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(急いで仕上げたので大分荒いと思いますがどうかご了承を……)
「……でき、た?」
集中のあまり、額から伝った汗を拭うことも忘れていたユウシ。杖を前に突きだした彼の前には木の枝が5本倒れており、浅く抉れた地面を見れば、それらは元々地面に突き立てられていたことが分かる。
ユウシは倒れた木の枝を拾い上げると、それぞれを再び地面に突き刺す。そして2、3メートル程離れてから深呼吸をした後、杖に弱い光を灯しながら詠唱を開始する。
「-僕の魔力、その力を音に変えて、響かせて。響いて揺れて、震わせて。ぐらぐら揺れる力を込めて、宙に解き放て。『振動波』」
ユウシが杖を翳すと、魔導石の光が消える直前、陽炎のように魔導石の輪郭がぶれる。その後ユウシは胸辺りをくすぐられたような感覚を覚え、視線の先の木の枝が震えたかと思えば、そのうちの3本が横に倒れた。
確かな成功の実感を得るために2度目の『振動波』を放ったのだが、先ほどとは異なり2本の木の枝が残ってしまった。それでも3本は倒すことができたことに変わりはない。ユウシは胸を撫でおろし、安堵の息をついた。
「ほんとはこう、ポーンって飛ばして、ぶわっ、ドーン、なんだけど……今はがまんがまん!」
新魔法が形になったとはいえ、それは夢で見たものまでは至らなかった。夢で見た魔法は『震球』のように球弾を放ち、任意のタイミングで破裂させ、その場所を震源とした振動による攻撃を行う、というもの。だがまだ『震球』自体も習得して間もないユウシには、数日の間でその応用を成功させられるほどの技量もなければ自信もそこまで高くはなかった。
そこでユウシは代替案として、仮に振動魔法と名付ける振動に特化した魔法を用いてもう1つの攻撃魔法になりうる初級基本魔法、『放出』を試してみることにした。その結果が『振動波』であり、魔導石を震源に、空中に振動を伝播させることで相手に振動を与えて攻撃を行う魔法として完成した、のだが。練習を初めて10分も経たないうちに形ができたとはいえ、その時点ではとても攻撃魔法とは言い難いものであった。
というのも、何も考えずに放った『振動波』は、魔導石を中心として全方向へ放射状に振動が広がってしまったのだ。そんな最初の『振動波』は威力が分散し、木の枝をそよ風ほども揺らすことができなかった。そこから魔法に慣れ、魔力を増やし、無駄を削り、試行錯誤を繰り返して1時間ほど経ち、ようやく枝を倒すに至る。
そこから更に翌日の講義時間をかけ、自分に来る振動を抑制し、まだ微弱ではあったが離れた相手にまで振動を届かせることに成功した。このときユウシは無意識のうちに振動魔法においても防壁魔法をある程度組み合わせて使うことに成功しているが、それに気付くのはもう少し先のことである。
「(問題は『振動波』をいつ使うか、だよね)」
時間は進んで魔武戦のフィールドに降り立ち、シガナの魔力にあてられて我に返り、試合開始の1分ほど後のこと。『音球』を成功させて幾分か冷静になっていたユウシは、シガナにバレないよう継続して『音球』を放ちながら、新しい魔法を使うタイミングについて考えていた。
いくら『振動波』が初級基本魔法の延長線上とはいえ、今のユウシには、魔法を成功させるには少し集中する時間が必要で、また確実に相手を倒すためにはそこそこ魔力を込める必要があった。幸運なことに5分ルールのおかげで安全に魔法を放つ時間は確保できそうだったが、考え無しに多分な魔力を込めたところで警戒され、シガナであればなおさら魔法を防いだり、どうにか無効化するなどの対処をされることが目に見えている。ユウシにとって、シガナの壁はそれほどまでに高かった。
そこで、ユウシは一か八か、最後の攻撃に『振動波』を使うことに決めた。またその時が来るまで、全力を尽くしてもシガナには及ばないことを大げさに表現しようと試みた。そうして投げやりに見える自分を見て油断しきったシガナに最高の一撃を決めようと、そう考えたのだ。
