ルテと叶望と奏
「鵙の占いの結果、『当分は成淵の出現なし』とでたのだ。だから、今日は鉱物と成淵を、ある場所に届けてほしいのだ」
朝食を食べながら、名月は涼多たちに言った。
涼多は、「ある場所?」と首を傾げる。
「そうなのだ。もう箱に入れて、玄関に置いてあるのだ」
名月は、すっと玄関の方向を指さした。
「鉱物は分かるけど、……その、体はどうするんだ?」
奏は、青い顔をしたまま質問する。
「珍味ばかりを扱う店があるから、そこに持っていくのだ」
心配そうに目を細め、名月は、奏の湯呑に温かい茶を注ぐ。
「癖になる不味さをしているそうで、愛好家の方が買っていくっス」
涼多たちと一緒に、朝食を食べていた蕉鹿が、欠伸まじりにそう言った。
「あたしは、二度とごめんなのだ。前に興味本位で食べてみたが、苦いんだか酸っぱいんだか分からない味がしたのだ」
「……そっか」
どこか上の空で答える奏を、涼多と叶望は、不安そうに見つめていた。
本人は隠しているようだが、成淵の件で一番堪えているのは間違いなく奏だ。
昨日も食事を終えた後、口元を手で押さえ箪笥の陰に隠れるように蹲っていた。
(……また、間違えたかな?)
叶望は、そう思うと同時に、昔のことを思い出す。
◇◇◇
『みんなが、郁子さんみたいに出来るわけじゃないんだよ?』
『……そりゃ同じ生き物係だけどさー。メダカの死骸を網で掬うとか、私も他の子も無理だもん。郁子さんがやったら、私たちもやらなきゃじゃん?』
『そうだよ!男子と違ってそんなの無理!見るのだって嫌なんだよ?やらしときゃいいじゃん。網渡したらやってくれるって!』
『まっ、郁子さんみたいにあれな人には、分かんないんだろうけどさ。……いいよね、性別に囚われていない人は』
『あんな風に、何でもかんでも率先してやられると、俺らが、情けない奴、って思われるんだよな。なんでそれが分かんないかな』
『それな。正直、迷惑だよ。てか実際、先生に言われたし。郁子さんみたいに、って、……ちょっと、八方美人だよな、郁子って』
『よく聞いてね?叶望は太郎寄りにならないといけないの。私もお母さんも、叶望の所為で、嫌な思いをする回数が増えてんだから……』
『はあ、口では男女平等とか言って、都合が悪くなると、アイツらは――』
◇◇◇
(……私の所為で、音律君、「つらい」って言えなくなっているのかも……いや、でも、あの場で「私、こういうの無理だから、やって」って言うのも、違うだろうし。どうすれば、良かったんだろう……)
色々な考えが、叶望の頭の中をグルグルと回る。
彼女の思考を遮ったのは、ルテの声だった。
「おはようございます」
軽風が、まとめ損ねた彼の髪を、優しく揺らしている。
ルテは、叶望たちが初めて会った時と同じく、黒のシャツとズボン、そして白衣を羽織っていた。黄金色の瞳が、すっと細められる。
「鉱物と成淵を届けに、町の中心部まで行くのですが、よければ皆さんどうですか?……ここで少し、一服してからですが」
彼の言葉に、蕉鹿が「待ってくださいっス」と小さく手を挙げた。
蕉鹿は、「その二つを届ける場所、ちょっと距離がないっスか?」と続ける。
「どっちかボクが届けるっスよ。朝食も食べ終えましたし」
「おや?そうですか」
「ちょうど四人だし、二人ずつ、どっちかについていけばいいのだ!」
彼らの話に乗っかるように、名月は手をポンッと叩く。
同時に、朝顔の蔓が、涼多と叶望の服の裾を、くいっと引っ張った。
ふたりが驚いて目を向けると、名月はチラッと奏を見た。
(…………あ、そうか!)
