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『それでは魔武戦、スッタート!』
フュルカの言葉が観客席に響き、フィールドに向かい合う生徒は互いに杖を構え、魔武戦第一試合は始まった。
『さて始まりました魔法武技模擬戦試合、略して魔武戦!今回からは試合もより一層白熱した攻防が繰り広げられるとのことで、解説に他の先生を呼ぶことになりました!第2回となる今回は武技担当の美人な先生、レシーナ先生です!』
『よろしくねー』
『レシーナ先生といえば、この学校で一番有名といっても過言ではないレイアが姪であるとか!』
『そうなの!なのにレイアったら魔法の講義を選んじゃって、でもちゃんと成果は出してるしで悩んでるのよね。どうにかならないかしら?』
『試合に関係ないのでパスします!それでは試合を見ていきましょう!』
レイアの叔母であるレシーナは美人教師としてテイガ等、魔法選択の生徒からも名が知られている有名な先生の1人。それと同時に親バカの勢いでレイアを気に入っていることは入学からおよそ3ヶ月経った今では公然の事実であり、ことあるごとに武技への転科を勧められたり、交友関係や日常生活を心配されたりするとしてレイアが困っている様子は度々見られている。
そんな彼女はレイアの母同様に剣術に長けており、冒険者だった頃にはその腕で僅か1年のうちに最低ランクのGランクから上級冒険者であるCランクとなった実力者である。教養があり、元々人に何かを教えてその成長を見守るのが好きであった彼女は、若くして学校の教師としてスカウトされ、既に勤務を始めてから十数年の年月が経っている。
話は試合に戻り、第一試合は魔法使い同士の戦いとなった。互いに距離を取り、杖に魔力を込めて見つめ合う。片や茶色の魔導石を光らせ、片や青色の魔導石を光らせる。その後者の女子生徒はソユノであり、最初の試合に出番となったことに不満をぼやく彼女の集中は散漫とし、それ故か魔法を使うまでの早さは相手の方が上だった。
『さあ先に魔力を込め終えたのは土属性使いの男子生徒!詠唱をして繰り出したのは『球弾』!』
『綺麗な球形だし、速度も申し分ないけど、相手の対応も悪くないわね』
『これを見て水属性使いの女子生徒はすぐに『防壁』の魔法を選択!厚めに作られた壁は見事『土球』の勢いを消して女子生徒まで届かせない!』
ソユノは相手の詠唱が聞こえると後れを自覚し、すぐに防壁魔法の詠唱を開始した。その時には既に魔力はむしろ多すぎるぐらいに込められており、相手の『岩球』を止めてなお壁の厚さにはまだ余裕があった。
『男子生徒はベストな魔法が決まらなかったことに少し焦っているか!しかし?女子生徒もその表情は陰っている?』
『きっと攻撃魔法を使いたかったのに間に合わなかったのが歯がゆいのね』
『なるほど!ただ、男子生徒は失敗を気にして次の行動が遅れている!その隙に女子生徒はもう魔力を込めて次の魔法の準備を始めている!』
一試合目ということもあり実況解説が細かく詳しく為される中、出遅れた男子生徒はすぐに魔力を込め終えるも、目の前に見たのは自分の杖よりも強い光を放つ相手の魔導石の光。
『女子生徒は先ほどより少し強い光!使おうとしている魔法はただの初級基本魔法ではないようだ!』
『最初も同じ魔法を使おうとしてたみたいね』
その光量は中級魔法には遠く及ばないものの、今回が初参加である男子生徒にはその光がやたら強く映ったらしい。恐れをなした彼は、相手が静かに詠唱をしているのにも気が付かなかった。
