変な奴と占い師の鵙
「……そろそろ出るか」
熊が出て行ってから暫くした後、奏が口を開いた。
「……うん、そうだね」
二人して、気分が沈んだまま脱衣所へ向かう。
名月に買ってもらった服に着替えていると、奏が涼多に聞いた。
「そういえば、何で涼多は別の世界に行きたかったんだ?」
「え、そ、それは……」
どう答えたらいいのか迷う。
「ちなみに俺は、家で色々あってむしゃくしゃしてたから」
奏は、「ははは」と苦笑いを浮かべながら自分を指差す。
「……僕は」
知り合いがいないという状況の所為か、掻い摘んでだが話してしまった。
「はあ、出錆に金持って来るように言われたから?二十万?」
「う、うん」
改めて言われると、何だか気恥ずかしくなってきた。
奏は「なんだ」と呟いた後、続ける。
「それなら、俺に言ってくれれば良かったのに」
思いもよらぬ言葉に、涼多は目を丸くした。
「えっ?駄目だよそんなの」
「何で?」
心底、不思議そうな声が返ってくる。
「何でって、友達……だから」
「だから、何で?」
奏の顔を見ると、揶揄っているというわけではなく、本当に分かっていない様子だった。
「兎に角、駄目なものは駄目なの。……少なくとも、僕の中では」
涼多は「先に行くね」と暖簾を潜る。
そんな涼多を見て、奏は小声で「変な奴……」と呟いた。
◇◇◇
外に出ると、名月が二人に手を振った。
名月は出会った時に見た着物姿になっており、他の二人も、寒梅屋で購入した服に着替えている。
「ごめん、待った?」
「ううん、全然」
叶望が、手で顔を扇ぎながら答えた。
服装の所為かそれとも風呂上がりで髪が湿っているからだろうか、いつも以上にイケメンに見える。
(いや、郁子さんに『イケメン』っていうのもアレだけど……)
そんなことを考えていると、奏が名月達に問う。
「随分、賑やかだったけど、何かあったのか?」
夢が、赤いワンピースの襟を弄りながら「別にぃ~」と答えた。
少し、機嫌が悪そうだ。
「夢が、ろくろ首の早苗に驚いただけなのだ。首をほんのちょっと、にゅうぅ~と伸ばしただけなのに……」
「ろくろ首って、あのろくろ首ですか?」
「昔話に出てくるやつだよな。首が伸びて――」
「そう、こんな風に」
涼多と奏の目の前に、美しい女性の顔が現れた。
「え?」
「噂をすれば影ですよ。こんにちは、早苗と申します」
柔和な笑顔と共に、自己紹介をされる。
(あれ?この人、首が――)
見ると、首が螺旋階段のようにクルクルと伸びていた。
首は、三メートルほど離れた所にある着物を着た胴体と繋がっており、挨拶をすように手を振っている。
夕日に染まった化生界に二人の絶叫が響き渡った。
◇◇◇
「二人とも、元気を出すのだ」
憔悴しきった顔で夕食を食べる二人を、流石に気の毒に思ったのか名月が慰める。
「早苗だって『こんなに驚いてもらえるなんてっ……!今日はとても素晴らしい日だわ!!』って喜んでいたのだ」
「そ、そうなんですか……」
「そうなのだ!あんなに驚いてもらえたのは本当に久しぶりなのだ!」
確かに、この世界だと、さほど珍しくないのかもしれない。
「何か、素直に喜べないな……」
奏はそう言いながら、音波魚兎という生物の煮物を食べている。
「せっかく、町を案内しようと思っていたのに……」
残念そうに眉根を寄せながら、名月は言った。
◇◇◇
葉桜の湯を出た後、急に雲行きが怪しくなってきた。
何処からともなく、ゴロゴロと雷の音も聞こえる。
「これは、一雨降りそうなのだ……」
名月は空を見上げ、ポツリと呟いた。
「残念だが、今日は食材を買ったら家に帰るのだ」
◇◇◇
名月の家に帰った直後、パラパラと雨が降りだし、五分もしないうちに激しい雨になった。
「あんなに晴れてたのにねー」
猫を膝に乗せた夢が、目をパチパチさせながら言う。
「そういう日もあるのだ」
「あー、着いた、着いたー」
名月が言い終わるのと同時に、蕉鹿が走ってやって来た。
「……あれ?」
背中につけている鞍の上に、誰かが横座りで乗っている。
ローブのような黒い服を着ており、フードの所為で顔はよく見えない。
「こんばんは!凄い雨っスね!!」
「お疲れ様なのだ」
