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名月の家

 「ボクも化生界(ここ)に来てから、何度も似たような目にあったっス、気にすることないっスよ!慣れっスよ、慣れ!!」


 「……はい」

 蕉鹿(しょうろく)に励まされながら、涼多(りょうた)は店を出る。


 彼のつけている(くら)の上には大量の荷物が積まれていた。

 名月が購入した涼多たちの服や小物、等々である。


 「あの、どれか持ちます」

 涼多は、荷物の一つに手を伸ばそうとした。


 「ありがとうございます!でも、大丈夫っスよ!」

 蕉鹿は笑顔で手を振った後、「それに――」と続ける。


 「このくらいでへばっているようじゃ、結界守は務まらないっスから!」

 名月が「そうなのだ!」と涼多の顔を覗き込む。


 「『町全体を覆う結界』なんて、正直よく分からないけど、四人で回している、というのは大変なんじゃないのか?もっと、人数を増やしたりとか……」


 空を見上げながら、(かなで)は名月に問う。


 「さっきも言ったように、あたしたちにも、向き不向きがあるのだ。薄氷(うすらい)が装置を作……完成させた時に、一通りのことは試したのだ。時間をかけて今のかたちに落ち着いたのだ」


 (薄氷さん(このひと)装置作ったりも出来るんだ。凄いなあ……)

 涼多は、自身の手首を見つめながら、どんな人物なのか思いを馳せた。


 朝に見た赤い欄干(らんかん)の橋を渡る。

 橋は思っていたよりも小さく、綺麗な水の流れる小川の上に架かっていた。


 町の中心から少し離れたこの場所は、心地よい静けさに包まれている。

 橋を渡り終えると、一軒の大きな家があるのが見えた。


 木造平屋建ての古民家で、外には滑車の付いた井戸がある。

 家の周囲は青々とした緑で囲まれており、縁側の先には花壇と小さな畑。


 ここだけ、時間がのんびりと流れている様に感じた。

 正しく『古き良き』と言った光景だ。


 (なんだろう、初めてくる場所のはずなのに、何処か懐かしい感じがする……)


 昔にドラマで観た、『夏休みに主人公が向かった祖父母の家』がこんな感じだったな、と涼多は思った。


 「あたしの家なのだ。そして、お前たちも、これからここで暮らすのだ!」

 名月の言葉に、涼多たちは「えっ!?」と声をあげる。


 「で、でも、いいんですか……?」

 叶望(かなみ)が、躊躇いがちに名月に問う。


 行くあてなどないが、一人暮らしの(神様)の家に四人も来たら迷惑なのではないだろうか、と彼女の表情は語っていた。


 他の三人も、同じ思いを抱く。

 それを察してか、名月は「いいのだ!!」と胸を張る。


 「前にも、何人か新入りの面倒を見たことはあるのだ。安心するといいのだ!」

 満面の笑みでそう言われ、涼多たちは頭を下げた。

 

 「よろしくお願いします」

 「よろしくなのだ!!」


 その光景を、蕉鹿はじっと見つめていた。


 ◇◇◇


 「お、お邪魔します……」

 「どうぞ、どうぞなのだ!」


 玄関で靴を脱ぎ、家の中へと入る。

 振り返ると、蕉鹿は懐からハンカチを取り出し、(ひづめ)を拭いていた。


 「あ、蕉鹿さん、荷物ありがとうございました」

 「いやー、気にしないで欲しいっス!」


 涼多は鞍に積まれている荷物を受け取る。

 叶望が「あ、ごめん兎火(うび)君。ありがとう」とやって来た。


 ふたりで荷物を運び、ちゃぶ台の置いてある十畳ほどの部屋へと運ぶ。

 雰囲気から察するに、ここが所謂(いわゆる)『リビング』にあたるのだろう。


 「ありがとう!荷物はここにおいて欲しいのだ」

 襖をパンと開けると、六畳ほどの部屋があった。


 「そっちは涼多と奏の部屋なのだ。夢と叶望はこっちなのだ。ちなみに、布団は押し入れの中なのだ。この辺りは今の季節でも、朝寒い時があるから、その時は言って欲しいのだ」


 四人は「分かりました」と頷き、荷物を置く。

 名月は「それと、ここがあたしの部屋なのだ」と襖をスパンと開ける。


 「札とか薬とか色々と商売道具があるから、勝手に入ったり触ったりしないことなのだ!下手に触ると、体から草花が生えてくるかもしれないのだ」


 「生身の状態で触ると、何が起こるかわかんないっスから」

 (よし、絶対に入らない……!)と涼多は心に誓った。


 台所やトイレ、風呂などの場所を教えられてゆく。

 ガラスケースに入った日本人形や細々とした置物が置かれている部屋があった。


 壁には大きな本棚があり、様々な本が置いてあるのが見える。

 殆どが小説だったが、漫画本らしきものも混じっていた。


 「後で読んでみるといいのだ。面白いのだ」

 好奇心を刺激され、涼多は大きく頷く。


 その時、「お茶湧いたっスよー」と蕉鹿の声が聞こえた。

 名月に「よし、お昼にするのだ!」と促され、涼多たちは縁側へと向かう。

 