もちろん2度目の『震球』でシガナが杖を落としたときには演技なしに気分が高まり、思わずそこで『振動波』を用いようかとも考えた。だがユウシの頭の中には、シガナならこの危機に見える状況もどうにかしてしまう、という根拠のない確信があった。それは今までシガナの姿を見て来たからこそありえないと切って捨てることはできず、逆にそこでどうしようもないと落胆した演技を見せてしまえば、シガナも狙い通りだと完全に油断させられるだろう、とユウシは考えて『音球』を選択した。
いつもの子どもらしい思考回路はどこへやら、策略を巡らせたユウシの作戦は見事にシガナを騙すことに成功。その結果『振動波』に備えて魔導石の光を強めても、シガナは最後の最後までユウシが新魔法を隠していることには気が付かず、詠唱にてそれを理解するまで、魔法が及ばずに悔しそうに振舞うユウシがそれ以上何か手を隠しているなんて思いもしなかった。
「-『振動波』!」
ユウシは詠唱が終わった瞬間に見た、シガナの目を見開いた焦りの表情に内心ガッツポーズをする。そして逆転勝利を目前にして、魔力欠乏症を起こしそうなほどに魔力を多分に込めた『振動波』の攻撃を、容赦なくシガナの頭に向けた。
だから勝利を確信して喜ぶユウシはまさか、シガナの御守り石が発動しないだなんて、微塵も考えていなかった。
「……っ」
『振動波』が狙い通りにシガナに直撃し、その余波が広がって観客席にも届く。遠く離れて弱まった振動でさえ地震を思わせる大きな揺れが発生しており、観客席の驚きの声がユウシの耳にも届く。抑えてなお自らにも伝わる振動による痺れと魔力の多くが身体から失われたことによる疲労感も相まって、ユウシは今の自分が出せる全力の魔法であるとの自信があった。だがそれでも、そんな攻撃の直撃を受けたシガナの周りに結界が現れなかったのを見て、ユウシは言葉がでなかった。
油断をついた一撃でも倒せない。やっぱりシガナには適わない。
もしも『音球』の数を減らして、その分を『振動波』に込められていたら。もう少し制御の練度を高めて、範囲を狭めて威力を上げることができたら。もしかしたら結果は変わっていたのか……と、そこまで考えて、目の前に移る光景に、ユウシの思考は停止した。
ドサッ
「……え?」
「シガナ?」
「おーい?」
ユウシは倒れたシガナを見て。倒れて、動かないシガナを見て、初め、その意味を理解することは出来なかった。
『なっ、す、ストップ!シガナ!?大丈夫かい!?』
『ま、まさか、御守り石を渡し忘れて……!?』
フュルカとレシーナの取り乱した声。次第にざわめく観客席。
悲鳴と混乱を耳にして、ユウシの全身から血の気が引いた。
「え」
杖を見る。光る魔導石。次の魔法を催促している。
「えっ」
前を見る。倒れているシガナ。ピクリとも動かない。
「あ」
観客席を見る。遠目にも分かる生徒達の恐れた表情。吹き付ける風が心に刺さり、凍り付く。
「嘘だ」
杖を落とす。魔法の実感。思い出す十数秒前の記憶。
「嘘だよね?」
前を見る。手を突くシガナ。
「だって、だって」
観客席を見る。次第に固まったように顔を止める生徒達……
「だっ……え?」
視線を移ろうとして、また前に戻った。
シガナが頭を抑えながら起き上がっていた。膝に手を突き、よろよろと、見るからに不調そうに。
その表情は苦痛に歪んでいて、歯ぎしりが聞こそうな程に強く歯を食いしばっている。
「……っあー、分かった、そうなるのか、面倒だな……」
「し、シガ、ナ?」
シガナは今までに聞いたことのない程低い声で、ぶっきらぼうに吐き捨てた。これには彼を気遣って伸びていた手が引っ込むが、放っておくわけにもいかず、ユウシは恐る恐るといった様子で声をかけた。すると彼はハッとした様子で顔をあげ、ユウシと目が合った。
「あー……ごめんごめん、心配させたかな」
そう言っていつものように振舞おうとするシガナだが、不調を全く取り繕いきれていない。
拳は固く握りしめられ、呼吸は荒く、脂汗が滲んでいる。なにより、ユウシは気のせいかとも思ったが、彼の顔の傷が少しの間、白く光っているように見えた。
