇか……」
聞こえない程度の声で、出錆はそう呟いた。
彼の言う通り、劇に参加するメンバーは、クジで決められた。
家庭の事情などで、参加できない者もいた為、三回はくじ引きをした。
『配役は、お前たちに任せるよ!』
いっそ、配役も先生が決めてくれていたら、と涼多は今更ながらに思う。
「はい、頑張ったお前たちにプレゼントだ!」
そんな心中を知る由もなく、水川は、ハガキサイズの布の束を、劇に参加していた生徒たちに差し出す。
それは白蛇火祭りで使う願い事を書く布だった。
一ヶ月ほど前から後祭白蛇神社で配られている。
一応、祈祷はされているらしいのだが、それっぽい感じはしない。
ぶっちゃけ、何の変哲もない、ただの白い布だ。
これがプレゼント?
その場にいた全員が、怪訝な表情を浮かべる。
それを察したのか水川は言った。
「今年は祭りが始まって600年ってことで、当時の織り方を再現した布を先着60名限定で作ったらしい。劇のお礼にくれるんだってさ。良かったな!」
爽やかな笑みを浮かべ、布を生徒たちに渡していく。
彼は「知っていると思うが――」と前置きして、話し出す。
「当日の18時までに願い事を書いて神社の境内にある箱に入れるように。せっかく貰ったんだから、ふざけた願いを書いたりするなよ~」
グッとガッツポーズをとる。
何と言うか、昔の青春モノの映画に出てきそうな感じだ。
「うわ、なんか、ごわごわしてて書きにくそう……」
「いらねー」
「絶対、在庫処理でしょこれ……」
水川は「まあ、そう言うなって」と苦笑いを浮かべる。
「出錆の白蛇様も、兎火の大蜘蛛も子供たちに好評だったぞ」
「ありがとうございます」
何とも言えない気持ちのまま、涼多は布を受け取った。
無事に終わってくれて安堵してはいるが、どことなく気が重い。
「……大人しい兎火が、『大蜘蛛の役をやります』って言った時は、先生ちょっと驚いたんだぞ。でも、そう思っていたのは、先生だけだったみたいだな!」
小声でそう言われ、重かった気がさらに重くなる。
だって配役は、出錆の取り巻きが作ったあみだくじで決まったものだから。
「あれ?郁子と音律はどうした?」
この場にナレーション役の少女と、ピアノを弾いていた少年が居ないことに気が付き、水川は問う。
「郁子さんは知らないけど、音律君なら廊下で女子たちに囲まれていましたよ」
出錆が答える。
その時、水川を呼び出す校内放送が流れた。
「あ、職員会議があること忘れてた。すまんが兎火、二人にこれ渡しといてくれないか?」
「分かりました」
二片の布を渡される。
「会議が終わったら、先生も片付け手伝うから」
そう言うと水川は足早に去って行った。
「帰って来る頃には終わってるっつーの。てか、こんな布切れ一枚が駄賃なわけ?マジふざけてんな」
片手で布をヒラヒラさせながら、出錆が悪態をつく。
中には、ぐしゃぐしゃにしてゴミ箱に放る者も。
他の生徒たちも『これが『骨折り損のくたびれ儲け』ってやつか……』『贅沢言わないけど、ジュースとかお菓子くらいは欲しいよな』と肩を落とす。
「後はこれを倉庫に持っていくだけなんだけど、兎火君お願いしていい?」
出錆の隣にいた女生徒が涼多に大きなダンボール箱を渡してきた。