蝋燭花
その花は、『蝋燭』によく似ていた。
「この花は見た目の通り『蝋燭花』って言って、十年に一度しか咲かないんだ。しかも、自分の知っている限り、一路の里にしかない」
頬杖をつき、蝋燭花をトントンと指で押しながら晩稲は言う。
ちなみに、炎の部分が花にあたるらしい。
普段は『蝋燭』の部分は茶色で、『炎』の部分は濃い緑で蕾のように小さい。
パッと見は観葉植物のような見た目をしている。
この植物は十年に一度、一斉に花開くのだそうだ。
その時に、緑はパッと大きくなり赤色に染まる。
茶色の部分は、白い蠟のようになるらしい。
それが蝋燭に見えることから、ついた名前が『蝋燭花』。
シンプルでいいでしょ?と言われ、涼多はコクリと頷いた。
晩稲は「ちなみに、四、五日限定の紅葉(?)なんだ!」と歯を見せて笑う。
「実は、花冷図書館での調べ物って、これだったんだよね。今年であっていたかどうか、不安になっちゃって……」
彼は「この前の時は、色々あって見に行けなかったからさ。今年はどうしても見たいと思っているんだよね!」と続ける。
色の濃淡が毎回異なるらしく、そのどれもが美しいのだそうだ。
夢が「里から持っては来れないんですか?」と質問する。
「何度かやっては見たんだけど、どうにも、気候ら何やらが適していないらしくって、すぐに枯れちゃうんだよね。残念なことに」
「だから毎回、護衛の誰かと一緒に、晩稲は里まで見に行っているのだ」
食後のミルクティーを、口でふうふうとさせていた名月が言った。
彼女は「だいたい、薄氷か飛花、蘇芳が多いのだ」と続ける。
都合が合えば、鵙が同行することもあるらしい。
「それ以外の人たちは、あんまり蝋燭花に興味が無さげなんだよね。一回見たら、それで充分って言うの?」
「……まあ、否定はしないのだ。蝋燭花は思ったよりも地味なのだ」
「そこが乙なんじゃん!」
(十年前、……あの姉妹が迷い込んで来た時か)
そういえば、花が咲く時期だったな、と蕉鹿は思った。
晩稲の性格を考えると、仲間の悪口を言われ、蝋燭花の事が頭から抜け落ちてしまっていたのだろう。
なら、今年は是非とも見たい、と言うのも頷ける。
そして、涼多たちの前でそれを言ったという事は――。
「自分と一緒に蝋燭花を見に、一路の里まで行ってみない?」
予想通りの言葉に、名月と蕉鹿は心の中で腕を組む。
結界の外に出ることになるが、それは彼も承知だろう。
二人の顔を見て、言いたいことを察したのか、晩稲は続けた。
「確かに、結界の外に出るさ。でも、今の季節だと音波魚兎の縄張り争いに注意していれば特に危険はないでしょ?……少なくとも、里までは」
それでなくても、この町の付近にヤバい奴が出ることは殆どない。
ぐっと身を乗り出し、そう力説する。
「……それは確かにそうなのだ」
「でしょ?それに、行きは一路がいて、帰りは薄も加わるわけだし。しかも、十年に一度のタイミングでやって来るなんて、ちょっと運命を感じない?」
「別に感じはしないのだ」
「ええ……」
「しかし、行って帰ってくるとなると。最低でも、一週間はかかるのだ」
「え?」
その言葉に、晩稲は『普通じゃん』と言った表情を浮かべた。
まあ、彼からしてみればそうだろう。
それに涼多たちも、その距離で音を上げるようなタイプではない。
チラリと顔を窺うと、『行ってみたい』と書いてある。
そして「僕、見てみたいです」と涼多が、控えめにだが手をあげた。
珍しいこともあるものだ、と名月たちは思う。
てっきり、「どうする?」と聞かれるまで、黙っていると思っていたから――。
彼に続くように、他の三人も『行きたい』と意思を表示する。
それならば、と名月は晩稲に視線を戻す。
「ちなみに、一路と薄氷には――」
「『はっきり決まったら、また連絡する』って伝えているよ!」
やたら爽やかな笑みと共に、親指をグッと立てる。
全く、根回しが早いというか何と言うか。
「いやー、久しぶりに朝顔電話を使ったもんだから、変にテンションが上がっちゃったよ!箱もなかなか開かなかったし」
「一路と薄氷に、お疲れ様を言っておくのだ」
「そうっスね」
何はともあれ、まだ一路は結界台の中にいる。
一日、休憩を取ることを考えると、出発は一週間後くらいになるだろう。
「一路の里に行く前に、鉱物採集があるからね!」
突如降ってきた第三者の声に、一同は、声のした方に顔を向ける。
「鵙じゃん!お疲れ~」
「……テンション高いわね」
呆れ顔でそう言うと、彼女は涼多たちに視線を向けた。