 「どうぞなのだ!」

 「……ありがとうございます」


 おにぎりを差し出され、涼多はホッと胸を撫でおろした。

 自分の知っている食べ物に安心感を覚える。


 どうやら、涼多たちが服を見ている間におにぎりを買ってくれていたらしい。

 まだ少し温かく、ふわっと梅のいい香りがした。


 「寒梅(かんばい)屋の店主が作っている、数量限定の梅干しが使われているのだ」

 「相変わらず、美味しいっスね!」


 (……まさかね)

 梅の木の姿をした店主を思い出す。


 「ご馳走様でした!」

 「それで足りるのか?育ち盛りなら――」


 「い、いえ、本当にお腹いっぱいで……」

 「もうちょっといけると思うのだ!」


 ほらほら、とおにぎりを勧められる。

 育ち盛りの胃は際限がないと思っているのだろうか、と涼多は戸惑う。


 少しの押し問答の後、名月は「そうか……」と折れた。

 蕉鹿は「ははは……」と苦笑いしながら、その様子を眺めている。

 

 茶を飲みながら一息ついていると、蚊取り線香のような匂いが漂ってきた。


 (この世界にも、蚊っているのかな?)

 匂いの出どころを探ろうと首を巡らせるが、それらしきものは見当たらない。


 「あの、名月さ――」

 突如、強烈な眠気に襲われ、涼多は畳に倒れ込む。


 (な、何……?)

 考える暇もなく、瞼がどんどん重くなっていく。


 「おやすみ、良い夢をなのだ」

 名月の、我が子を慈しむような、優しい声が聞こえた気がした。


 ◇◇◇


 眠ってしまった四人を布団に運び終えた蕉鹿(しょうろく)に、名月は朝顔の描かれた小さな木箱を渡す。


 無言で受け取り壁に掛けられた時計を見る。

 時刻は午後二時をまわったところだった。


 「……いいんスか?こんな直ぐに決定しちゃって」


 「大丈夫なのだ、人畜無害の可愛い子たちなのだ。お前だって分かって聞いているのだろう?」


 ニコニコとした顔で見つめられる。

 それだけで、こちらの毒気が抜かれてしまう。


 「まあ、そうっスね。特に怪しい素振りはしてなかったっス。でも――」

 「分かっているのだ。早くルテのところに向かうのだ」


 「……了解っス」

 「気を付けてなのだ」


 名月に見送られながら、蕉鹿は家を後にする。

 心地いい青空が広がっているはずなのに、彼の心は晴れない。


 風のように駆けながら、蕉鹿は思う。

 涼多たち(かれら)は危機感が無さすぎる、そして白蛇様や名月さん(あのひと)たちは甘すぎる、と。


 自分たちの知っている世界と似ていたら、言葉が通じたら、笑顔で優しく接したら、驚くほどあっさりと信用して、よく分からない食材も疑いもせず口にした。


 様々なことが起こりすぎて、混乱しているというは分かる。

 だが――。


 最初に会った時、大蜘蛛と通じているんじゃないかと疑った。

 全員ではないにしろ、四人のうち誰かは()()なんじゃないか、と。


 涼多のことは鏡越しに見てはいたし、殺されかけたのを助けたのは他でもない自分だ。

 

 でも、よく考えるとあそこから既に事が動き始めていたんじゃないのか、蛍を助けたのもこちらを油断させる為の自作自演だったんじゃないのかと疑いは際限なく湧いてきた。


 (白蛇様は大丈夫だと言っていた。でもあの人、力は凄いけど他は勘で決めてる節があるし、他の結界守たちは、元から人に好意的な神様や妖怪だし……)


 言ってしまうと『そんなことで大丈夫か!?』だ。

 それとも、自分が元人間だからそう思うだけなのだろうか……。

 

 ピタリ、と立ち止まり、蕉鹿は大きな溜息を吐く。

 言葉にできない(もや)が、胸の内で渦巻くのを感じる。


 朝、契約を結んだ時から寒梅(かんばい)屋を出るまで、ずっと警戒していた。

 怪しい動きをした瞬間、捕らえるか場合によっては殺すつもりだった。


 (蓋を開けてみたら、全然そんなことなくて()()()良かったけど……)

 安堵しつつも「ただ――」と思う。


 (今度は、あの危機感のなさが不安になってきたな。後で忠告しておかないと。……って、こんなことを考えているボクも大概だな)と


 自分を身の内で笑いながら、蕉鹿は、目の前の大岩を軽々と飛び越える。

 ルテの家に着くが誰もいなかった。太陽の所為で目が眩しい。


 「きっと()()()だな……」

 そう呟くと、蕉鹿はまた駆けだした。



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