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「でも、夏、夏なぁ。夏もすぐ終わっちまうんだろうなぁ」
「実際普通の講義があるのは夏前月だけだしね~」
「そうなの?」
聞き返したユウシはシガナに前期のイベントと日程を教えられる。
夏前月は通常の講義が行われ、目を引くイベントは先月同様の第二週に控える魔武戦と、街全体で夏の到来を祝う迎夏祭がある。
「迎夏祭って、タユニケロでもやってたあの夏祭りのこと?」
「うーん、どうだろ。自分の出身はタユニケロでもアトイミレユでもないし、正直祭りの規模がそれぞれどんなものなのかは正確には分からないんだよね」
「そっか、ごめんごめん」
しかし日程は把握しているシガナはそれが第4週全てを使って行われることを伝えると、それだけで1晩で祭りが終わるタユニケロとは異なっていることが分かり、ユウシとテイガは月末の祭りが楽しみになった。
続いて夏中月だが、気温が上がり、直射日光が辛くなるこの季節は特別日程とされており、一部の生徒を除き、講義の受講が希望する生徒のみとなっている。
また夏後月は変わらず気温が高いこともあり、学校全体で一月全てが夏季休暇とされるため、生徒によっては夏中月から夏後月の2ヶ月間に渡って夏休みとなる。
「例年はこの夏季休暇を使って、仲良くなった同級生と一緒に旅行に行く生徒もそこそこ多いらしいよ」
「みんなで旅行かぁ。テイガはさ、行きたいとことかあるの?」
「決まってんだろ、海だよ海、臨海都市ハニクーボー!」
ランダリア王国は国の東部が海に面しているが、沿岸部の多くは険しい岩場となっている。そのためハニクーボーは国内で唯一海に面した街となっており、漁業で発展を遂げたこの街は国内有数の都市として、また景色の良い海水浴を行える観光地として人気の街となっている。
「話でしか海がどんなもんか聞いたことねえし、1回は見てみたいんだよな!」
「うんうん。で、本音は?」
「各地の女性が水着で集まる男の楽園とか、行かないでおくわけがねえだろ!?」
「ん?ちょっと?テイガ?」
「一周回って清々しいね~」
テイガは講義で海水浴の話を聞いてから、その日、他の地名は全く頭に入らなかった。いつか夏のハニクーボーへ行くことを夢見て、その日は1日中、まだ見ぬ楽園に遥かな期待を寄せていた。
「新鮮な海産物が食べられるし、それならモモコも嫌とは言わねえだろ!」
「テイガ、モモコは骨が邪魔だからって言って魚嫌いだよ」
「そうだった……いや!でも本場なら良い調理法とかあんだろ!」
「提案するときはちゃんと金銭問題も解決してからにした方がいいからね」
「それはほら、大会の賞金が……た、足りる、よな?」
食用旺盛なモモコを本来の目的を隠しつつ乗り気にさせる名案が上手くいってほしいと願うテイガと、欲望に正直な彼を我が儘な子どもを見るような目で見ているユウシとシガナ。だがシガナに金銭面について触れられ、テイガはある程度は欲望の達成のための犠牲として仕方ないとは思っていたが、モモコの食欲が賞金の範囲に収まっているのかが不安になるのだった。
そんなところによって馬鹿げた会話は、近くに本人がいないと分かった上でのものであり、わざわざ小さな声で話しているわけではなかった。そのため、思春期男子の妄想の延長のような話を聞き、なるほどと笑みを浮かべている人物がいるとは思いもよらなかった。
「ま、なにはともあれそれはまだ先の話だな。直近でいうなら、再来週の魔武戦か?」
「うん!僕、初めて出れる!」
「あら、それはとても楽しみですわね」
「あ、レイアさん!」
ようやくフーシュたちの元へ戻ってきたユウシ達の前に現れたのは、こちらに微笑みかけているレイアだった。そんな彼女の後ろでは何やらイアンがテツジを詰めており、傍でタリユスが彼を諫め、フーシュがおろおろしており、グランが面白そうに笑っていた。だが、そこにレイアとグランが共にいるのなら同じくいそうなセキラの姿が無いことに気が付く。