対してソユノが繰り出そうとしているのは敬愛するあの人の固有魔法を模倣した魔法。初めて見て憧れた次の講義の日からずっと練習を重ねるも、見た目以上に繊細なその魔法は失敗続きだった。
「-私の魔力、その力を水に変え、数多の水球となれ」
それでも上手くできないなりに工夫し、最終的にはモモコの魔法を真似ることで完成とした。その喜びはひとしおで、まだ通過点にもかかわらず、その魔法にはあの人-ユカの魔法から貰った名前をつけている。
「宙に漂い、私を護れ!空に舞い、かの者に降り注げ!『水球乱舞』!」
『おー!これは前回話題を呼んだユカの固有魔法の水属性版といったところか!女子生徒の周りにはたくさんの水球が浮いているー!』
『見た感じは悪くなさそうね』
ソユノの詠唱に伴い、宙に流れる杖の光は枝分かれし、丸く渦を巻いていくつもの水球となった。どの水球も完全な安定とはいかないが、それでも誰もが球体とわかるぐらいには形を保つことができている。またその大きさもおよそ均等で、観客たちは魔法名も相まって、初戦からそれなりに難しい魔法を見れたことで歓声をあげた。
ソユノは耳にその歓声を聞き、自然と頬が緩んだ。魔法が形になった時点で達成感は得ていたが、公の場で見せるのは当然今回が初めて。多数から好感触の反応を得て、ようやく停滞していた魔法技術が前に進んだ実感を持つ。
「見てください!これが、私の魔法です!」
頭に浮かぶ遠い背中を振り向かせようと、ソユノは大きな声で呼びかけながら、その杖を振り下ろした。動きに合わせ、浮かんでいた水球たちは全て真っ直ぐに男子生徒へと向かう。まだ初級基本魔法しか使えず、対戦経験のない彼には迎撃も防御もする判断ができず、諦めたように目を瞑ってしゃがみ込んでしまった……のだが。
「え、あ!?」
『おーっと!水球たちはまさかまさかの男子生徒の上を通過していったー!?』
『最後の最後で油断したわね』
ソユノの相手の急所である頭や胸を狙った攻撃はしゃがまれたことでその目論見が外れ、既に自分の制御の外にあった水球たちは動きを変えることはできずに通過。そのまま彼の遥か後ろで勢いがなくなった辺りで落下し、やがて魔素に還った。
対戦相手の戸惑う声に、まだ試合が終わっていないと気付いた男子生徒。幸い杖の魔力はまだ溜まったままであり、彼は少しの深呼吸と共に魔法を形成。
『慌てふためく女子生徒!この隙に男子生徒は再び『土球』を放つ!』
『これは勝負ありね』
「え……きゃあ!?」
心拍数が上がっていたこともあり、その精度は幾分か1つ目のものより劣っていたが、それでも抵抗できないソユノを倒すのには十分だった。彼の土球はソユノを襲い、反射的に目を閉じたソユノが次に開けるときには、視界を半透明の結界が覆っていた。
『女子生徒の御守り石が発動!と、いうわけで!魔武戦第一試合、勝者は男子生徒!』
初試合での勝利を収めた男子生徒はガッツポーズして喜び、まさかの逆転負けとなったソユノはその場に崩れた。それでも前回の初戦とは比べ物にならない試合を見せた2人には、観客たちから大きな拍手が送られた。
その後アナウンスに促され、次の生徒の準備が整うまでの間、フュルカとレシーナによる講評が行われた。
『さあ今の試合を振り返ってみよう!まずは男子生徒、彼は今回が初めてみたいだよ!』
『その割には落ち着いていて良かったわね。ただ途中、負けたと思って諦めたのは大きく減点ね』
『さすがレシーナ先生、手厳しい!』
『ただその後の立て直しが早かったのは加点かしら。もう少し遅ければ振り出しに戻ってたところだし』
『厳しいかと思えばすぐに褒める!この飴と鞭の使い分けにどれだけの生徒が魅了されたことか!』
『試合に関係ないのはあなたでは?』