蕉鹿は「ありがとうございます!」と二枚のタオルを受け取る。
「どうぞっス!」
二枚の内、一枚を鞍に座っている人物に渡す。
「ありがと」
紅葉食堂の鶉とよく似た声がした。
「こんばんは」
鞍から降り、ローブのような服を脱ぐ。
その下からは、鶉と瓜二つの顔が現れた。
ただ、鶉がたれ目なのに対して目の前の人物は勝気な吊り目をしている。
髪の色もよく見れば鶉よりも色が濃い赤色だ。
彼女もツインテールのように頭から大きな鳥の翼が生えており、何度か翼を羽ばたかせ水気をはらっている。
「涼多たちは初めましてなのだ。この人は鵙、鶉の双子の姉なのだ」
「話は名月ちゃんから聞いています。鵙です。よろしくー」
鵙は、ヒラヒラと手を振りながら笑顔で言った。
慌てて涼多たちも自己紹介をする。
白地に椿柄の着物を着ており、紫色のやけに短い袴を穿いている。
袴の長さは太もものあたりまでしかなく、ミニスカートのようにも見えた。
涼多は、鵙が黄色のハイソックスを履いているのかと思い、足元に目線を移す。
それが巨大な鳥足だと気づくのに、少し時間がかかった。
(そういえば、鶉さんと会った時はエプロンと靴で気が付かなかったなぁ……)
まじまじと足を見ている涼多の視線に気が付いたのか、鵙はにやっと笑う。
そして「若いなぁ~」と揶揄うような口調で言った。
「す、すみませんっ!」
勢いよく視線を逸らすと「分からんでもない」という奏のフォローが入る。
「涼多君たちはまだ十代っスからね。何百年も生きているボクらと比べると、そりゃあ若いっスよ」
蕉鹿が、お茶を湯呑に注ぎながら言った。
「……蕉鹿ちゃんは、わかっていないわね」
「わかっていないのだ」
「ええっ!?何なんスか、二人して」
困惑した表情を浮かべながらも、湯呑を鵙に渡す。
「鵙は『占い師』なのだ」
「占い師、ですか?」
叶望の質問に、名月は「うむ」と答える。
「成淵の出現する場所や日時を占ってもらっているのだ」
「成淵達は突発的に現れる存在っスからね。何時どこに現れるのか予測ができないんスよ」
二人の会話を聞いていた鵙は、苦虫を嚙み潰したような顔で言った。
「あたし、恋やら運勢やらの占いに関しては百発百中なんだけどねー。成淵ら相手だと外すことがあるのが癪だわ。前が悔しかったから色々と修行したのに」
グイッと茶を煽ると続ける。
「大蜘蛛にいたっては、いくら占っても全く居場所が掴めないし……」
ピシッっと湯呑から嫌な音がした。
「でも、鵙がいたから今回も円滑に成淵を捕まえることができているのだ。町や大蜘蛛のことは、あたし達や石火隊に任せて欲しいのだ」
「石火隊?」
「人間界で言うところの『お巡りさん』みたいなものなのだ。腕っぷしの強い者達ばかりなのだぞ!」
そう言いながら、名月は力こぶを作る仕草をする。
「今は、交代で白蛇様の警護をしてもらっているわ。あ、数人は成淵の捕獲にまわっているわね」
「重そうなものを背負っている割に、動きは素早いっスからね。結界の外だと他の事にも気を付けないといけないし」
苦笑いを浮かべる蕉鹿に、二人はうんうんと頷く。
「現れるなら町の中にしてほしいのだ。そのほうが手っ取り早いのだ。成淵らは悪意も敵意も持っていないから入って来れるはずなのだ」
「あの結界って、そういうのも感知できるのか」
奏が驚いた顔をする。
「後は、時折、発生する毒性のある霧だったり、悪影響のある音波なんかも防げるようになっているのだ。ただ、あたしの力をどういう風に結界を張る力に変えているのか、何度説明されても理解できんのだ」
「ボクも同じです。薄氷さんに、各々の持つ霊力の違いと装置との相性がどうのって説明はされたんスけど、途中から頭が痛くなってきちゃって……。凄いのは分かるんスけど」
「ルテちゃんがちょっと理解しているくらいかしら。白蛇様は脳筋だしねー」
鵙が煮物を食べながら言った。
「あっ、名月さん。コレ」
蕉鹿が『封』と書かれた札の貼ってある大きな木箱を渡す。
「確かになのだ」
「それは、なんですか?」
叶望の質問に、名月は木箱を部屋の隅に置きながら答えた。
「この中に、今回捕まえた成淵が入っているのだ。お前たちには、明日から鉱物を取り出す作業をしてもらうのだ」