「あれ、今日はセキラは一緒にいないんですね」
「ああ……セキラはちょっとね」
「「?」」
伏し目がちに苦笑するレイアは掲示板を指差し、ユウシとテイガはその先を見る。そこにはセキラの名前があるが、そこは掲示板の右下で。
セキラ 071点 E D C
「補習を受けてるのよ。ああ見えて、勉強が苦手みたいで」
「へぇ、ちょっと意外です」
「実はうちのモモコも補習でいないんですよ、奇遇ですね!」
「そうね、困っちゃうわね」
そう言ってまた微笑んで見せるレイアにテイガは胸を抑えるが、想いの葛藤がそれを許さず、邪念を払うかのように大きく首を横に振っている。レイアは一瞬そんなテイガを横目に入れたが、すぐにユウシに視線を戻して質問する。
「ユウシさん。大会の2日目、新規属性『音』の魔法を用いて数多のゲルセルを討伐したのでしょう?」
「え、は、はい」
「先ほどユカにも聞きましたの。とても素晴らしいことですわ。同じく討伐したユカを除けば、この学校に同じことを出来る生徒はきっと私を含めてもいませんもの」
「そ、そうかな?」
自分で喜び、テイガ達に驚かれ、表彰で褒められ、十分称えられ尽くしたと思っていたユウシだったが、それでもこうして実力がある人に認められれば、やはり嬉しい気持ちは隠せず、ユウシは顔を緩ませて照れる。なおユカの名前が出たことでテイガが反応し、ユウシが照れている間にレイアがその方向を指差せば、止める人のいないテイガは、ユウシ達を置いて1人走っていってしまった。
「よろしければ、どんなやり方で討伐を成し遂げたのか、伺ってもよろしくて?」
「えっと、僕の『爆音』っていう魔法で……」
「……なるほど、スライム種の弱点を突いた、大音量による攻撃、ということなのね」
ユウシはどんな気分の時にも包み隠さずに話したであろうが、褒められて気分が上がっている中、幾分か饒舌にレイアに魔法の詳細を伝える。とはいっても『爆音』の実態が多分に魔力を込めた単なる球弾魔法であり、詳細も何もなかったが、レイアはゲルセルの弱点の話も含めて興味深そうに聞いていた。
だが一通りゲルセル討伐の際の話を聞くと、レイアは少し真面目な表情になり、ユウシは笑顔との対比で思わず緊張してしまう。数秒の沈黙の後、レイアが口を開けば、その内容は思いもよらないことだった。
「ユウシさん、その魔法は果たして、魔武戦にて用いてもよろしいものなのかしら?」
「……え?」
「大音量による攻撃魔法。それは確かにゲルセルに有効なのでしょうし、実際成功していますわね。ですが、反動と言いますか、あなたや一緒にいたシガナさんとユカにも悪影響はあったのでしょう?」
ユウシが『爆音』を行使した際、大音量はゲルセル達だけでなく、ユウシ達3人にも、耳を塞いだ上から襲い掛かった。その結果、音が消え去った後も重い頭痛が残った上に、ユウシ達はしばらく聴覚が弱まってしまい、会話を交わすこともできなかったほどである。
「そんな魔法を対戦相手にぶつけて、果たして御守り石だけで守り切れるのかしら?」
「え、えっと」
「それだけじゃないわね。仮に守りきれたとして、周囲で見ている私達観客にも攻撃の余波が来ないのかしら?」
レイアが思い返すのはセキラとの戦い。彼は自身に攻撃力増加の魔法を施して剣を投擲した結果、剣は壁に突き刺さり、観客席の生徒に直接的な被害は出なかったものの、その付近でちょっとしたパニックを生んでいた。
それがユウシの『爆音』に置き換わったらどうなるのか。レイアは知らなかったが、実際にその魔法で街を混乱させた経験があり、また何度も間近で『爆音』を味わっているユウシはその答えを想像することは容易かった。