そして「三日後には、名月さんの家に成淵を持って行くから」と話す。
力強く「はい!」と頷いた四人を確認すると、近くの席に座る。
今日は鶉はいないようだった。
「鶉さんは一緒じゃないんですか?」
夢がそう言うと「まあ、姉妹だからって、いっつも一緒ってわけじゃないからね。職場だって違うし」と鵙は笑う。
「……わたし、一人っ子だから、姉妹や兄弟ってよく分からないけど、鵙さんたちは喧嘩とか全然しなさそうなイメージです」
それを聞いて、鵙はぶふっと噴出した。
その後彼女は、驚く夢に「ごめんごめん」と詫びる。
「申し訳ないけど、しょっちゅう喧嘩しているわよ。だいたいは、人の邪魔にならない所に行って、チャンバラみたいになるわね」
自身の羽を抜き取り、剣を打ち合うように喧嘩するのだという。
蕉鹿が「お二人の羽は、鉄みたいに硬いっスからね」と言った。
「それなのに、割り箸程度の重さなのが不思議っス」
涼多たちと初めて会った時、それで少し手首を痛めていたらしい。
「重い物を振るう感覚で、軽いモノを振るったら駄目っスね」
「野球選手みたいな事を言うな~」
晩稲は「鵙も来る?」と問うが、返ってきた答えは否だった。
石火隊で、呪い解除部の手伝いがあるのだそうだ。
「まあ、手伝いって言っても、定期検査みたいなものなんだけどね。……あっ、嫌なこと思い出した」
「どうしたのさ?」
「……今日、道でラン先生にばったり会って、そろそろ健診に来いって」
「何事も、早期発見が大事ですぞ」
「おお、噂をすれば影なのだ!」
鵙の後ろに、大きなムカデの顔があった。
それを見て出てきた感想は、『デカい』というよりも『長い』だった。
体を辿っていくと、まだ食堂内に入り切っていない。
隣では、ヤツデが涼多たちに手を振っている。
朝見た着物姿ではなく、桃紅色のロングコートを着ていた。
そして、朝見た時と同じく、柔和な笑みを浮かべている。
しかし、広く高く作られている食堂とはいえ、ランはいささか窮屈そうだ。
慣れているのか器用に体を丸めると、彼は涼多たちを見た。
「は、初めまして……」
「はい、初めまして。話は妻から聞いておりますよ」
互いに、ペコリと頭を下げる。
こういうのを『イケボ』というのだろうか?
低く耳に染みこんでくるような、とても穏やかな声だった。
ランは涼多と叶望を交互に見ると、「おや?」と首を傾ける。
そして「その節はどうも」と、軽くお辞儀をした。
意味がわからず戸惑う二人に、ランは口を開く。
「私を踏みつけずに、外へと出してくれたでしょう?」
その言葉で、ようやく合点がいった。
「もしかして、郁子さんが外に出してくれた……」
「はい、あの時の百足でございます」
千里と似たようなパターンだな、と名月たちは思った。
同時に、世間は狭いな、とも。
「あの時は、急に体の調子が悪くなってしまって、よろよろと入った場所が、あなた方のいた学校だったのです」
思いもよらぬ縁に、何と言えばいいのか迷う。
「あのまま踏みつけられていたら、大変なことになっていました。元から人間界では、あまり力が発揮できないのに加え。今では、普通の百足ほどの大きさにしかなれませんから」
ランは「本当に、助かりました」と深々と頭を下げる。
二人して「いえ、気にしないでください!」と手を振った。
「……こうして会うのも何かの縁、私にできることがあれば、いつでも言ってください。力になって見せましょう」
そう言って、涼多たちに脚を伸ばしてくる。
握手を交わすと、ランは嬉しそうに、触角をぴょんぴょんと動かした。
「あなた方も……」
「あっ、よ、よろしくお願いします……」
「初めまして……」
夢と奏も、おっかなびっくりとだが、握手を交わす。
人間好きな性分なのだろう、漂う空気はとても優しい。
「折角、こうして会ったんだから、一緒に飲まない?」
「はい、勿論!」
いつの間に注文したのか、晩稲は酒を手に持っていた。
ヤツデが「先ずは夕飯でしょう」とランの隣に座る。
「……まさかまさかだね」
「うん。……でも、ただの偶然で、あんなにお礼を言われていいのかな?」
涼多の言葉に同意しながら、叶望は、少々困惑した表情を浮かべた。
それを聞いた夢が「いいのいいの!」と笑顔で言う。
「偶然だろうが何だろうが、結果としてはプラスになったんだから」
「……ま、そういう事だな」
「一路さんの里に行くの、楽しみだね!」
「ああ、その前に鉱物採集だけどな」
そんな事を言い合いながら、四人は食事を再開させた。