だがそのことを含め、彼に質問をするにはあまりに苦しそうで、声をかけようにもかけづらい。そんな中でシガナは深く呼吸を繰り返し、次に目を開く頃には何事もなかったかのように、困ったような笑みをユウシに見せていた。
「さて……どうしようね?」
「え、だ、大丈、夫?」
「うーん、万全とは言えないけど、平気ではある……かな」
「そ、そうなんだ……」
「キミ、まだ立たない方がいいんじゃ!?」
2人が話す後ろから声をかけたのは、実況席から飛び降りて来たフュルカだった。彼女は最悪の状況でないことにほっとするも、まだ顔色が悪く、ふらついているシガナを見て気が気でなかった。だが当の本人はフュルカに気付くと、逆に彼女に頭を下げ、フュルカを驚かせた。
「先生、迷惑をかけてすみません」
「そんなことはないよ!むしろ御守り石が渡っていなかったのは学校側の不備!」
「いえ、御守り石は持っていますし、壊れてもいません」
「な、なんだって?」
そう言ってシガナがポケットから取り出す御守り石。手渡されたフュルカはそれが表面上は新品と何ら変わりがないことを確かめ、シガナの言っていることは間違っていないことを理解する。
「ということは、キミは最後の攻撃を防いだのかい?」
「厳密には違うんですが、概ねそう言えますね」
「じゃあ、中断はボクの早とちりで、試合は再開?」
「!」
「……あー」
魔武戦の勝利条件は相手を降参させるか、相手の御守り石を発動させること。今回はその両条件を満たしておらず、心配そうにシガナを見ていたユウシはフュルカの予想外の言葉に目を瞬かせたが、問われたシガナは少し考えて首を横に振った。
「いえ、降参で大丈夫です。本来はそうなっていましたし」
「え」
「分かったよ、それじゃあ……」
シガナの降参、ということは。ユウシが再び思考を停止させるとともに、シガナの判断に安心したフュルカは小さく咳払いをした後、魔導具を手にして観客席に呼びかけた。
『ちょっとトラブルがあってビックリだったけど、シガナは無事みたいだから安心してね!それと、試合の結果が決まったからお知らせするね!』
フュルカのアナウンスを聞いて安心した生徒達。続くお知らせに、一同話を止めて静まり、フュルカの言葉を待った。フュルカは生徒達の聞く準備が整ったことを確かめると大きく息を吸い込み、試合の勝者を告げた。
『先ほどのユウシの大きな魔法をシガナはなななんと!なんとか防いだみたいだよ!だけどそれで魔力を使い過ぎちゃって、試合は続けられそうにないとのこと!そう!つまりは今回の試合!シガナの降参により!勝者は新規属性の音属性を巧みに使いこなした男子生徒!ユウシの勝利ー!』
学年に1人の新規属性魔法の使い手と、座学1位の素性不明の生徒による前半戦最終試合。一時は事故を思わせるようなトラブルも発生したが、ユウシの音属性による目新しい魔法の数々とシガナの高い魔力制御力による技術を見て大いに盛り上がった生徒達は2人に大きな歓声と拍手を送った。
だが肝心の試合の勝者であるユウシは生徒達の称賛を貰っても、まだ勝利の実感が湧いてはいなかった。それもそのはず、御守り石を発動させられなかったかと思えばシガナは倒れ、起き上がったかと思えば降参し、落ち着いて考える暇なく勝利が決まってしまったのだ。
『さて!大盛り上がりの前半戦はこれにて終了!この後は一旦お昼休憩の時間だよ!今日も前回みたいに食堂は混雑しちゃうと思うけど、全員がゆっくり食べても大丈夫なぐらい時間は取るから安心してね!』
放心したままその場で立ち尽くすユウシとその場に座り込んでリラックスしているシガナの横でフュルカが生徒達に呼びかける。生徒達は前回の魔武戦の昼休憩時の混雑を思い出してか、フュルカのアナウンスの途中にも関わらず、いち早く食堂の席を確保しようと動き出した。
『お昼休憩が終わったら、午後はいよいよ後半戦!前回の魔武戦の勝者とか目立った生徒が多く出場する後半戦は絶対に見逃せないね!それじゃあ午後に備えて解散!』
