表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
129/517

運命共同体

 「……どうして?」

 声が震えそうになるのをこらえながら、叶望(かなみ)涼多(りょうた)に問う。


 「だって郁子(むべ)さんって、いつも冷静沈着で、慌てているイメージが浮かんでこないから。あの時だって――」


 ◇◇◇


 数週間前。


 劇の練習をする為、体育館で全員が集まるのを待っていた時、大きな百足(むかで)が出たことがあった。


 「……百足って、どんな毒あったっけ?」

 「えー、死ぬほどではないと思うけど、あれ?下手すれば死ぬんだっけ?」

 「お前、行って来いって」 

 「やだよ」

 「先生来るまで待ってようよ」

 「それもなー。『これぐらいのことで情けない』とか言われたら嫌だし……」

 「わかる。あの先生、悪気なくそういうこと言いそうだよねー」


 口々にそんな会話をする。


 人の方が遥かに力は強いはずなのだが、厳しい野生の世界を生きてきた、言い知れぬ『圧』の様なものを涼多は感じた。


 「兎火(うび)、お前やれよ」

 「痛っ……」


 出錆(でさび)がドンッと背中を蹴る。

 突然の事だっただけに、カハッと変な声が口から漏れてしまった。


 「早くしてよね」

 取り巻きの一人が、面白そうなショーでも見るような声音で(はや)し立てた。


 「…………」


 涼多が尻込みしていると、「さっさとしろよ!」とヤジが飛び、「兎火君がやってくれるみたい」「良かった~」と他の生徒たちは胸をなでおろす。


 そして、事の顛末(てんまつ)を見ようと周りが静まり返る。


 その時、叶望が体育館に入って来た。

 すぐさま状況を察したのか、持っていた自身の台本とペンでサッと百足を外に出す。


 「おお……」と歓声を上げる者もいれば「うわぁ、よくあんなこと出来るよね」と若干、引いている者もいる。


 中には「っち、いいとこだったのに」と悪態を吐く者や「水川先生か音律君への好感度稼ぎじゃない?周りとは違うんですってさ」と、ちょうど入って来た二人を見ながら(ささや)き合う者もいた。


 「郁子さん、ありがとう」


 涼多がそう言うと、叶望は何でもないと言う風に頷き、その後はいつも通り練習が始まり、終わる頃には百足の件は頭の片隅に追いやられていた。


 話題にあがることは二度とないだろう。

 そう、思っていた――。


 ◇◇◇


 「へえー、そんなことがあったんだ」


 「うん、凄かったよ。あっという間に解決しちゃって!それに、化生界(ここ)に来た時だって、即座にナイフを構えていたし」 


 宴会場で、自分はポカンとしていることしかできなかったのに……。


 「……それは偶々(たまたま)、持っていたからで」

 「でも凄いよ!僕だったら震えすぎて、きっと手から落っことしているよ」


 「だな。俺も、『何が起こってんだ?』って言葉すら浮かんでこなかったし。ただ『は?』って思考停止して固まっているだけでさ」


 「なんというか、流石だなって……」

 二人に口々にそう言われ、徐々に目頭が熱くなる。


 「後、紅葉食堂で『光鈴(こうりん)の姿焼き』を最初に食べたのも郁子さんだし。……成淵だってそうだったし。こうして考えると、郁子さんばっかり率先させちゃってて……その、ごめん」


 「え?い、いや、いいよ。…………当然のことだし」

 背中に隠れるのは駄目だから。


 『誰かやってよー』なんて、言っちゃいけないから。

 自分は、そうするべき存在だから。

 

 慌てて手を振ると、奏が「別に当然ではないだろ」っと軽い口調であっけらかんと言い放つ。


 チラッと、物珍しそうに白雨(ゆうだち)屋を覗いている夢を見た後、小声で続ける。


 「理由はどうであれ、この世界に来た原因は同じだ。居候先も仕事内容も……帰る条件も同じ。必ず四人で帰らないといけない、言わば『運命共同体』。……だったら、一人だけに頑張らせるわけにはいかないって話だ」


 奏は「まあ、夢は小学生だからあれだけど……」と笑う。


 「うん、僕も同意。皆、同じ条件なわけだし、郁子さんに任せっきりにするわけにはいかないよ。だから、今更で申し訳ないし、頼りないと思うけど頼って欲しい」

 

 「……同じ」

 高校一年生ともなれば男女の筋力差には、かなりの違いがある。


 同じ条件と言っても、鉱物を運ぶ時も叶望の方が持っている時間は――気を遣わせない程度に――短かった。

 

 ランニングだって、二人よりも走る時間は少し短い。


 遺品整理の時だって、なるべく重い物を避けて渡された気がして、内心、言い表せない負い目を感じていた。


 でも、『聞いたらせっかくの気遣いを無駄にするんじゃ』と怖くなった。


 同時に(そんなこと言って、本当は『ラッキー』って思っているんでしょ?だって、貴方は『これだから――』な存在だから)と囁く自分の声が頭に響く……。


 『面倒くさい奴』『どうして、()()()()()?』自分でもそう思う。

 でも、考えずにはいられない。


 心が少しでも穏やかになった瞬間に、父の声が聞こえてくる。

 もはや呪いだ。


 この世界に来て、半ばヤケだったところもあるが、『役立たずな自分にできるのは、コレしかない』と率先して食べ物を口に入れ、錐を突き刺した。


 だって、もしもの時があっても、ろくな戦力にはならないから。

 奏は言わずもがな、涼多だって直ぐに自分を追い越してしまうだろう。

 だから、力以外の方法で報いようと思っていた。

 

 『一人だけに頑張らせるわけにはいかない』『頼って欲しい』

 

 (でも、そうすると、きっと二人の負担の方が大きい。……物語に出てくる女の子みたいな包容力は自分にはない。『運命共同体』だから、盾になって死ぬこともできない。ないないづくし……)


 『同じ』にはなれない……。


 (それでも、『同じ』だって言ってくれるんだね……)

 叶望は『こんなに泣きそうになったのは久しぶりだな……』と思った。 


 相も変わらず目頭は熱い。

 でも、涙は出てこなかった。

 流し方なんて、忘れてしまった。

 

 (でも、今回のコレは嫌な熱さじゃない……)

 深呼吸を一つ。


 「わかった。……ありがとう!」

 自然な笑顔を二人に見せた。


 『許さない』


 「え?」

 声が聞こえたような気がして、振り返ったが、誰もいない。


 「郁子さん、どうしたの?」

 「……あっ、ううん。なんでもない」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