『ボクは進行、実況役と同時に盛り上げ役だからね!』
確かにフュルカの言葉には心当たりのある生徒を中心に笑いが起きている。それを見てレシーナは困ったようにため息をつき、フュルカも進行役としての役割も果たすため、次にソユノの話に移った。
『次は女子生徒!惜しくも決まらなかったけど、彼女が真似した固有魔法はなかなかの完成度だったね!』
『何言ってるのよ、全然違っていたでしょ?』
『と、言うと?』
『前に話題のユカって子の魔法見たけど、その子は全部個別に制御してたでしょ?』
ユカの『火球乱舞』は浮かべる火球の動きを全て任意で操作可能である。使えるようになってから1ヶ月経った魔物討伐大会では、飛来するゲルセル相手に寸分狂わず当て続けることが可能なほど。その経験を経た今では速度の異なる火球で敵の逃げ道を誘導し、その先で待ち伏せていた複数の火球と追随していた他の火球をそれぞれ別方向から当てるといった器用な操作もやってみせた。
対してソユノの『水球乱舞』は乱舞とは程遠い、全て同じ方向に、決まった動きしか許されていない。現状のソユノの技術では複数の水球を安定させることが精一杯であり、直線的な動作だとしても、それぞれに別の動きを行わせることすらできなかった。そこでソユノはモモコの『木葉手裏剣』を真似たのだが、モモコの魔法は無数といえるほどに莫大な量の木葉を同時に撃ち出すことで回避不能な攻撃とするものであり、『火球乱舞』とはわけが違う。
『つまり『水球乱舞』はただの球群魔法。単なる初級応用魔法に過ぎないわよ』
『固有魔法ですらないよ、ってこと?』
『そういうこと。もちろん、あれが『球群』って言われれば、当たらなかったことに目を瞑れば、なかなか良かったと思うわ』
『うんうん!彼女の今後が楽しみだね!』
「だってよソユノ」
「ぐすっ、ユカ様ぁ、上手くできまぜんでじたぁ」
「はぁ」
観客席に帰って来るなり堪え切れなかった涙を零しながらソユノがユカに飛びつこうとし、テイガとクロアスに阻まれ、少し揉めたところにレシーナの言葉が耳に入って今に至る。ソユノはユカの魔法の名を借りておきながら失敗した申し訳なさから謝ろうとしていたが、それを言われるユカは困惑していた。というのも、そもそもソユノが自分の魔法の名を借りていると知ったのは今日が初めてなのである。
「ソユノさん、人の魔法を参考にするのは悪いことではないし、はたまた名前を借りることは禁止されてはいない。ただその魔法を作った本人に無断で行うことは無礼なことだとは思わないか」
「……」
「だってぇ、今日見せて驚かぜだかったんですぅ」
「私としては、魔法の名前を使われることは別に構いませんが」
「!」
クロアスに諭され、確かにその通りかもしれないと思いなおしてより罪悪感を得たソユノだったが、ユカの言葉を聞いて顔を輝かせる。しかし。
「ただ、私の真似をした、というのなら、その名前の通り宙を乱れ舞うような自由さと、思わず見とれてしまうような美しさといった、最低限の技術の高さは見せてほしいとは思います」
「うっ……しばらくは、『水球群』にします……」
「残念です」
魔法のことになると妥協したくないユカは他の人のそういった魔法を見てみたいという意味を込めて言ったが、ソユノにはそれがプレッシャーに感じてしまい、すぐにはできないと半ば諦め、魔法名を変えることとした。ユカは彼女の返事にしょんぼりすると、思い出したかのようにテイガの方を振り向いた。
「そういえば、テイガさんが練習していた魔法は『風刃乱舞』と言いましたか」
「あー、そう、だな?」
「それももしかして、私の魔法を参考にしたんでしょうか」
「……だな」
