とある並行世界のこぼれ話④
毒親、モンペ、毒親、毒親、アダルトチルドレン、毒親、モンペ、親ガチャ、失敗、毒親、毒親、毒親、毒親、親ガチャ、毒親、親ガチャ、親ガチャ、毒親、毒親、毒親、毒親、毒親、毒親、毒親、毒親、毒親……。
「…………ねえ、私たちの育て方って、間違っていたのかしら?こうやって、見ず知らずの他人様から糾弾されるようなほどの事だったのかなぁ」
「……もう、そんな過去のコメントを見るのはよせ。書き込んだ連中は、今頃どっかでラーメンでも啜って、呑気に欠伸でもしているだろうからさ」
自分の口から出た言葉なのに、全く覇気が感じられない。
すっかり薄くなってしまった妻の肩を抱く。
そう、人の心を壊しておきながら、こいつらだけは、今ものうのうと生きているんだ。
『正義』を持っていれば、どれだけ人を追い詰めてもいい。
そんな連中と誰でもよかったと宣う通り魔、一体何が違うのだろうか?
『生きているから平気でしょ』『体は傷ついてないから』『自業自得だから』『表現の自由だから』『○○さんが言っていたから』『心理学では――』
そんな理由を並べ立てて、用が済んだらポイ捨てか。
随分安い正義なことだ。
いや、そこまで考えてもいないのだろうな。
廃人のようになってしまった妻をベッドに寝かせ、台所で水を飲む。
壁に貼られた『パパ、いつもありがとう!!』の文字が目に入る。
父の日に娘が描いてくれた絵、勿論、母の日も……。
その他にも、『キャンプに行った時の絵』や『海水浴に行った時の絵』『近くの公園に行った時の絵』『レストランで食事をした時の絵』様々な絵が所狭しと貼られている。
描かれている人物は決まっていて、俺と妻と娘の三人だけ。
友達はいない。
「…………二人だと、こうも会話が無いんだな」
一人娘の夢がいなくなってから丸一年。
世間はとっくに忘れてしまったが、俺たちの時間は止まったままだ。
『こんな世界に、親のエゴで産み落とされただけでも気の毒なのに。その上、毒親に色々と押し付けられた教育をされて……。本当、可哀想』
『楽しい事なんてない。辛いことしかないこの時代に子供を産むのがどれだけ罪深い事なのか、いい学校を出てるくせに分からないのか?』
いつだったか、家の郵便受けに投函されていた手紙の内容を思い出す。
別にその思想を非難するつもりはない。
そう思ってしまうほどに、辛いことがあったのだろう。
そう言っていないと、耐えきれないのだろう。
ただ、そう叫んでいた時は、楽しかっただろう?
『言ってやった!ざまあみろエゴの塊め!!』
『間違っている連中に鉄槌を下してやった!!』
そんな思いが頭を駆け巡って、『喜』『楽』で満たされただろう?
『人を傷つける免罪符』ができたと、心の中で小躍りしただろう?
自分が『押し付けている』とは、思わない程に。
ははははは、……………………………………………………………良かったな。
「………………毒親、エゴ、か」
たった二文字の言葉が、囚人に繋ぐ鎖のように纏わりついてくる。
明るい日とかいて明日なんていうが、その日はいつやってくるのだろう?
