根無し草
ペタペタペタ……。
木札の上半分に、材料不明の赤い絵具を塗っていく。
「ふぅ……、ムラなく塗るのって大変だな」
「慣れていないと、どうしてもね」
八枚目を塗り終え、溜息を吐く奏に涼多も同意する。
「有栖乃さんは、余裕そうだね」
「えへへ、まあ、得意分野だから!」
夢が筆を持ったまま、ニコリと笑う。
「朝からやり始めて、もう夕方か……」
叶望が、茜色に染まった空を見上げる。
「皆、上手、もう一息、頑張って」
一路が、絵具の渇いた木札を箱に収めながら言った。
「その木札は、何処に持って行くんですか?」
「白雨屋。あそこ、丁度いい、裏庭が、ある。それに、晩稲の、様子も、気に、なる」
庭に木札を並べ、一晩、月の光に当てるのだそうだ。
その後、灰をかけ、里を囲むように地面に等間隔に刺していくらしい。
「よく時代劇なんかで、足を引っかけたらカラカラ音がなる罠ってあるじゃないっスか、アレみたいなもんっスね」
「……つまり、札と札の間に、見えない糸が張ってあるみたいな感じですか?」
「そうっスね。里の者以外が木札の間を通ると、一路さんと見張りの方たちに伝わるようになっているっス」
「こう、ビビビッと、受信、する」
一路は、両手の人差し指でこめかみを指す。
「ただ、私は、受信、する、だけ。この町の、結界、みたいに、特定の、者を、跳ね返せる、わけじゃ、ない」
そこが、結界との大きな違いなのだと言う。
「私は?」
「うん。牢屋、みたいに、対象を、閉じ込める、ことが、できる、者も、いる」
わかるような、わからないような。
『対象を囲むように木札が刺さっている図』しか想像できない。
(それか、動物園の檻みたいな感じかな……)
「木札を刺す以外の方法は無いんですか?」
「紐で、グルッと、囲んだり、血で、囲んだり、する、時も、ある。……でも、私は、この、やり方が、あって、いる、から、そう、して、いる」
どんな方法であれ、灰は必ずかけるのだそうだ。
(いや、ちょっと待って――)
嫌な予感がして、涼多は一路に問う。
「一路さん、その、……この赤い絵具の材料ってなんですか?」
「内緒」
ピッと自身の口に人差し指を立てた。
それ以上は、聞かない方がいいのだろう……。
「灰って、何の灰を使うんですか?」
夢の質問に、一路は自分を指差し答える。
「私の、体の、一部を、燃やした、灰。前は、ちょうど、腕の、皮が、ベロン、って、捲れた、から、それを、燃やした。今回は、髪に、する、つもり」
自身の浅葱色の髪の毛を、一房掴む。
「……あの、サラッと凄い発言が聞こえたような気がしたんですけど。どうしてそんなことになったんですか?」
青ざめる夢をよそに、一路は「ん~」と首を捻る。
「確か、気性の、荒い、大きな、虫に、追いかけ、られて、いた、里の、仲間が、いた、から。その時、切られた」
一路は「毒息も、吐くし、なかなかの、強敵、だった」と続けた。
里の周りには、危険な生物が多く生息しているのだそうだ。
それでなくても、毒を含んだ霧が発生する時期があり、その時は数人の風の神や妖怪と交替で、霧が里に入ってこないようにしているらしい。
「大変、だけど、これらの、お陰で、本当に、危険な、者は、簡単に、里に、近づけ、ない」
「本当に危険な者?」
「賊とかっスね」
蕉鹿がニカッと笑いながら、ちゃぶ台の上に、やかんと人数分の湯呑を置く。
「しっかし、薄氷さんと余花さん、遅いっスね。昼過ぎに出て行ったきりじゃないっスか」
「薄氷は、色んな、所に、立ち寄ったり、事件に、巻き込まれたり、する、率が、高い。きっと、今日も、そう」
「確かに、呪いが暴発してお気に入りの服が台無しになったって、前に言っていました」
そもそも、自分と初めて会った時だって、結界守を交代して直ぐに、音波魚兎の騒動があった。
「それ程、酷い、時は、珍しい、けど、昔っから、そんな、感じ」
(でも――)
『あの時しかり白蛇様の時しかり、肝心な時にはいないんだよな……』
涼多達と会った日の夜、そう零していたと名月は言っていた。
「一路さんは、何年ぐらい前から、薄氷さんとお知り合いなんですか?」
「……この町が、できて、すぐ、くらい」
◇◇◇
当時の自分は、化生界をブラブラと旅しているだけの根無し草だった。
気がついたら、森の中にいた。
自分の名前も、何もわからない。
ただ、名月や後に出会うあの子と同じで、人間界の行き方は何故か知っていた。
試しに人間界に行ったが、その時は、興味をそそられずに戻って来た。
どちらの世界にいても、目的も何もない退屈な日々。
仲間だなんだと、徒党を組んでいる者達を冷めた目で見ていたような気がする。
「名月やあの子には役割があるのに、なんで私には無いんだろう……」
取り留めもなく、そんなことを考えていた。
生まれてから、250年程経った時だろうか。
久しぶりに人間界へ行った。
人間界での自分が、どう見えているのかはわからなかったが、髪や目の色を指摘されたことはなかった。
目的もなく歩いていると、妖怪に襲われている村があった。
「…………」
特に深い意味もなく、妖怪を追い払う。
村人たちから歓声があがる。
「ありがとうございます!」
「あなたは、神様ですだぁ……!」
「どうか、これからも村をお守り下せぇ!!」
あれよあれよという間に祠が作られた。
その後は、どうやっても祠を介してでしか人間界に行けなくなってしまった。
別に困るわけではない。
それに、頼りにされて悪い気はしなかった。
やっと、自分の存在意義を見つけたような気がしていた。
その事に、とても感謝した。
化生界で、里や、正式に『結界守の代理を務める』という役目ができてからも、ずっと――。
◇◇◇
(……江戸時代くらいまでは、来てくれる人も大勢いたのに)
晩稲もその一人だ。
こうして、軽口をたたきあえる関係になるとは思ってもみなかったが。
しかし、時代の流れでどんどん忘れされられていってしまった。
『仕方がない』と、一路は思う。
まだ『形』が残っているだけマシなのだ、とも。
どちらの世界も、時代が進めば消えていってしまうものもあるし、新たに生まれるものもある。
誰にも、それは止められない。
しかし、頭ではわかってはいても、寂しく感じてしまうのもまた事実。
「…………」
一路は、作業をしている涼多たちをジッと見つめる。
ふと、先程の涼多の言葉を思い出す。
(絶対、会いに来てね)