対ギガスライム戦で初めて用いた、冒険者のローテナの『風刃連撃』とユカの『火球乱舞』を合わせた名前をした魔法。元々ローテナの魔法を真似しようとし、足りないイメージを直近で見ていたユカの魔法で補った形となったその魔法は、その後『追風』やユウシの提案した新魔法の練習をしていたこともあり、その精度はソユノよりも上、といった程度。まだ初めてのゲルセル戦でのユカの『火球乱舞』にも及ばず、テイガは先ほどのクロアスの言葉の段階で冷汗をかいていたりする。
そんなことを知る由もないユカはまた一つ楽しみができたとして、珍しくテイガに微笑んで見せる。
「あなたの乱舞、楽しみにしてますね」
「いや、そのー、次回に延期は?」
「駄目です」
「だよなー……」
柔らかな笑みを直視できずにテイガは頬を赤くするが、期待に添えるような実力がないことは十分承知の上である。ユカとしては今回のソユノの『水球乱舞』も悪かったとは思っておらず、よほど酷くなければ別に良かったのだが、意中の人にそう言われてしまえば、どうにかしてでも答えたいと思ってしまうのがテイガである。
「よし、今から練習してくるか」
「何言ってんのよ、ユウシの番来たらどうすんのよ」
「テイガ……そうだよね、僕よりも優先したいよね」
「うっ!?」
ユウシの頭の中には次第に高まる緊張から、今回成功させて、次回に完全な形で披露したいといった考えが芽生え始めていた。そんな中でのテイガの発言だったため、悪ノリして目を伏せて震え、いかにも悲しんでいますという仕草を見せる。テイガはそんなユウシの内心には気付かず、想い人と親友のどちらの想いを優先すべきか究極の2択を迫られていた。
「ぐあああっ、俺はどっちを選べばいいんだぁ!?」
「いいよテイガ、行ってきて……」
「冗談です、今回じゃなくても構いませんよ」
「テイガ、うっさい」
互いに相手を尊重するような発言をしたことでテイガが苦しみながら頭を抱える中、魔武戦は次々と行われていった。
しばらくはユウシ達とあまり関係のない生徒による試合が続く。その内容はどれもが初戦に劣るか同じぐらいといったところ。中には今回初出場である生徒を中心に、球弾魔法ですらまともに使えずに負けていく生徒もちらほらいたが、多くは球弾を安定して使うことができていた。
また速度を上げる『速球』、大きくする『大球』、数を増やす『球群』を始め、イアンのように鋭い形状にして威力を上げる『尖槍』、ユカのように発動後に自由な軌道を描く『操球』といった、球弾魔法の応用を見せる生徒も少なくなく、各自魔法の講義を経て成長した姿を見せていた。ただし、成長したのは魔法の講義を受ける生徒ばかりではない。
「-私の魔力!その力を雷に変えて、球を放て!『雷球』!」
「う、うおおお!!」
『おっと!?見事な球弾魔法を、男子生徒は盾で受け止めたー!しかし、痺れることもなく前に進んでいくー!』
『良いわよ、そのままやっちゃいなさい!』
『レシーナ先生!?』
武技の講義では、単に剣やその他の武技の腕を磨くだけでなく、望む生徒には魔力を用いた身体機能の向上についても教えられる。もちろん主軸は魔法ではなくあくまで武技であり、詠唱や魔法は教えられず、具体的には魔力の体内での循環速度を上げる魔力体内流動や、身体の表面を沿うようにして循環経路を拡張する魔力体外流動が中心となる。
前者の魔力体内流動は全身に巡る魔力量を増やすことで、レベルアップによるステータス変化に似た恩恵を得られ、各種身体機能が向上する。後者の魔力体外流動はユカがやっていたように、魔力で身体を保護することで、相手の魔法や魔力を用いた攻撃によるダメージを軽減することができる。
