歓迎前夜
「なんか、自分の知らないところで面白いことになっているみたいだね~」
「あ、末枯さん……」
晩稲が名月の家に来たのは『歓迎』の前日。
夕日が辺りを真っ赤に照らし、少し不気味だなと涼多が考えていた時だった。
後ろには風呂敷包みを持った、一羽の雀ついてきている。
「あれ?鹿君は?」
「今、躑躅百貨店に出かけています」
花冷図書館であの二人と喧嘩した際に鞍の紐がだいぶボロボロになっていることに気が付いたらしい。
「だから、新しいのを買いに行ったってわけね」
晩稲は手をポンと鳴らしながら言った。
「……ん?」
「音律君、どうかしたの?」
「いや、あの雀、なんか気まずそうにしているなって……」
言われてみると、どことなく居心地が悪そうだ。
スタスタと縁側にやって来た晩稲が、涼多達に声をかける。
「鉱物採集は終わったのかい?」
「はい、三時頃に……」
「お疲れ!今日は、ちょっとそちら達に用事があってね」
「用事?」
晩稲は「まあ、自分ではないんだけどね」と背後の雀を見た。
「……えっと、独活さんですよね?」
正直、雀製糸工場にいる者も含め全員が同じ顔に見えてしまい、涼多は恐る恐る問う。
「お、正解!早蕨屋の独活さんだよー」
晩稲が、パチパチパチと手を叩く。
「ルーさん、通訳してもらってもいい?」
「いいですよ」
畳に座り、剪定した枝の残りで籠を作っていたルテが腰を上げる。
縁側に座り、「どうしましたか?」と独活に問う。
服装の所為で、患者を診察する医師に見える。
独活は、ジェスチャーを交えてチュンチュンと話し出す。
「自分も何となくは理解できるんだけど、完璧じゃないからさ」
二人のやり取りを見ていた涼多に、晩稲はこそっと言う。
「意外だね、君は真っ先に来ると思っていたのに……」
すっと襖が開き、隣の部屋で本を読んでいた薄氷が入って来た。
「だって、泊りがけの散歩をしていたからね。今日の朝に話を聞いたのさ」
「それは『散歩』って言うんですか……?」
「いいんだよー、そんな小難しいことは」
そう言って、晩稲はカラカラと笑う。
(牡丹さんと薊さんが折れるのも納得だなぁ……)
そんなことを考えていた涼多の耳に、「なんですって!?」とルテの驚いた声が聞こえた。
「ルテさん、どうしたんですか?」
叶望の問いに、ルテは困ったような顔になる。
どう説明するか、迷っているようだった。
暫しの沈黙の後、ゆっくりと口を開く。
「……有栖乃さんが、何故、本の内容を忘れてしまったのかわかりまして」
「え?本当ですか?」
台所に向かいかけていた夢が、期待を込めた眼差しでルテを見る。
「……化生界の蚕には、色々な種類がいることはご存じですね?」
涼多達は(なぜ今、そんなことを聞くんだ?)と思いつつ「はい」と頷いた。
「記憶や感情を食べる蚕がいるのも知っていますよね?」
「はい」
なんだか嫌な予感がしてきた。
「その蚕が、この間の焼き菓子に、うっかり混入してしまったようで……」
胃がずんと重くなるのを感じる。
ある程度の予想はついていたのだが。
独活の話によると、この間、雀製糸工場に行った際に羽の中に紛れ込んでいたらしく、それに気づかずクッキーに混ぜる薬草と一緒にすり潰してしまったのだそうだ。
「異物混入ってやつかー。珍しーね、そちらがそんなミスをするなんて」
晩稲の言葉に、独活は申し訳なさそうに頭を下げる。
どうやら、一族と喧嘩をした後、イライラしながら作業に取りかかったらしく、注意力が散漫になっていたらしい。
でも、『それは、言い訳にはならない』と独活は再度、深々と頭を下げた。
「で、でも、僕達は何ともありませんでしたよ」
「何回かに分けて作ったからじゃないかい?……まあ、個人差もあるだろうけど」
薄氷は「きっと、薬と何らかの反応を起こしたから、変な忘れ方をしたんじゃないかな?」と続ける。
(……じゃあ、あの幻聴も、もしかしてクッキーが原因だったんじゃ)
白雨屋の前で聞こえた、あの声。
(それか、自分の感情を引きずりだす効果になった……とか?)
それだったら、納得がいく。
異物混入はいただけないとは思うが、納得のいく答えがだせて涼多はホッとした。
それは、夢も同じだったようで――。
「よかったー。なんか、とんでもないことになっているんじゃないかと心配していたんだ!」
手を胸に当てながら、笑顔でそう言った。
独活が、驚いた様子で羽をパタパタと動かす。
「『怒らないんですか?』と聞いていますよ」
「そ、そりゃあ、異物混入は駄目だけど、あんまり実感がないと言うか……」
「そうだね……」
姿形を保ったまま入っていたわけでもないし、すり潰されている所を見たわけでもない。
「私も同じです」
「俺も、……というか昔、旅行先で食べたことあるし。まあ、あれは入っているのが前提のヤツだったけど」
四人の答えに、薄氷が「決まりだね」と独活に視線を向ける。
「ただ、問題なのは事実だから、三日間の営業停止で手打ちにしようと思う」
晩稲が「またぁ?」と呟いた隣で、独活はコクリと頷いた。
「ま、本格的に売り出す前でよかったんじゃない?」
「そうだね」
「そんじゃ、来て早々であれだけど、自分たちはこれで」
本当に、ただの付き添いだったようだ。
独活は、正方形の箱を風呂敷からだすと、晩稲と共に帰って行った。
箱には綺麗な包装が施されており、隅には『金平糖の稲苗堂』と小さく書かれている。
「早苗さんのお店だよ」
「もしかして、稲妻さんの『稲』と早苗さんの『苗』ですか?」
「ご名答。と言っても、稲妻君は石火隊の仕事が本業だからね。もっぱら早苗君と数人の従業員で切り盛りしているよ」
『二週間以上の時間をかけて、星形の金平糖を作る』と薄氷は教えてくれた。
「その前にも、色々と手順があるけどね」
「凄く、手間がかかっているんですね……」
涼多達が話を聞いていると、ルテが「……良かったのですか?」と質問する。
「はい、体調不良を起こしたわけでもないですし、正直、有栖乃さんが言うように実感がなくって……」
苦笑い気味に、頭を掻いた。
「まあ、体調不良になっていたら、ちょっと怒ったかもしれないけど」
涼多と夢の言葉に、他の二人も同意する。
「……そうですか」
そう呟くと、ルテは「夕飯にしましょうか」と台所へと向かった。
薄氷も、持っていた本をパタン閉じる。
「夕飯を取ったら、君たちはもう寝た方がいいかな。明日に備えて……ね」
彼の言葉に、一同はコクリと頷く。
すでに日は落ち、空には星が瞬いていた。