と、フュルカのアナウンスが終わる頃には、生徒達の多くは既に観客席の出入り口に集中していて、我先に食堂へ向かおうとひしめきあっていた。そんな生徒達の元気有り余る様子に満足げに頷いたフュルカは魔導具をしまうと、まだその場から動かない2人に視線を戻した。
「さて!シガナは大丈夫かい?保健室まで送ろうか?」
「いえ、話したいこともあるので、このままユウシに連れて行ってもらいます」
「え」
「オーケイ分かったよ!それじゃあボクはレシーナ先生に事情を伝えてくるね!っとう!」
シガナに名前を呼ばれて小さく身を跳ねさせたユウシだが、彼が返事をする前に、フュルカは見た目にそぐわない跳躍力で実況席にまで戻ってしまった。そうして残されたユウシに、シガナは地面にしゃがみ込んだまま手を伸ばした。
「ユウシ、まだちょっとふらふらするから肩貸してー」
「う、うん」
「……あー、ちょっとバランス悪いかな、身長差で」
「……」
「ちょっ、無言で放そうとしないでっ」
ユウシがどこか気まずそうで目を合わそうとしないため、シガナはふと感じた一回り以上に小さいユウシとの身長差を冗談のつもりで口にした。しかしユウシにとって自身の低身長はコンプレックスであり、反射的に肩にかかるシガナの腕を放り出そうとする。シガナは今放られてはそのまま転んでしまいそうだったため、必死にユウシを宥め、なんとか許される頃にはむくれるユウシの心も平常心をある程度取り戻していた。
後ろから両肩を掴まれて支える形のなったユウシと支えられるシガナは控室へ戻っていく。その道中でシガナはユウシに話しかける。
「それにしても、まさか自分の知らない新魔法を用意してたなんてね。気付かなかったよ」
「うん、今週シガナがいないときにこっそり練習してたんだ」
「なるほどね、いやぁ、防御したんだけど、足りなかったな~」
シガナ曰く、ユウシが別の魔法を用いると気付いた直後、シガナは焦る中でも全身を魔力表層流動で保護し、防御を試みてはいたらしかった。しかし咄嗟の魔力操作だったために普段よりも量を用意できなければ制御も甘く、豊富に込められたユウシの魔法から身を守り切るには至らなかったとのこと。
「おかげで苦痛を味わう羽目になったよ」
「あ、それは、その」
「いや、ユウシが謝ることじゃないよ」
「そうだけど、そうじゃなくて」
「……まあ、そりゃ気になるよね」
ユウシが気になっていること、それは当然シガナの御守り石が発動せずに倒れ、起き上がったときには明らかにダメージを負っていたこと。ユウシはそのことを口にはしなかったが、話の流れでシガナは当然察しており、ため息をついて頭を掻いた。
「本当はこれも秘密って言いたいんだけど、実のところ、自分でもこれがなんなのかはよく分かってないんだよね」
「そうなの?」
「ただその効果は割と分かってて、そこそこな怪我をしたとき、その怪我が勝手に治るんだ」
「それって癒属性の回復魔法みたいに?」
「そうそう、まあ自己回復のスキル、なのかな?」
怪我に合わせて勝手に回復魔法が発動する。実際今回の試合で彼が気を失った中でも発動していたことを考えれば、とても有用性のあるスキルのように感じるが、どうもそれ以上に厄介な代償が伴うらしい。
「まずはさっき言ったけど、苦痛、それも怪我したところだけじゃなくて全身が痛む」
「まず、ってことは、まだあるの?」
「そう、なんか知らないけど、魔力がほぼ欠乏症ってぐらいまで持ってかれるんだよね」
全身を襲う激痛、そして欠乏症に至る魔力消費。このとき欠乏症による頭痛や体調不良は前者の痛みとは別枠らしく、全身の激痛が止んだ今も頭は痛いのだとか。何度も欠乏症を味わったことがあるユウシはその痛みを知っており、話を聞いてよりシガナが心配になったが、だんだん良くなってきていることを聞けば少しは安心した。
「日常で草で指を切ったときにも発動するし、かなり気を使わないといけないんだよね」
「そうなんだ、大変だね」
「本当だよ、これならない方がマシに思えるぐらいだよ」
「……それってその、顔の傷も関係してるの?」