今回男子生徒が見せたのは後者の延長線上にある魔力表層流動。触れる武器や防具にも循環経路を延長し、同様に保護することができる技術で、雷魔法を受けても平然としている主な理由である。そんな彼の変わらない動きに、魔法を直撃させて勝ったと思い込んでいた相手の女子生徒は訳が分からないまま攻撃を受け、御守り石を発動させて敗北した。
「魔力体外流動による保護ですね」
「ユカさんがやってたやつか、なかなか厄介そうだな」
「ああ、ただ『球群』で相手を追い詰めればいいというわけでもなさそうだ」
今回はシガナがいないために代わりの解説をユカが時々担っていたが、その全てにテイガとクロアスは反応していた。いかにも真面目そうな回答であるが、その視線はチラチラとユカの横顔を見ていることからも邪な思いが見え隠れしている。なおユカは最初に嫌な顔をしてからは無反応を決め込んでいた。
「武技であれを使える生徒はまだ数える程しかいないから、今日は安心していいと思うよ」
「あ、ヒカゲ、アンタいたのね、気付かなかったわ」
「えぇ……」
「誰です?」
「今週の1日目に自己紹介したじゃん……」
ヒカゲがモモコにいることを忘れられ、ソユノに挨拶したことを忘れられて悲しんでいると、今日は彼の番が来た。
『次の生徒は……お!魔物討伐大会にて質部門1位になった謎多き生徒、ヒカゲ!』
「良かったぁ、今日は僕の番あったぁ」
『対するはそんなヒカゲの登場により惜しくも入賞を逃した4位のハウター!』
「えっ」
ハウターはそれが初耳だったのか、遠くの席で立ちあがった彼と目が合ったヒカゲは、彼の表情が鬼のように険しい形相に変わるのを見た。
「気をつけろよヒカゲ、アイツ、怒るとめんどくせぇから」
「ぼ、僕のせいじゃないのに……」
「ドンマイ、ヒカゲ!」
テツジのなんと清々しい表情であることか。ヒカゲは肩を落としながら控室にへと移動していった。
「よく考えたら、ヒカゲがどうやって戦うのか、まだ俺ら知らねえよな」
「ヒカゲくんは武技の講義を選んでるって言ってたよ」
「短剣みたいなの持ってたし、それで戦うんじゃないかなぁ」
「なら俺みたいな戦い方じゃない限り、ヒカゲが不利なのか」
とはいえテイガは一度自身に負けているハウターがその対策をしていないとは思わず、十中八九ヒカゲが負けてしまうだろうと思っていた。その考えに同意した一同は対戦相手が悪かったと思いつつ、せめて言葉だけでもと控えめにヒカゲを応援していた。
大多数の生徒も似たような考えの元、ハウターの勝ちを予想している中で始まった2人の魔武戦。初めに動いたのはヒカゲで、彼はポケットから何かを取り出すと地面に叩きつける。するとそこから爆発的に煙が広がり、たちまち彼の姿は見えなくなった。
煙幕。身を隠したヒカゲにハウターは驚くも、次の行動は早く、煙に向かって次々と岩球を撃ち込む。ただし煙が晴れたときにはどこにも彼の姿は見えず、そこには霧散しつつある自身の岩球が転がっているだけ。
どこに消えたのかと見渡そうとした次の瞬間、ハウターの視界に結界が現れる。ハッとして振り返れば、首元に短剣を突き立てているヒカゲの姿。足音も感じさせずいつの間にかそこにいて、ハウターは自身の御守り石が発動していることに気が付いた。
『し、試合終了!勝ったのはヒカゲ!!』
『相変わらず動きの見えない子ね……』
拍手は起こらなかった。先生も顔が引きつり、観客も、戦っていたハウター自身も現実について行けずに呆けている。ただ1人、ヒカゲは想定外に静かな終わりを迎え、魔武戦に出れば目立てると思っていた矢先のことだったため、勝者であるのにまるで試合に負けたかのような表情で控室に戻っていった。