ユウシは問われて息を呑む。自身の魔法の威力は他の誰よりも知っている。そしてそれはレイアの指摘通り、保証できるものではなかった。もしもその問いが大会の日までのユウシに尋ねられたのなら、ユウシは可能性を否定しきれず、魔武戦を再び諦めてしまっていたかもしれない。
だが、今のユウシの頭には、既に対策がいくつか思い浮かんでいる。ユウシは自信を持ってレイアの問いに頷いた。
「今のままじゃだめかもしれないけど、でも、大丈夫!もういい考えが浮かんでるんだ!」
「あら、それなら私の杞憂は余計だったかしら?」
「そんなことないよ、教えてくれてありがとう!」
対策とは、夢で見た数々の魔法たち。音を消してみんなを守った魔法や、その後の今までとは方向性の違う魔法。まだ一度も練習してはいないが、薄れゆく夢の中でも自身の魔法の記憶は色濃く残っており、後は完成形をなぞるように魔法を仕上げるだけである。
「今度はきっと間に合わせるから、楽しみにしてて!」
「ふふ、分かりましたわ、楽しみにしていますわね……もちろん、シガナさん、あなたのことも」
「……あ、やっぱり駄目?」
「うん、いろいろ言いたいけどさ。無理でしょ」
「あら、あなたはヒカゲさん、でしたかしら?」
「えっ」
レイアはユウシに微笑んだ後、ヒカゲの後ろのシガナにも期待の目を向けた。ヒカゲの後ろに隠れることで自身も影を薄くして気付かれないようにできないかとシガナは考えていたが、残念ながらできなかったようである。なおレイアはヒカゲには気付いていなかった。ヒカゲは嘘だと信じたかった。
「シガナさんも次回は参加しませんこと?」
「いえ、自分はそこまで戦う力を持っていませんし」
「あら、ユカはシガナさんがいなければゲルセルの討伐はできなかったと言っていたのだけれど?」
「ん?ユカさん?」
「もっとも、その方法は秘密と言われた、と言って教えてはくれませんでしたけれど」
この日も変わらず通りすがる全ての生徒から注目を受け、落ち着いて朝食をとることすらできなかったユカは、レイアにゲルセル討伐の詳細を尋ねられた際、少しでもその興味がシガナに向けばいいと思い、気持ち声を大きめにしてそのような発言をしていた。その様子を見ずとも、レイアの説明だけで情景が思い浮かんだシガナは、もう苦笑するしかなかった。
「それではお2人の魔法が見られる日を楽しみにしていますわね。……イアン、タリユス、グラン!行きますわよ」
「はい!」
「はいよ、あー笑った笑った」
「ふん、今日はこれで許してやるよ、じゃあな」
「ちくしょう、俺が何をしたって言うんだ……」
「て、テツジくん、元気出して?」
レイアはシガナの困った表情に満足したのか、一緒に来た3人を呼ぶとその場を去っていった。なおテツジは大会にて協力を止めたことやその後グランとのんびりしていたこと、今日公開された試験の成績のことなど、イアンに見つかってから今までずっと愚痴を言われており、解放された頃には萎れた花のように疲れた顔と姿勢で項垂れていた。そんな彼に、1位を取ったのにまるで存在感が依然と変わらずに落ち込むヒカゲが話しかけ、互いに励まし合っており、フーシュは2人の物悲しい雰囲気を前に何もできずにおろおろしていた。
「駄目だ、やっぱりレイアさんはなんか苦手だな」
レイアが去った後、ユウシは1人、改めて自身の魔法について考えていると、ため息をついたシガナに話しかけられる。だがユウシにはその気持ちがいまいち理解できず、返事の言葉を悩んだ。
「えっと、どんなところが苦手なの?」
「表面上は笑顔を浮かべておいて、心の中ではこっちを値踏みしてるような、目の奥が笑ってないところかな」
「ず、ずいぶん具体的だね」
「そんな気がしない?」
「そうかなぁ」
ユウシからすれば先ほどの会話を振り返っても、特別賞を褒められ、何をしたのかを教え、魔法の注意点を教えられた、むしろ優しく親切な印象しか浮かばない。強いて言うのなら最近話すことが増えたと思うぐらいで、やはりシガナが思うような気持ちは得られなかった。