「ん?そんなことはないと思うけど……どうして?」
「いや、なんでもない」
ふと独り言のように零れた質問だったが、シガナに心当たりはないと否定されれば、ユウシも気っと気のせいだったのだろうと思い、首を横に振った。
そんなユウシに首を傾げるも、目の前に控室に続く通路が近づいたのを見て、また次第に外の生徒達の声が大きくなってきたのを感じて、シガナはユウシに感謝して手を離した。
「さっきは保健室まで連れて行ってもらうって言ったけど、自分はここで少し休んでから行くことにするよ」
「それなら僕も一緒に待ってるよ?急いでるわけじゃないし」
「いや、まだ観客席にテイガ達いたし、ユウシのこと待ってるんじゃないかな」
シガナの話とシガナを気遣うことで頭が一杯だったユウシは気付いていなかったが、シガナは歩く途中で観客席に座ったままの彼らを見ていた。シガナは控室に入ると長椅子に座り、ユウシに先に行くように促す。
「あと2人でいるところを他の生徒に見つかったら絶対話しかけられそうだしね」
「そっか、でももっと頼ってくれても良かったのに。来るときもほとんど自分の力で歩いてたし」
「え、割と全体重かけるつもりで……あー……」
「シガナ?」
話の途中で言葉を止め、頭を手で抑えて苦笑いするシガナにユウシはまた何か不調があったのではないかと疑ったが、シガナは大丈夫と言ってもう一度ユウシを外へと送り出そうとする。ユウシは後ろ髪を引かれる思いを感じつつも1人控室を出て、その足で観客席を上っていった。
ー ー ー ー ー
『お昼休憩が終わったら、午後は……』
「よーし!昼ご飯の時間ね!早く食堂に」
「待て待て待て」
「なによ、急がないと席取れないわよ?」
「お前だけだよ、そんな早く気持ち切り替えられるのは」
まるで自分がシガナと対戦しているかのようにユウシを応援していたテイガ。ユウシの『震球』が対処されると驚いて頭を抱え、ユウシの負けを感じて歯を食いしばった。だがまだユウシが諦めていないことに気付いて目を凝らし、続くユウシの『振動波』とその結果シガナが倒れたことに絶句。シガナが起き上がっても、フュルカがフィールドに降りても言葉が出ないままユウシの勝利が決まり、今ようやく頭が追い付いて拍手を送ったところであった。
「試合展開から考えて、きっとシガナさんが勝つのではないかと思っていました」
「私もシガナさんの巧みな受け流しにはユウシは敵わないとばかり」
「もー!そういう話は別に食堂でもできるでしょ!」
「確かに。そうです、モモコの言うとおりです!」
モモコとしてもユウシの勝利が嬉しくないわけがなく、口調こそ不機嫌そうはあるが、表情は正反対に笑みが浮かんでいる。
「というか!大体午後には私達の番もあるのよ?ユウシが勝ったのに、私達が勝たないなんて、ありえないでしょ!?だから、しっかりご飯を食べて、午後のために力を蓄えておかなきゃ!」
「……モモコにしてはちゃんと考えてんのな?」
「ぶっ叩くわよ!?」
テイガはモモコが単に食欲を満たすことを考えて一同を急かしているとばかり思っていたために、モモコの口からそれらしい理由を聞かされて感心したようにうなずいていた。とはいえユウシの親友として真っ先に勝利を祝いたい気持ちを優先したいテイガはまだ先に行くつもりはなかった。
「分かった、俺はユウシを連れて行くから、モモコ、お前は席取ってこい」
「命令されんのは気に食わないけど……分かったわ!ソユノ、アンタも一緒に行くわよ!」
「分かりました、ちゃんとユカ様の席も取ってきますね!」
「えっ。……じゃあお願いします」
ユカは暫く後に食事を取りに行くつもりだったが、前回遅らせてなお生徒は少なくなかったことを思い出し、どうせそこまで変わらないのなら、と今回はソユノの厚意に甘えることに決める。その結果、ユカの信頼を得たいクロアスと、人数が足りないとして強制的にテツジが駆り出され、観客席にはテイガ、ユカ、フーシュが残された。あとヒカゲもいた。
「いやー、それにしてもマジでユウシが勝つとはなぁ」
「シガナくんもとっても上手だったもんね」