「ねえ、今何が起きたのよ?」
「ヒカゲが煙幕に隠れてる間に、どうにかしてハウターの後ろを取ったんだろ?」
「どうやって?」
「さあな」
彼の戦い方を初めて見るために答えが分かる筈もなかったが、モモコの問いに答えたテイガには、彼がどう移動したのか、薄々察しがついていた。
「テツジ、アンタはなんか聞いてないの?」
「いや、何も」
「じゃあ、ヒカゲくんが帰ってきたら聞くしかないね」
「違う違う、その、何もしてないよ、ってこと」
「「え?」」
ヒカゲはそっと煙の後ろから抜け、岩球が撃ち込まれる頃にはハウターから離れた左側にいて、煙が晴れるまでに接近し、岩球を確認した辺りで短剣を構えていた。普通そんなことをすれば、岩球を撃ち込む辺りで視界に入りそうなものであるが、それを可能にしたのは。
「アイツ、影が薄いからさ」
「そんなことできるんです?」
「今やって見せたろ?」
「なるほど、これは手強い……」
彼は自身の影の薄さを逆に利用した。それ以外は魔法も武技も、何も用いていない。しかし、実際に前回も上位に食い込めそうなほどに強かったハウターをあっさりと下した。こうしてヒカゲは観客からは地味に思われる、しかし知る人には脅威となる初戦を終えたのだった。
『ビックリしたけど……コホン、気を取り直して!次の生徒は土と火の二属性の適性者、テツジ!』
「俺の番か、そっか前回負けたしな」
『もう1人は前回雷を纏った魔法を見せた、タリユス!』
『あら、うちのレイアのお付きの子ね』
『うち?』
冗談なのか本心なのかは分からないレシーナの発言に観客たちが笑う中、対戦相手の戦いを覚えているテツジは苦い表情を浮かべる。
「マジかぁ、絶対簡単に勝てる相手じゃないじゃんか」
「目で追えない動きしてたからな」
「テツジなら勝てるかも!あ、でもタリユスも応援したいし……」
「ユウシ、気持ちだけ受け取っておくよ」
2人の友達をそれぞれ応援したいユウシは言葉を詰まらせたが、テツジは応援しようとしてくれるだけでも嬉しかった。その後フーシュの応援で呂律が怪しくなり、同じく応援の言葉をかけていたモモコとソユノに反応の違いからジト目を貰いながらもフィールドに降り、彼はタリユスと相対した。
「よろしくお願いします!」
「あ、ああ、よろしく」
「?どうかしましたか?」
「いや、なんでもないです……」
ふと、胸がざわつく違和感を覚えながらも、テツジはタリユスに杖を向け、両者魔力を杖に込め、試合が始まった。
杖の違いもあり、先に魔力を込め終えたのはタリユス。彼は雷球の『球群』を放ち、テツジは広めの土壁で対応。属性の有利から、込められた魔力差はあれども耐えることができ、テツジはすぐに次の魔法の魔力を込める。
タリユスも失敗が分かると次の準備をしたが、今度は魔力を込め終えるのは同時で、放つ魔法も共に『球群』であった。先ほどの反省からかタリユスの攻撃はどれも曲線を描いた広い攻撃で、ただの防壁だけでは受けきれない。しかし既に『球群』を発動しているテツジはその場に留まらない。
いくら応用を極めつつあるテツジでも、ユカのように飛んでくる攻撃全てに迎撃するほどの技術はない。しかし、彼にはユカとは違い、武技方向でもやっていけるような平均以上の体力や敏捷のステータスがある。相手の雷球群は操作重視であったために速度は伴っておらず、テツジは土球を保ったまま、その攻撃を1つ1つ躱していった。
そうして全てを避けたテツジには発動待機中の『球群』が残り、タリユスは杖の魔力を込めるものの、まだ単発の球弾が放てるかどうかしか魔力は溜まっていない。テツジは万が一に備えて発動継続をしたまま、杖を振り下ろして『球群』の全てをタリユスに放った。