合点のいった涼多は、静かに頷いた。
叶望も、名月の視線の意味に気が付いたようだ。
涼多は、授業参観のときの子供のように、「はい」と手を上げる。
「僕、『珍味ばかりを扱う店』っていうのを見てみたいです」
夢が、涼多の言葉にかぶせるように、「わたしも行く」と呟いた。
(きっと、郁子さんと一緒にいたくないんだろうな……)
拗ね固まってしまった夢を見て、涼多はどうするべきか迷う。
(町の中心部に行って、気分を変えられるような事があればいいんだけど)
涼多は、何かありますように、と心の中で手を合わせた。
「……では、おふたりは私と、ということでよろしいですか?」
ルテの視線が、叶望と奏に注がれる。
ふたりは、「はい、よろしくお願いします」と頭を下げた。
◇◇◇
蕉鹿たちが出て行ってから、十五分ほど経過した頃。
叶望と奏は、ルテと共に家を出た。
「しっかり気分転換してくるのだ!じゃないと家に入れないのだ!!」
冗談めかしながらも、名月は笑顔で手を振り、叶望たちを送り出す。
叶望には、それがなんだか、こそばゆかった。
彼女は、何度も振り返ってしまいそうになる自分を、必死に抑える。
「交代」
奏から渡された木箱を、叶望は「分かった」と受け取る。
鉱物の入った箱は、叶望たちが思っていたよりも重かった。
家を出たから最初の内は、ルテが一人で運んでいた。
だが、それが、ふたりには心苦しく、ルテに交代を申し出た。
最初の内こそ、ルテは戸惑っていたのだが――。
「次は、あの曲がり角までですよ」
思いのほか楽しんでいるようで、叶望と奏は安堵の息を吐いた。
叶望は、気付かれないように奏の横顔に視線を移す。
僅かだが、顔色が良くなっていたので、ホッと胸を撫で下ろす。
「……今度、『雀製糸工場』という所に、お連れしましょうか?」
ふたりに視線を向け、ルテはそう言った。
叶望とかなでは、「え?」と首を傾げる。
彼は、「寒梅屋に行った際、蕉鹿から聞いてはいませんか?」と問う。
「俺は、聞いていません」
「そういえば、音律君は、あの時いなかったね」
叶望は、「……確か、記憶や感情を食べてくれる、蚕のような虫がいる、と伺いました」とルテと奏を見ながら言った。
「はい。完全に無くなるわけではありませんが、楽にはなるとは思いますよ。……鉱物採取で、だいぶ参っている、と聞きましたから」
こちらに向ける黄金色の瞳は、心配そうに揺れている。
配慮を無碍にして申し訳ない、と思いつつ、奏は頭を下げた。
「折角ですが、俺は遠慮しておきます。確かにしんどい作業でしたけど、その、なんか、逃げてる感じがして……」
「すみません。私も、同じです」
同じように頭を下げつつ、叶望は「きっと――」と思う。
(成淵以外の、嫌な思いも薄らぐんだろうけど、あの思いが薄らいだら、私は『私』じゃなくなってしまう。そんな気がする……)
「そう、ですか……」
ふたりの答えをどう捉えたのか、ルテは悲し気に微笑んだ。
「…………強い、ですね」
彼の言葉に、ふたりは眼を瞬かせる。
(『強い』なんて、初めて言われた……)
叶望の背中を、冷たい何かが流れてゆく。
《それは、お前に向けられた言葉じゃない。勘違いするな》
彼女の耳朶に、そんな幻聴が響いた。
(……そうだった。勘違いしないようにしないと)
自分は、そんな立派な言葉をかけてもらえる存在ではない、と叶望は思う。
奏のみに言われた言葉だろう、と自信を納得させる。
その時、叶望は、ルテと目が合った。
「……ですが、辛くなったら、いつでも言ってください」
穏やかな声が届き、ふっと肩の力が抜ける。
「ありがとうございます」
爽やかな風を感じながら、叶望は歩き出した。
《……それでいい》