「魔力体外流動、魔力表層流動、魔力重装。それらを安定して発動させるには一体どれほどまで練習を重ねたのか。それにレシーナ先生はああ言ってはいましたが、明らかに3つの技術だけでは説明できない球弾魔法受け止めの技……今日で更に気になることが増えましたね」
「そ、そうだな?」
相変わらず魔法に関することになると饒舌になるユカ。その言葉に共感は正直言ってできないが、長く声を聴くことができて嬉しいテイガは少し微妙な気持ちを味わいながらも頷いていた。
「それにしてもさ、シガナって一体何者なんだろうね」
「……?……ああ、ヒカゲか」
「忘れてた?忘れてたよね?」
それまで人数が多かったこともあって積極的に会話には入らなかったヒカゲが久しぶりに喋れば、その存在を忘れていたテイガが思い出すのに少し時間がかかり、ヒカゲは肩を落とした。テイガは少し申し訳なくなり、励ますように慌てて彼の言葉に相槌を打つ。
「あ、ああ!あいつは良く分からねえよな!」
「……僕が仲良くなったのは春前月のことだけどさ、どの地域から来たのかとかはもちろん、使う属性とかステータスとか、聞いてもはぐらかされて何も教えてくれないんだよね。僕はいろいろ教えたのにね」
「いや、お前がどうとかは知らないけど、確かにそうだな?」
「私も国のことや私のステータスは教えましたが、逆に教えてもらうことはないですね」
「シガナくんにはいつも私たちのことでアドバイスを貰ってばかりだもんね」
テイガもユカもフーシュもそれぞれ心当たりがあり、テイガに言われて更に落ち込むヒカゲの言葉に頷いた。
「といっても、聞こうとしたらなんやかんやで逃げられるしな……」
そう言ってテイガはふとフィールドに視線を戻せば、ユウシの肩を借りて歩くシガナの姿。2人は間もなくして控室に姿を消したが、それを見てテイガは悪いことを思いついた。
「なあ、さっきフュルカ先生さ、シガナが魔力を使いすぎて試合できないって言ってたよな?」
「うん、そう言ってたよ」
「試合できないってことは、魔力欠乏症とかで動けないってことだよな?」
「確かに。シガナ、武技ランクでもDだから、普通なら魔法なしでも戦えるはずだね?」
フュルカはシガナが魔力欠乏症であることは知らず、生徒に分かりやすく納得させるために魔力のことを口にしたのだが、実際その説明は的を得ており、シガナはまだいつものような軽やかな動きを取ることができない。
「つまり、今あいつのところに行けば、逃がさずにいろいろ問いただせるってことだよな」
「テイガくん、それはあまりよくないんじゃない?」
「……チャンス、ですか」
「あれ?ユカさんもそっち側?」
人が弱ったところをつけ狙おうとしているテイガにフーシュとヒカゲは否定的な考えだが、まさかのユカがテイガの意見に賛成の姿勢を見せた。彼女は初めて彼に教わった日から彼のステータスや技術等、気になることは数えきれず、しかし教えてもらうことはほとんどなかった。中にはまた今度、と言われても一向に話してもらえないものもあり、そんな中で訪れた問い詰める機会に、彼女の知的好奇心は彼女を平静に保つことを許さなかった。
半ば冗談のつもりで悪い考えを口にしたテイガ。しかし想定外にユカに賛同されてしまっては、普段シガナにあしらわれている彼もここらへんで一度やり返しておきたいと考えてしまった。
「よし、どうせあいつのことだ、すぐに食堂に行こうとはせずにどっかで隠れるに決まってる。そこを狙って捕まえようぜ」
「分かりました」
「ふぇええ、よ、よくないよ……?」
「僕は知らない、聞いてない、分からない……」
悪だくみをする2人と意思が弱く止めきれない2人。そんな彼らがユウシと合流するのはおよそ1分後。
「……シガナのことを知るたびに、知らないことが増えていく気がするなぁ」
呑気に観客席の階段の手すりに手をかけるユウシ。思いもよらないシガナ対ユウシという展開を迎え、シガナが意識を失うという事故を過ぎた彼は、この後、もう1つの事故が控えているだなんて、夢にも思うわけがなかった。