勝った。タリユスは魔力を溜めきれず、走ろうとしても自分は発動継続により軌道を動かせる。テツジは勝利を確信したが、相手が迫る土球に悔しそうに目を瞑ったのを見て。気付いた時には杖を振り上げていた。
途端に減速する土球たち。タリユスの目前でそれらは止まり、後から来た土球がぶつかったことでタリユスに触れるが、当然それだけでは威力が足りず、御守り石は発動しない。
予想だにしない感触に、そして何故か止めてしまった自分に困惑する両者。操作から離れたことで落ちる土球。そうして2人は目が合い、
「……降参です」
『……よく分かんないけど!タリユスの降参により、テツジの勝利!』
タリユスは自ら負けを認め、テツジの勝ちとして試合は終了した。一部結界が発動しないことに違和感を覚えた生徒はいるが、それでもテツジの身のこなしと冷静な判断、最後の攻撃が命中したことは間違いなく、彼の勝利を称えて拍手を送った。
しかし何よりも違和感を覚えているのは本人である。自分で自分の行為が理解できずに首を傾げていると、彼の元へタリユスが歩み寄った。
「わざわざ止めて貰ってありがとうございます」
「え、あ、そんなことは……」
「魔法で相手を傷つけることを考えてしまったのですよね。その気持ちは分かりますよ」
幼少期より魔法を習うウェミナでは、御守り石のような優れた魔導具は無く、魔法の試合は初級魔法の威力が低いものに限定され、なおかつ可能な限り寸止めするように決められていた。そのためタリユスにとっては自身の負けを認める立派な理由に他ならなかった。
しかし、当の本人であるテツジは、全くそんなことを考えてはいなかった。だからこそタリユスが理解したつもりで語るテツジの心情が改めて違うと分かり、よりその混乱は深くなっている。
「最初から様子見などせず、反動を恐れずに『雷速脚』を使えばよかったです」
タリユスはテツジの本当の内心には気付かず、1人試合を振り返っている。だがフュルカが次の生徒を呼ぶアナウンスをすると、何か言おうとして口を開くテツジの言葉の前に、頭を下げてから挑戦的な笑みを見せた。
「それではこれで。次があれば負けません!そのときはよろしくお願いします!」
「あ、えっと……はい」
テツジの返事を聞いてタリユスはもう一度頭を下げ、反対側の控室に去っていった。残されたテツジは一人、何故か異性と話すときのように強張った身体で、その背中を見つめていた。
ー ー ー ー ー
『ということで!この試合は女子生徒の勝利ー!いやー、なかなか激しかったねー!』
『そうね、同じ属性同士だったけど、違った使い方をしてて面白かったわ』
「わー、わー、わわわー」
「ユウシくん、どうしたの?」
「だだだって、まままだまだぼぼ僕の番、ここ来ないんだよ?」
「しょうがないでしょ、落ち着きなさいよ」
「でも確かにな。もうかれこれ3時間は経ったか?」
前回の魔武戦で敗者となったソユノとテツジ、そして初参加のヒカゲの試合が終わった。残っているテイガ、モモコ、クロアスは勝者で、ユカは敗者ではあるが、最も高い魔法の実力を見せた生徒であるため、後半戦の出場であることは容易に予想できる。今に至るまでの試合を観てきて、そのほとんどが前回の敗者と初参加者であり、数少ない勝者も前回上手く魔法を使えていない生徒ばかりであり、ユウシは自分が呼ばれていない理由が全く読めなかった。
「あなた、参加の申し込みを忘れたんじゃないです?」
「お前じゃねえんだからそれはねえ」
「じゃあ、向こうの手違いで受付されてない、とか?」
「アンタほどユウシは影薄くないわよ」
