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火祭り当日

 火祭りのメインである『布焼き』は二十時からだ。

 それに合わせて涼多(りょうた)は家を出る。


 「行ってきます」

 「お兄ちゃん、行ってらっしゃい」


 「気を付けて、楽しんできてね」

 母と妹の言葉に、涼多は「うん」と返す。


「最近『この辺りの野良猫や鳥を殺して回っている人がいる』なんて物騒な噂も聞くから、何かあったら直ぐに逃げるんだぞ」


 玄関で靴を履いていると父がやって来て、心配そうな顔でそう告げる。

 その言葉に「わかった」と頷き、(かなで)との待ち合わせ場所に向かう。


 涼多は待っている間、暑さに辟易しながら色々なことを考えていた。

 出錆(でさび)たちに渡す金のこと、奏に謝罪するタイミング。


 昨日も『お金用意できてる?みんな楽しみに待ってるからね(笑)』『時間作ってやったんだから、それなりの()()を見せろよな?』とサッカーボールをぶつけられながら言われてしまった。


 『誠意』……要求した額よりも多めで持って来い。

 ハッキリ言われたわけではないが、そう言うことなのだろう。

 

 「……はあ。どうしよう」

 何度目かもわからない溜息を吐いた。


 通り過ぎる人たちは皆、楽しげな表情を浮かべているのに、自分の心はどんどん重く沈んでいく。


 なんだか、場違いな場所に来ている気分だ。

 そうこうしているうちに、十五分が経過してしまった。


 (……どうしたんだろう?)

 事故にでもあったのかと不安になり、携帯を開く。


 その時、奏からメールが届いた。

 『ごめん、行けなくなった』とだけ書かれている。


 (きっと女の子達に絡まれているんだろうな……)

 残念な気持ちはあるが、正直、ホッとしてしまった。


 (布焼きを見て、美月に何か買ってから帰ろう……)

 川沿いに並んだ屋台を眺めながら、後祭白蛇神社に向かう。


 人ごみを掻き分け、何とか開始五分前に到着した。


 拝殿前の開けた場所に木箱が置かれ、それを中心に立ち入り禁止の線が大きな円を描くように引かれている。


 駐車場には消防車も待機しており、子供達が物珍しそうに眺めていた。


 何人かの作務衣を着た人達が「熱中症に注意して下さーい!」「こまめに水分補給をー!」と声を張り上げている。


 太陽はとっくに沈んでいるのに、ねっとりと蒸し暑い。


 「なにも夏に火祭りなんかしなくても……」

 「昔は今みたいにヤバい暑さじゃなかったんじゃないの?」


 「はあ、どうせなら冬に大蜘蛛を倒してくれればよかったのに……」

 「それな。七夕のすぐ後って言うのも欲張っている感じがして嫌なんだよなぁ」


 「ま、楽しけりゃ何でもいいけど」

 何処からともなく愚痴に近い会話が聞こえてくる。


 しかし、「おっ、始まるぞ」という声で周囲は静かになった。


 巫女が舞を舞い、宮司が祝詞を唱え火がつけられる。

 木でできた箱は、あっという間に燃え上がった。


 熱気がブワッと押し寄せる。

 炎の色が目に痛い。


 奏と叶望(かなみ)の顔が頭をよぎる。


 (あの二人は、何を願ったんだろう……)

 そんなことを考えながら燃え盛る炎を眺めていると突如、強い風が吹いた。


 「うわっ……!!」

 砂埃が舞い反射的に目を閉じたその時――。

 

 シュル……


 ()()が手足に絡みついてきた。


 (……?何だろう?)

 暗闇の中、不審に思っているとけたたましい悲鳴が耳を突く。

 同時に、足元から『ゴトン』と鈍い音が聞こえた。


 「え!?な、なに……!??」

 

 目を開け、音のした方に目を向ける。

 そこには、サッカーボールほどの大きさのアリの首が転がっていた。

 

 「……え?」


 続けて引きちぎられた着物がぼとりぼとりと落ちてくる。

 よく見ると、袖口から鳥の足の様な鋭い爪のついた手が覗いていた。


 「……え?」


 頭が真っ白になり何も考えることが出来ない。

 目の前に何かがやって来る。

 それは、軽トラックほどの大きさのある蜘蛛だった。


 「……え?」

 

 それしか言えない。

 どうやって自分は今まで声をだしていたのだろう。


 (そういや、手にも足にも、何も絡みついていないな……)

 今考えるべきことではないのに、そんなことを考えてしまう。


 蜘蛛は涼多を見つめていたが、すぐに胸から生えている足を一本ゆっくりと持ち上げた。

 その光景を呆然と見つめる。


 『逃げないと』

 そんな考えすら浮かんでこない。

 杭のように突っ立ていることしか――。

 

 その時、誰かに半袖パーカーのフードを思いっきり掴まれ引き倒される。

 

 「すいません!暫くそこでじっとしていて欲しいっス!!」

 そう言いながら中学生くらいの少年が、蜘蛛を真っ二つに両断した。


 「ギギィィイエエェェ……」


 金属音の様な断末魔が響く。

 そのまま蜘蛛は塵になって消えていった。


 そこでようやくハッとする。


 「え、えっと……。あ、あの、ありが――」

 助けてくれた少年に、礼を言おうと顔を上げた涼多は固まった。


 人間じゃない。


 目の前の少年は、ギリシャ神話に登場する『ケンタウロス』を彷彿とさせる様な見た目をしていた。


 ただ、ケンタウロスの下半身が馬なのに対しこちらは鹿だ。

 背中には鞍をつけており、上半身は柿色の作務衣を着ている。


 「思い切り引っ張っちゃいましたが、大丈夫っスか?」 

 少年は若草色の瞳を涼多に向けながらニカッと笑った。



やっと異世界に足突っ込んでくれました。

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