「それにあまり目立ちたくないし、魔武戦も出る気はないんだけどな~」
「そういうとは思ってたけど、でも僕もシガナの戦いは見てみたいな」
「……んー、まあ1回くらいは別にいいけどね」
「ほんと?やった、応援は任せてね!」
シガナは次の魔武戦は前回目立った生徒とユウシが注目を浴びることが予想され、そこに自分が出場しても、ほどほどに手を抜けばそこまで目立つことはないのではと考えた。加えて1度でも出ておけばレイアのややしつこい探求心のようなものを満足させられるか、少なくとも抑えられるとし、魔武戦への参加に意欲を示すのだった。
「それよりレイアさんの危惧は納得させられるところがあったけど、ユウシは解決できそう?」
「うん、できる、と、思いたいけど……」
「ちょっと不安か」
「うん、そうだね」
冷静に思い返せば、ユウシは魔法に関して、間に合わせると誓って成功した記憶がない。春中月の杖に光を灯す試験も、魔武戦のための魔法の制御も、どれも1人では成し遂げることができず、今、ユウシの中にはもしかすれば今回も失敗してしまうのではないかという疑念が生まれた。
そこでユウシはそれでも頑張る、と言おうとして、その口を噤む。そして考え直して言葉を変え、シガナに小さく頭を下げた。
「シガナ、今回は最初のうちからアドバイスとか貰ってもいい?」
「ん、いいよ。今月は時間とれる日多そうだし。もう構想は浮かんでるって言ってたよね?」
「うん!あのね、大会2日目の夜に夢で見て……」
「見つからねぇ……俺だけじゃ、駄目、なのか……」
「テイガくん……」
ユウシが夢で見た魔法について、軽くまとめた紙を取り出してシガナに話そうとしたとき、ユカを探しに行ったテイガが帰ってきた。どうやらユカを見つけることすらできなかったようで、今にも肩を落とした不憫な集団に紛れそうである。だが紙を見て丁度いいと思ったユウシがテイガ、そしてフーシュを呼んだ。
「ねえねえ2人とも、今からこの前言ってた魔法の話するけど、一緒に聞いて!」
「お、聞く聞く」
「でもモモコちゃんいないけどいいのかな」
「大丈夫だろ、むしろこういうのがあった方が次やる気出せるだろ、知らねえけど」
そしてテイガ、フーシュ、シガナはユウシの話す構想に耳を傾ける。書いている最中に朧げになってしまったところはほとんど擬音しかなかったり、そうでなくとも抽象的な説明が多かったりして理解するのには時間を要した。時折耐えかねてテイガが抗議することもあったが、最終的にテイガとフーシュもそれぞれユウシの夢を参考に次の固有魔法の構想を作り上げることができた。
「よーし、それじゃあ次の魔武戦に向けて、みんなで特訓頑張るぞー!」
「「「おー!」」」
ユウシ達は早速この日の残る時間から魔法の練習を始めることに決め、それぞれ杖を取りに部屋に戻っていくのだった。
「ねえ、ユウシ達帰っちゃった」
「は?嘘だろ……マジじゃんか、もういねえ」
「ごめんね、テツジに影の薄さ、移っちゃっ」
「あっ、ごめん!気付かなかった!」
「~っ!!」
置いて行かれたテツジとヒカゲの会話。ヒカゲがテツジに謝罪する途中、友人と話していて前方不注意だったある女子生徒がヒカゲの手を踏み、ヒカゲは手を抑えて転がった。
相手に悪気はなかったため、謝罪を貰うとヒカゲは許し、女子生徒はもう一度謝ってその場を去った。そしてテツジは涙目のヒカゲの肩を叩いた。
「大丈夫だ、お前に俺の不運も移ったからな」
「あんまりだぁ」
ピークを大きく過ぎ、人気が無くなり始めた掲示板の前。その日から数日間、掲示板近くで男2人の啜り泣きが聞こえるという学校の黒い噂になりかけたとか。いずれにせよ、ユウシ達の知るところではない話であった。




