壊れたレコード
「そういえば、『石を食べる種類もいる』って言っていたような……」
「確か、煮られた後の繭は、緩衝材になるんでしたっけ?」
奏の問いに、ルテは「そうです」と頷く。
涼多は、箱いっぱいに敷き詰められていた沈香茶色の蛹のことを思い出した。
あの衝撃は、一生忘れることはないだろう。
「君たち、三人には、常勝と、欠片を、持って、もらう」
一路は、茣蓙の上に並んだ岩の欠片をこちらに掲げた。
欠片は光鈴の光を受け、黒いガラスのように光を反射している。
「んー、どれも同じに見えるけど……」
夢が、コテンと首を傾げた。
「同じ、黒でも、色の、濃さが、微妙に、違う。濃い、ほうが、蚕は、好き、みたい。石の、種類で、吐く、糸の、感触も、変わるって、薄氷は、言って、いた」
「餌自体はまだあるんスけど、来たついでに採って行ってもいいかなって話になりまして」
「備えが、あって、損は、ない」
「後、晩稲さんから頼まれたっていうのもあるっス。絵具の材料に使うとかなんとか……」
以前、『糠星鍾乳洞の石は、いい黒になるねー』と言っていた。
それを聞いた奏は、ポツリと「……黒か」と呟いた。
◇◇◇
あれは、いつのことだったか。
黒の絵具を、自分の髪に塗りたくったことがあった。
理由は『自分を通して義母を見ている母の目が恐ろしかったから』。
祖母は『自分と同じで綺麗な髪』と言ってくれたが、母にとっては蛇蝎の如く嫌う人物と同じ髪。
『私の視界に入らないでよっ!義母がチラついて吐きそうになるわっ!!』
酩酊し、どろんと濁った目をこちらに向けながら、母はそう言った。
後日、鏡に映った自分の髪を見て決意する。
(目の色はどうしようもないけど、せめて髪だけでも――)
子供なりに考えてのことだった。
しかし、結果は散々。
母は目を吊り上げ、尖り声で『私に対する当てつけのつもり!?』と叫んだ。
違うと言いたかったが、怒声とともに飛んできた平手によって、それは叶わなかった。
頬に痛みが走ると同時に、口の中に鉄の味が広がる。
よろけた拍子に体が壁に当たり、黒い汚れがついてしまった。
そこからは、怒声、罵声、怒声、罵声の繰り返し。
壊れたレコードのようだった。
◇◇◇
「……音律君、どうしたの?」
隣から涼多の心配そうな声が聞こえ、奏はハッとした。
いつの間にか、叶望と夢は少し離れた所に腰を下ろし、何やら楽しそうに話をしている。
「顔色が悪いけど、大丈夫?」
「あ、ああ、大丈夫だ。顔色は、鍾乳洞内が暗い所為だからじゃないか?」
涼多は、答えに納得がいっていない様子だったが、追及はしてこなかった。
「心配してくれて、ありがとな」
「ううん、何にもないなら、それに越したことはないよ」
二人は、叶望たちのいる場所へと歩き出す。
「晩稲さんも、一緒に来たら良かったのに……」
夢が、蕉鹿と同じような内容を口にする。
「末枯さんも誘ったのですが『ルーさんは、自分の体力のなさを知っている癖にそういうこと言う』と言われまして……」
蕉鹿が「あー、言いそうっスね」と苦笑いを浮かべた。
この間、散歩と称して農園まで来ていたのだから、体力がないわけではない。
ただ単に、気乗りしなかったというだけだろう。
一度スイッチが入れば、誰よりも行動力を発揮するのだから。
その間にもルテは、欠片をどんどん選別していく。
そして、「竹籠を持って来て下さい」と涼多達に手招きをした。
一路が、三人の竹籠に欠片をひょいひょいと入れていく。
ボーリング球ほどの大きさがある岩が五つ残った。
試しに持ってみると、一つだけでも、十キロほどの重さがある。
「この二つは、鞍の上に乗せて下さい」
蕉鹿は紐を取り出すと、器用に鞍に岩を括りつけた。
「残りは、私が、持つ。皆、足元に、気をつけて」
一路は、三つの岩を風呂敷で包むと、軽々と持ち上げる。
「よいしょ……!」
大小様々な欠片が入った竹籠は、四キロほどの重さがあった。
背負う分には問題はないが、整備されているとはいえ、デコボコとしている細く狭い道を歩くとなると少し大変そうだなと涼多は思う。
「郁子さん、重くない?」
「え?……あ、大丈夫。ありがとう」
叶望は、難なく竹籠を背負い、涼多を見る。
(……そういえば、劇の片付けの時、重い方の箱を持ってもらったんだっけ)
涼多は、懐かしさと気まずさを混ぜ合わせた思いのまま、来た道を戻る。
外に出ると、もう日は沈んでおり、満天の星空が広がっていた。
鶸虫とはまた違う、美しい輝きに涼多達は見入ってしまう。
「皆さん、お疲れ様です。……さて、夕飯にしましょうか」
鋏やスコップの入った手提げバッグをゆらゆらと振りながら、ルテは、宿泊予定の茶屋の中へと入って行く。
その後ろ姿を、叶望はじっと見つめていた。
「郁子、どうしたんだ?」
「あー、うん。知らない方がいいと思う」
奏の問いに、少し言いにくそうな声音で答える。
あの百足のような生き物の死骸は、鍋の中で煮られるのだろうか?
他にも手提げバッグの中に、鶸虫や複雑怪奇な形をした花も入れていたような。
この世界に来てから出された料理はどれも美味しかったし、体を壊すこともなかったので、特に不安はないのだが、光り輝く鍋になりそうだなと、叶望は思った。
もしかすると、幾つかは焼かれたり揚げられたりするのかもしれない。
怪訝な表情を浮かべながらも、奏は「そうか」とだけ言った。
二人の会話を聞いていた蕉鹿が、「個人で楽しむやつなんで、大丈夫っスよ」と笑う。
「外だと冷えるんで、早く中に入りましょう!」
そう促され、茶屋の中へと入る。
「遅くまでご苦労様です~」
黒い着物を着、上半身が犬で下半身が木の根のような姿をした店主が、叶望たちを見てにっこりと手を振った。