◇◇◇
「パパもママもいい加減にしてよ!」
火祭りのあの日、初めて娘が俺たちに怒った。
だって、「わたしも、お祭りに行きたい」なんて言うから。
『あんな人の多い所に行っても疲れるだけよ。汚そうだし』
『そうだ、あんな所の祭りより□□ランドの祭りに連れて行ってあげるよ』
『そうね、それが良いわ!ねっ、そうしましょう!!』
『一ヶ月後になるけど、あっちの方がパレードもあって面白そうだし!』
『……でも、わたしの絵がポスターになったお祭りだし』
『それで十分じゃない!もしかして、巨大な絵馬みたいに境内に飾られているとかなの?……そうじゃない?それなら、行く意味なんてないじゃない』
『そうだな。店や家の壁にポスターが貼られている光景はいたる所で見たし、家にも何枚かある。それで十分だな!来年も描いてくれって言われたわけじゃないんだろう?』
今にして思えば、どうしてあんなことを言ってしまったんだろう。
後悔しても、もう遅いが。
無意識のうちに、「でも――」「だって――」を繰り返す娘に苛立っていたのかもしれない。
それ以前から、むすっとした声を出すことはあったが、最終的には「うん、わかった。パパとママの言う通りにする」と言っていたあの娘が逆らってくる。
素直に言うことを聞いてくれていた、あの娘が、自分たちの子が――。
『あっ、□□ランドが嫌なら別の所にする?……ここなんかどうかしら?ひまわり畑がとっても綺麗な所!白蛇神社よりも素敵でしょう?』
『おお、良いな!……なっ、こんな田舎のお祭りに行くよりも有意義な時間を過ごせると思うよ?髪だって煙臭くならないし』
『わかってくれるわよね?』
『わかってくれるよな?』
『だって、パパとママの――』
その先が続くことはなかった。
俺たちの娘なんだから、親に向かって怒鳴り散らすことはない。
根拠もなく、そう思っていた。
俺も妻も、反抗期らしい反抗期をしたことが無かったから、『自分の娘もその筈だと本気で信じていた気がする。
だからこそ、夢の怒声に驚いた。
自分たちの態度が『重い』と言われたこともショックだった。
そこから先は、あまり良く覚えていない。
『そんなこと言うような子は私たちの子じゃありません!』
『パパとママは夢のことが大切だから、言っているんだ!』
『あーもうっ!女の子がそんな汚い言葉を使うんじゃない!!』
『今まで夢の思い通りにしてきたのに、何がそんなに不満なんだ!?』
そんなことを言った気がする。
もしかすると、もっと大声で怒鳴りつけるように言ったかも――。
家を飛び出した時も、すぐには追わなかった。
『どうせすぐに戻ってくる』
『戻ってきて、自分たちに謝ってくれる』
『あの子は、自分の過ちを認められる賢い子』
『だって、自分たちの子供なのだから』
そう、無邪気に思っていた。
◇◇◇
「…………馬鹿だよなぁ。『自分たち』を優先して、『誘拐されたら大変だ』『危険な場所に行ったりしたら』なんて発想が直ぐに出てこなかったんだから」
一時間経っても帰ってこない夢を探しに出て、警察に連絡したのが更にその一時間後。
『どうして、もっと早く……!』と自分を責めずにはいられない。
捜索も大変だったが、その後も大変だった。
誰が流したのか、ネットに俺たちの事が出回った。
まあ、それは仕方がないとは思う。
何かしらの情報は出回ってしまうものだ。
問題は内容。
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俺の過去を知っている誰かが流したのだろう、学生時代の写真なんかもあがっていた。
時代が時代だから『オカマ』と揶揄されることはなかったが、『いかにもモンペな顔立ち』『これが、いじめられっ子の末路か』なんて書かれていた。
時には話が『いじめ』に逸れることもあったが、『お前らがやっていることは何が違うんだ?』とスマホを叩きつけたものだ。
妻の方も酷いものだった。
『きつそうな顔してる』『飛び出して行った子を追いかけないとかありえない』『でも、ちゃんと化粧はしてインタビュー受けるんだね』『一児の親ですけど、これはちょっと――』
顔だ化粧だと関係ないものもあったが、マシだと思ったのもつかの間。
『聞いた話なんだけど、この人のイラストってパクリなの?』『私も、過去にパクられた経験があります!』と全く関係ない場所から火の手が上がった。
