門火高等学校 体育館
紫陽花が咲き乱れる六月も半ばを過ぎようとしている頃。
覆水県後祭町にある門火高等学校の体育館で、一つの劇が上演されていた。
体育館の入口には『ようこそ門火幼稚園・門火小学校一年生のみなさま!!』とポップな字体で書かれた看板が雨に打たれている。
湿気の籠った館内には40人ほどの子供たちがいた。
みんな、パイプ椅子に礼儀正しくちょこんと座っている。
六月とはいえ、半ばにもなるとじっとりと嫌な汗が出てきてしまう。
大人たちは、早く劇が終わって欲しそうな顔をしている。
それでも、うだるような暑さではないからだろうか、子供たちから漂ってくる空気は和やかだ。
「村の人々を苦しめる大蜘蛛め!この白蛇が成敗してくれようぞ!!」
ドンッと太鼓の音が鳴り響く。
舞台の上で白い着物に身を包み、おもちゃの刀を構えた少年が、黒い着物を着、ダンボールで作った蜘蛛の足を持っている少年に向かい高らかに宣言する。
白い着物の少年は、紙粘土で作られた四本の腕が付いた帽子をかぶっていた。
何も知らないものが見れば、少し変わった恰好だ。
しかし、それを指摘する者はこの場にはいない。
なぜなら少年の恰好は、後祭町で古くから信仰されている神『白蛇様』を模したものだからだ。
振り上げられる刀を見つめながら、黒い着物を着た少年・兎火 涼多は衝撃に耐えるため歯を食いしばる。
バゴンッという音と共に右肩に衝撃が走った。
プラスチック製の刀とはいえ中々に痛い。
思わず「痛っ!」と声が出てしまった。
白蛇様役の少年が失笑する声が耳に届く。
痛みに顔をしかめながらも、芝居に集中しようと体勢を立て直す。
涼多は手に持っている蜘蛛の足を、相手の横腹に軽く当てる。
「ぐはっ!」
白蛇様役の少年は、その場に膝をつく。
「みんなー!白蛇様を応援してー!みんなの力が必要なの!!」
少年の傍らにいた少女が客席に向かい大声で呼びかける。
「白蛇様頑張ってー!」
「がんがえ~!!」
子供たちが、きゃっきゃっと笑顔で声援を送る。
大人たちも溜息を吐きつつ、彼らと応援に加わった。
「悪い蜘蛛さんなんかやっつけちゃえ~!」
「おおくも、ひっどーい!どっか行ってー!!」
ヤジを飛ばす子供の一人に、涼多は目が合う。
笑顔は一瞬で消え去り、キッと睨まれる。
仕方がないとはいえ、少し心にくるものがあった。
純粋な怒りから、すいと目を逸らす。
みんなの声援に答えるように少年は立ち上がり、客席に笑顔を向けた。
「みんな、ありがとう!!」
再び刀を構えると、勇ましい声を上げ大蜘蛛に切りかかる。
「うおおおおおおっ!!」
バギィッと今度は左肩に先程よりも強い衝撃が走った。
「…………っ!」
目に生理的な涙が滲む。
「これで終わりだぁっ!!」
刀をスウィングさせ、腹部に思い切り叩きつける。
少し吐きそうになるが、間髪入れずに頭と足に衝撃が走った。
涼多に向かって、炎に見立てた赤色のスーパーボールが大量に投げつけられる。
投げる力が強い所為でかなり痛い。
すんでの所でよけられたが、幾つかは目に当たりそうだった。
「ぐわああああぁぁ!!」
涼多は叫び声を上げながら舞台から飛び降りる。
子供たちから「わあっ!」と嬉しそうな声が上がった。
「大蜘蛛は倒したが、どうやら私もここまでの様だ……」
「そんな、白蛇様……!」
先程までの空気は一変し、体育館はシーンと静まり返る。
その時、何処からともなく、悲しげなピアノの音が聞こえてきた。
観客の数人が音の出どころを探す。
見ると一人の少年が、舞台下に設置されたピアノを弾いていた。
『わあ、凄いイケメン……!』
『かっこいい……』
『顔立ちからして、ハーフなのかな?』
『聴いたことない曲だけど、誰の曲なんだろう?』
ひそひそとそんな会話をする。
その会話を聞いていた教師の一人が耳打ちした。
『あの曲は、この劇の為に彼が作ったオリジナル曲なんですよ』
『ええ~っ!?すっごーい!!』
『天才ー!将来有望ですね!!』
目を輝かせ、きゃいきゃいと黄色い声を発している。
「大蜘蛛は倒され村には平和が戻りました。村の人たちは、白蛇様に感謝をし祠を建てました。それ以来、村に怪物がやってくることもありませんでした。めでたしめでたし」
ナレーション役の少女が、淡々とした声で劇の終わりを告げる。
パチ……と誰かが拍手を始めた。
他の子供たちも、それに続くように手を叩く。
パチパチパチと大きな拍手の波が起こり劇は終了した。




