寒梅屋
石畳から土道にかわった。
江戸時代の商家のような建物が軒を連ねている。
そのうちの一つ『寒梅屋』と看板が掛けられた店に名月は入って行った。
店内には着物や洋服、生地や小物まで沢山の商品が並んでおり、梅の木に着物を着せたような姿の店主が出迎えてくれた。
袖口から手のかわりに梅の枝が覗いており、するすると涼多たちの目の前まで伸びてくる。
「握手なのだ」
名月に促され、一人ずつ握手をしていく。梅の花のいい匂いがした。
「色んな服があるから、ゆっくり見るといいのだ!」
「は、はい……」
和装には慣れていないので、自然と洋服のかかっている場所へと足が向く。
チラチラと、自分たちを物珍しそうに見つめる客たちの視線を感じる。
(……気にしない、気にしない。というか、僕たちの方がイレギュラーな存在なんだから)
足早に店内を進む。
ぶつからないように、商品を倒さないように、慎重に進んでゆく。
紅葉食堂の時と同じく『好きなのを選ぶのだ!』と言われた。
とはいえ、あまり高い服を選ぶのも気が引ける。
値札を見ようとしたが、それらしいものはなく代わりに『悲・10』や『悔・7怒・3』と書かれた小さな札だけがついていた。
「あの、蕉鹿さん、これは何ですか?」
叶望が小声で、隣にいた蕉鹿に尋ねる。
「あー、それっスか?んー、人間界で言うところの養蚕業みたいなものが化生界にもあるんスけど、食べるのは桑の葉じゃなくて記憶と感情なんス」
「記憶と感情ですか?……喜怒哀楽とかの?」
蕉鹿は、「はい、その感情っス!」と話を続けた。
「思い出すと怒りや悲しみが湧いてくる記憶ってあるじゃないっスか、そういったモノを食べてもらうんスよ。感情の種類によって糸の質が異なるっス」
涼多は「へえ……」と着物に視線を落とす。
触ってみると、なるほど、同じように見えて肌触りが違った。
「食べられた記憶や感情はどうなるんですか?」
『誰かの記憶を吸収した服』そう考えると、少し躊躇してしまう。
「薄まるだけで完全に無くなるわけじゃないっス。思いが強ければ強いほど、また頭をもたげてくるっス。で、また食べてもらうの繰り返しっすね。喜とか楽は滅多にないっス」
言い方は悪いが、『薬の様だ』と叶望は思った。
辛いことから逃れたくて服用する薬、でも、完全に消えることはない。
「まあ、楽しかった記憶を薄めたいなんて人いないよね……」
叶望の言葉に、涼多は「確かに……」と頷いた。
「製糸工場は町のはずれにあるっス。行きたいときは言って下さいね!」
「わ、わかりました……」
行くか行かないかは別として、二人してそう言った。
養蚕業自体、あまり詳しく知らないので上手く想像できていない。
店の奥では、赤いワンピースを持った夢が名月とお洒落談義に花を咲かせていた。隣では、奏が苦笑いを浮かべながら涼多たちを見ている。
「さっきまで、距離があったのに……」
「コミュ力が高いね、有栖乃さん……」
「若さってやつっスかね」
顎に手を当て、蕉鹿は感心したように頷いた。
(まあ、四人とも、ボクたちの姿に過剰に反応しないのは助かったかな。いちいち、気絶でもされたら厄介だし……)
蕉鹿は、涼多たちを見ながらそう思った。
◇◇◇
正直、服にあまり頓着したことがなかったので、涼多はどうしたものかと迷う。
叶望を見ると、夢と名月がいる所謂、『可愛い系』の服が掛けられている場所をじっと見つめていた。
「郁子さん決まった?」
そう聞くと、はっとした顔になり「まだ、兎火君は?」と問う。
「僕、服選びってしたことが殆どなくて、これでいいかなって……」
涼多はおずおずと、白の詰襟シャツと黒のワイドパンツを指差す。
「大正時代の書生さんみたいだね」
「し、書生さんか。だったら僕には似合わないかな……」
昔、祖母の見ていた、大正時代を舞台にしたドラマの中の書生は、凛々しい姿をしていた。
「え、凄く似合うと思うけど……」
「ええっ!?あ、ありがとう……」
お世辞なのだろうが、言われ慣れていない言葉に顔が火照る。
奏は、少し離れた所で猫の顔をした店員から黒いマントを勧められていた。
心なしか猫の顔が赤くなっている。
店内の照明の所為かもしれないが。
「さすが『王子様』……」
「どこ行ってもだね」
叶望はチラリと時計を見ると、目の前の服を手に取る。
「……私は、これにしようかな」
ベージュのシャツとこげ茶のワイドパンツ。
涼多と同じ『書生さん』スタイルだ。
(郁子さんだったら、絶対似合う。……似合うけど、本当にそれでいいのかな?)先程、夢たちに向けていた視線を思い出す。
「郁子さん、あっちの服とかは?」
フリルやレース、リボンや花がついた可愛らしい服。
叶望が着たら、『モダンガール』のような感じになるだろう。
だが少しの沈黙の後、「ごめん、……ああいう服は、苦手かな」と返された。
「ごめんね。折角、言ってくれたのに……」
ペコリと頭を下げられ、涼多は驚く。
「い、いいよ。気にしないで……」
そう言うと「ありがとう」と言い残し、叶望は他の場所へと行ってしまった。
名月たちは、服を選び終わったようで、今度は小物を物色している。
まだ時間がかかりそうだったので、壁際に置いてある木製の長椅子に向かう。
長椅子の隣には、大きなやかんと湯呑が十数個置かれた木製の机があった。
壁を見ると、『ご自由に』と書かれた紙が貼られている。
椅子は四メートル程の長さがあり、真ん中に大型犬ぐらいの大きさの雀が一羽座っていた。会釈をするが反応はない。
涼多は特に気にもせず、涼多は椅子の右端に腰かけた。
暫くすると雀は地面にピョンと降りる。
そして、トコトコと歩くと左端にポスンと座った。
空いたスペースに誰かが座る気配はない。
(……?)
顔を向けると嘴で羽根を一枚咥え、上下に動かしながらこちらを見ていた。
しかし目が合うと、すいと視線を逸らす。
(…………何か、気に障るようなことしちゃったのかな?)
そんなことを考えていると相方らしき雀が来て一緒に店を出て行ってしまった。
店の外を見ると、こちらを見ながらひそひそと会話をしている。
「何だったんだろう……?」
そう思っていると、蕉鹿がトストスとやって来た。
「涼多君、お茶どうっスか?」
「蕉鹿さん、ありがとうございます……」
少し考えた後、涼多は「あの、少し聞きたいことがあるんですけど」と言った。
すると「何でも聞いて欲しいっス!」と心強い笑顔を向けられる。
「実は――」
渡された湯呑に入っていたお茶を飲みながら、さっきの出来事を話す。
「……ってことがありまして、どういう意味か分かりますか?」
話を聞いた蕉鹿は顔を引きつらせた。
「蕉鹿さん?」
「えーと、その、何て言えばいいか迷うっス」
指で頭をグリグリしながら目を閉じ、考え込む。
言葉を選んでいるようだ。
暫くして――。
「めちゃくちゃ優しく、やんわりと、穏やかに表現いたしますと、『さっさと、あっち行けよ』っスかね……」
お茶が気管に入り、涼多は盛大に咽た。