遅れたが提出はしたと反論するソユノと変わらないと主張するテイガが取っ組み合いを始め、傷ついたヒカゲが先ほどまで試合のダメ出しをされて落ち込み、ヒカゲに励まされていたテツジに逆に励まされる。そんな中、同じく理由を考えていたクロアスが別の理由を思い浮かぶ。
「ユウシさん、君はかなり期待された生徒だ。だからもしかすると後半戦に呼ばれるんじゃないか?」
「そうだよ、たくさんゲルセル倒したって実力はあるし、珍しい音属性を使えるし!」
「その可能性が一番高いですね」
「……そっか、でもそれはそれで怖いよぉ」
「大丈夫、ユウシはきっと前半戦、それももうすぐ呼ばれるよ」
クロアスの説に一同納得し、それはそれでプレッシャーが大きいとしてユウシの震えは大きくなった。だが、その説を唯一否定する声が。少し離れたところから聞こえたその声に振り返ると、そこには3時間ぶりに会う男子生徒の姿が。
「とはいえ、基本的な考えはクロアスと変わらないかな。ただ前回で言えば、ユウシはグランとタリユスの枠に収まるのかなって」
「あー、確かに2人も前評判はなかなか良かったよな」
「えっと、2人は前半戦の最終試合だったっけ?」
「確かに、それもあり得るな」
「じゃ、じゃあもうホントにすぐのすぐってこと!?」
「決まった訳じゃないけどね~」
既に時間は正午近く。太陽はほとんど真上にあり、もうそろそろ昼休憩となり、前半戦は終わろうとしていた。
「そっか、なら相手は誰だろうな」
「他に今有名な人っていた?」
「魔物討伐大会の数部門の人はみんな後半戦かもしれないし……」
「まさかフーシュ?」
「ち、ちがうよ!?」
そうして思考を巡らせるユウシ達。そして、テイガが前回敗者か今回初参加で、なおかつ注目度の高い生徒について、思い当たる人物を見つける。それはふと近くにいないかと周りを見渡して目についた、細い傷の入った顔に、悪戯な笑みを浮かべている男子生徒。
「……なあ、結局お前は参加申し込み、したんだよな?」
「しつこいなぁ、答えは分かるでしょ?」
「でも、まだ名前、呼ばれてねえよ、な?」
テイガの言葉にハッとした一同。全員が彼の方へ振り向いた、そのとき。
『さあお待たせ!間もなくお昼の時間ということで、前半戦最終試合の生徒の名前を呼んでいこう!』
フュルカのアナウンスが観客席に響き。
『前半戦の終わりということで!呼ばれる2人の生徒はどちらもみんなが聞いたことのあるだろう注目の生徒!』
生徒達の期待が高まる中、呼ばれたのは。
『1人目は!先日の魔物討伐大会にて、とっても希少な新規属性でゲルセルの群れを倒して特別賞を獲得!表では素直で人見知りな姿を見せる彼は、裏ではとっても怖いとか!?今日この後、彼の力と素顔が明かされるのか!『白眼の狂人』とも呼ばれる、初参加にして今最も話題の男子生徒!その名は、ユウシ!』
他人に思える実績をぶら下げた、紛れもない自分の名前と。
『そしてそして2人目は!この学校創設以来初!入学初回の学力テストの座学でA判定!?それなのにしばらく誰も素性が分からなかった、かと思えば!魔法はDランクなのに、あのユカが魔法を教わった相手だとかなんだとか!?もう訳が分からない!そんな何もかもが謎めいている男子生徒、その名はシガナ!』
「あーあ。そんなこと言われたらさ、もう安心して生活できないじゃん、ねえユウシ?」
今もこうして、何事もなかったかのように笑いかけてくる、自分をずっと助けてくれた恩人ともいえるシガナの名前。
『さあ!誰も彼もがお待ちかね!お2人の生徒は、控室へレッツゴー!!』
こうしてユウシは、初めての魔武戦を、シガナと戦うことになったのだった。