何処かの国の何処かに住む誰かの絵と比較され、『ココとココが完全に一致してる!』『クリエイターなら、こういう事も覚悟のうえでしょ?』『無視できない奴が悪い』とコメントを送られる日々。
でも、『パクリじゃないわよ!失礼な奴らね!!』と怒れる矛先を向けている間は、まだ立ち上がることができていた。
『出るところに出る』と脅せば逃亡する連中が大半だったし、それで『……雑魚な奴ら』と気力を保っていたような気がする。
『毒親』という文字を、見ないようにしていたからかもしれない。
心が折れたのは少ししてからだ。
『娘さんが見つかりました』と嘘の報告を受けたあの日。
いきなり警察の格好をしてやってきて、妻の目に光が宿るや否や『うっそでーっす!!』と言って外に飛び出した首筋にやけどの跡が残るあの男。
放心する妻をお義母さんに託し、後を追った。
しかし、男は思いのほか逃げ足が速く、すぐに見失ってしまった。
肩を落としたその時、河原に警察と人だかりができているのが見えた。
いつもは人の少ない河原。
嫌な予感がして近づく。
予感は的中し、男は刃物で首を切り裂いて絶命していた。
と言っても、直接見たわけではないのだが。
『自分は○○と言います』
そう名乗ってはいたが偽名だと思っていた。
だから、ネットで検索し、ヒットした時には驚いたものだ。
男の正体は、かなり意外な人物だった。
『デルフィニウム殺人事件』と呼ばれたあの事件。
その事件で殺された女の彼氏だった。
彼女が死んで開放されても、心までは解放されなかったのだろう。
かなり歪んでしまったらしい。
本来は、大人しくも正義感があり、優しい性格の持ち主だったそうだ。
家に籠り、もういない彼女の陰に怯え、彼女に負わされた火傷の痕を掻きむしる日々。
そんな中で、どうして彼が家にきたのかは分からない。
でも、デルフィニウム殺人事件の被害者を検索し、「ああ」と納得した。
顔の造りが、かなり似ているのだ。
それを何処かで知って、……それでも家にきた理由は分からない。
彼女への仕返しなんだとしたら、ただのとばっちりだ。
『黒髪ボブの子に酷いことをされたから、同じ奴らが憎い』のと変わらない。
警官の服は、十年ほど前にコスプレで使ったものだったらしいが、ネットの情報なので、あれも何処までが本当か分からない。
ただ、腹を空かせていた連中はこれに食い付いた。
いや、満腹なのに飢えている。
まるで餓鬼だ。
兎にも角にも『これだから合戦』が一部では繰り広げられた。
『元凶は――』だの、これだから男は、これだから女は』そればかり。
妻のことも彼のことも放置だ。
ネタを提供した後は、どうだっていいのだろう。
怨嗟だけが新しく生まれていく。
『□□県の人間に酷いことを言われたから、□□の人間は全員クソ』
『□型の人間は性格に難がある奴ばかり』
『□□人は――』
これらと何が違うのだろうか?
これに便乗して、著名な奴までもが声をあげるもんだから質が悪い。
そして、一週間も経たないうちに終息した。
だって、新たな居場所は毎日生まれるのだから。
そして、あの日から妻はおかしくなってしまった。
あれだけ目を逸らしていた『毒親』『親ガチャ』という文字を検索するようになり、自身のことが書かれているサイトを見て『ねえ、あの時の私の言ったことはどうだったと思う?』と俺や両親に確認する毎日。
でも、『毒親だったよ』とは決して言えない。
カッターで腕を首を切ろうとするから。
言葉に詰まると、ひたすらに懺悔を繰り返す。
俺自身も、自分が娘にとってどうだったのか迷う時がある。
……なあ、俺は『毒親』だったか?
自分なりに、一生懸命愛してきたつもりだった。
……なあ、俺は『毒親』だったか?
確かに、色々と押し付けていたところもある。
我が子の意見よりも、自分たちの意見を優先してしまったこともある。
それでも――。
なあ、俺は……パパとママは『毒親』だったか?
『毒親』で『親ガチャ失敗』な駄目な両親だったか?
問えども問えども、答えは出ない。
答えてくれる本人がいないのだから。
ふと、デルフィニウム殺人事件の犯人と話がしたくなったのだが、結論から言えばそれは不可能だった。
どうにも、夢の世界から戻ってこれないらしい。
最初の内は粛々と刑に服していたが、いつの頃からか壁に向かってブツブツと独り言を呟くようになり、今では――。
きっと、何処か平和な世界で、彼と手を取り合い、仲良く話をしている夢でも見ているのだろう。




