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鍋で煮る

 名月に貰った香のお陰か、話してスッキリしたからか、もしくは両方か。

 何はともあれ、涼多(りょうた)は気持ちよく目覚めることができた。


 外は生憎の雨だったが、心は晴れやかだ。


 「よっ、おはよう」

 「おはよう、音律(おんりつ)君」


 (かなで)の元気そうな顔を見て、ホッと安堵の息を胸の内で吐く。


 いつも通り体操を終え、朝食を食べているとルテがやって来た。

 沼の神の時と同じく、大きな手提げバッグを持っている。


 「おはようございます」

 「ルテさん、おはようございます」


 「おはようなのだ」

 ルテは眠そうな目をした名月に会釈をすると、口を開く。


 「今日、皆さんには雀製糸工場に行って頂きたいのです」

 「雀製糸工場に?」


 「そうです。今、薄氷(うすらい)さんが煮繭鍋(しゃけんなべ)で煮込まれているので、蛹を(すく)う作業をして頂きたいのです。数羽、風邪で寝込んでいて人手が欲しいからと」

 

 …………は?。


 「は?えっ、……は?」

 何度も言葉を反芻するが、引き攣った空気の様な声が出るだけだ。

 

 「薄氷(あいつ)、またぶっ飛んだことをしているのだ」

 やれやれと名月は溜息を吐く。


 「『今までは(はね)だけだったけど、今回は全身でやってみる』だそうですよ」

 「それは、『翅だけ』とどう違うのだ……」


 「ああ、『思いついた日からずっと、薬草と白蛇様の肉を混ぜた紅茶を大量に飲んだから~』とかなんとか言っていましたよ」


 ルテは「後『まあ、望み薄ではあるけど、万が一の可能性があるのなら賭けてみたいじゃないか』とも……」と続けた。


 「あのー、すみません」

 二人に向かい、涼多は恐る恐る手を挙げる。


 「話が全然、わからないです……」

 ルテは「ああ、すみません」と涼多達に説明を始めた。


 「前に『この世界の蚕は、種類によって食べる物が違う』という話をしましたよね」


 「はい、感情や石を食べるやつもいるって……」

 そこまで言って(まさか――)と思う。


 表情を見て察したのか「そうです」と頷く。


 「薄氷さんは、自分の再生能力を他者に使えないかずっと研究をしていました。その結果、『怪我を治す糸を吐く蚕』を生み出したのですが……」


 自分の翅を千切り、蚕の餌として与える。

 千切られた箇所はすぐに再生するので、それを何度も繰り返す。


 町ができて、すぐの頃からやってきた研究らしい。


 「でも何度やっても、あたしの札と同じくらいの効果しか出なかったのだ。……友として一日でも早く白蛇様が癒えて欲しいという気持ちはわかるのだが。それに他のやつも含めて、白蛇様には効果がなかったはずなのだ」


 糸以外にも自身の血肉を練り込んだ塗り薬や、飲み薬なんかも作ったらしい。


 だが、思った効果は得られず、それどころか強すぎる力の所為で、かえって体に不調をきたす者も出た。そして、白蛇もそちら側だったようだ。


 『つくづく、自分限定だな。コレは……』

 頭に蚕を乗せながら、そう呟いていた姿を名月は思い出す。


 「でももう、あの種は営繭(えいけん)を終えているハズなのだ」

 顎に手を当て、彼女はコテンと首を傾ける。


 『紙よりもこの糸で織られた布の方がいい』という者が一定数いるので、札と効果は同じで値も張るが、定期的に作っている代物らしい。


 「ええ、だから自分をドロドロに溶かした湯に繭を入れてみると……。ちょっとでも白蛇様の成分が入っているなら効果があるかもしれない、って。本当は、肉をじかに入れたかったそうですが……」


 「それこそ、反発しあって元も子もなくなりそうなのだ」

 「薄氷さんも、そう言っていました。『自分を経由させた方がいいだろう』と」

 

 ゾッとする会話を聞いている涼多たちにルテは向き直る。


 「『人手不足』ということですが、今回の話は断って頂いても構いません。少し、嫌がらせも入っている気がしますし……」


 「嫌がらせと言うと、言い過ぎなのだ。揶揄(からか)っているだけなのだ。きっと、恐らく……」

 どんどん尻すぼみになっていく。


 「…………」

 涼多たちは互いに視線を交差させると、頷いた。


 「行きます」


 ◇◇◇


 パラパラと雨が傘を打つ。


 「此処です」

 涼多と叶望(かなみ)は、ルテに連れられ雀製糸工場の前に来ていた。


 『春と蛍に札を届けたら、そっちへ向かうのだ。ちょっと持って行くものもあるから、誰か一緒に来て欲しいのだ』


 名月にそう言われ、奏と夢が一緒に行くことになった。


 彼女は満面の笑みを浮かべ『ついでに昼食も買ってくるのだー!』と先に家を出た涼多たちに向かってブンブンと手を振っていた。


 雀製糸工場の周りは町外れということもあり、賑やかな町の中心部と比べると何処か寂しい。


 建物の中からは、カチャカチャと機械の動く音が聞こえてくる。

 雨が降っている所為か、立派なレンガ造りの建物が重苦しく感じた。


 「こんにちは」

 門番の雀に挨拶をし中に入る。


 無言で会釈をかえしてくれたが、少し進み振り返ると一枚の羽根を(くちばし)で上下に動かしているのが見えた。


 (……えっと、『さっさと何処かに行け』だっけ?あの仕草)

 寒梅(かんばい)屋で蕉鹿(しょうろく)が教えてくれたことを思い出す。


 「……雀製糸工場(ここ)の方々の殆どが、人間や人間寄りの存在を嫌っているのです。何かされるわけではありませんので、あまり気にしないで下さい」


 涼多を見ながら、ルテは言う。

 傘で顔に影ができている所為で、表情が暗く沈んでいる様に見えた。


 「はい……」

 構内を進み、唯一、もうもうと湯気が立ち込めている建物に足を踏み入れる。


 中に入ると、三羽の雀が涼多たちをチラリと一瞥し、一羽が奥にある大きな煮繭鍋にすいっと羽を向けた。


 湯気の発生源はその鍋からのようだ。


 「……」

 「……」

 叶望と二人して、鍋を覗き込む。

 


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