朝顔・花言葉『愛情』・下
「あ、着た切り雀さんだ」
「あなたって、毎日その服着ているわよねー。他にないの?」
最後の一人は、小学校の廊下で数人の女子生徒から、揶揄いの言葉を投げつけられていた。
つぎ当てだらけの服を着ている少女に対し、彼女たちは清潔で綺麗な服を着ている。
お世辞にも、『そんなことない』とは言えない差。
少女は目に涙を浮かべながら、彼女たちの前を早足で通り過ぎた。
しかし、ボサボサの長い前髪に隠れた目は服に注がれており、悔しそうに唇を小さく噛みしめていた。
「……」
(以前、『こったら村、息苦しいから嫌んた』と言っていた者がいたが、何処に行っても別の息苦しさがあるのだ。全てにおいて、良いことしかない場所なんてないのだ……)
何もできない歯痒さに、名月は下を向く。
『神だなんだともてはやされていても、結局お前はこの程度の存在なんだ』と、何者かに言われているような気分だった。
「おい、そうやって揶揄うのやめろよな」
俯いていた名月が顔を上げると一人の男子生徒が立っていた。
言われた彼女たちは、むっとしたのか、すかさず反論する。
「なにさ、いい子ぶって」
「庇うってことは、あの子のこと好きなんじゃないの~」
「やっだー」
「……そんなんじゃねーよ」
顔を赤くしながら彼は教室に入っていった。
「……」
この数ヶ月間、村以外の人間も多く見てきた。
その中でも、衣食を貶された人の悔しさ悲しさは計り知れないものがある。
(……さっきみたいに庇ってくれる者もいたのだ。でも、あたしはそれを見て安堵することしかできないのだ。助けが現れるのを、祈ることしかできないのだ)
自身の無力感に苛まれながら、名月は化生界へと帰って行った。
◇◇◇
「……こんな感じなのだ。だから、あたしは着るものと食べるものに五月蠅いのだ!」
「そ、そうなんですか……」
名月の勢いに仰け反りながら涼多は言った。
「まあ、村にいた時も『綺麗な着物を着て、町さ歩いてみてぇ』とか『毎日、うめぇ飯を腹いっぺえ食いてぇ』とかそんな声を聞いていたからっていうのも、あるかもしれないのだ」
目の前でお茶を飲む名月からは、悲壮感は感じられない。
(でも、きっと凄く悔しかったんだろうな。僕は、何て言ったらいいんだろう……)
涼多の顔を見て察したのか、優しく微笑んだ。
「人間が好きと言うのは、嘘じゃないのだ。でも、それ以上に――」
少し考え込んだ後、切り出した。
「……あたしは、お前たちを、助けられなかったみんなの代わりにしているのだ」
「えっ?」
「なにもできなかった自分を、なかったことにしたいと思っているのだ」
「……」
「馬鹿な話なのだ、代わりなんてありはしないのに」
「……名月さん」
少しの間、沈黙が二人を包む。
「………………他の者たちも同じなのだ」
気のせいかと疑いくらいの声量だった。
「え?」
「なーんてな。まだ夜明けまで時間があるのだ、もうひと眠りしてくるといいのだ。寝不足は体に毒なのだ」
「……わかりました」
「歯を磨いてから寝るのだぞ」
涼多は「はい」と返事をし、立ち上がる。
そして、洗面所から戻ってきて涼多は言った。
「名月さん。その、どんな理由であれ、右も左もわからなかった僕たちを助けてくれたことに、変わりはありません。ありがとうございます!あと、おやすみなさい」
「……そう言ってもらえると、嬉しいのだ。おやすみ、良い夢をなのだ」
◇◇◇
涼多が部屋に戻って暫くすると、屋根から蕉鹿が降りてきた。
「おお、何処に居るのかと思ったら」
「いやー、屋根の上で月を見ていたら、降りにくい雰囲気になっていたもんで」
ははは……、と頭を搔く。
「……この二日で、みなさん結構参っているみたいっスね」
「こればかりは、慣れてもらうしかないのだ」
名月は、むむむと難しい顔をし、腕を組む。
「そうっスよねー。明日、一緒に鉱物と成淵を届けに行った後、気分転換に周辺をぶらついてくるっス」
「お願いするのだ。ほい」
「ありがとうございます」
蕉鹿は、ボリボリと音を立てながら金平糖を咀嚼した。




