48
「回復薬だよ。ゆっくり飲んで」
「はぁ……はぁ、……」
アルトはユウシの様子が尋常ではないことに気が付くと、すぐに腰のベルトから小瓶を取り、栓を抜いてユウシの口元に持って行った。
ユウシは喉に流れた液体を、半ば無意識に薬を飲みこんだ。すると火照る身体が内から冷やされ、かと思えば魔力の生成にも作用したのか、じんわりと温かい流れが全身を巡り、少しずつユウシの意識は覚醒してきた。
「はぁ、はぁ……アルト、さん?」
「そうだよ、ユウシ君」
顔を持ち上げることができたユウシは、見上げたすぐ傍にいる冒険者の顔を認識した。ただまだ使命を思い出す程には頭は回っておらず、ユウシが支えられたまま荒れた呼吸を整えていると、ユウシを気にした続々と冒険者が近寄ってきた。
「なんだ、ラルドの生徒か」
「この子、どこから来たの?」
「なぁに、目を離した隙に離れただけだろ」
「まあそうだよな。さっきのと関係あるわけねえよな」
そんな彼らの会話を聞いて、ユウシの頭は徐々に動き始める。
「おお、ユウシだっけか。今日は友達と一緒じゃないんだな」
「大会だし、競ってるんじゃない?ほら、この子も確か、特別な魔法が……え」
「……もしかしてユウシ、さっきの爆発音、君が」
「っ!!そうです、だけど、アルトさんっ、お願いがっ!!」
そして、アルトと仲間のヘダルとローテナの言葉で、思い出したユウシは顔面蒼白になりながら、身体を起こして大声を上げた。これには周囲の冒険者達も驚いてユウシを見たが、幸いユウシの目にはアルトしか入っていなかった。
「大発生で、ゲルセルが!まだ、友達がっ!!」
「なんだって!?」
「ゲルセルの大発生?そんな、ありえんのか?」
「でもユウシ君、嘘をついてるようには見えないよ」
大発生で生まれる魔物は低ランクである、というのは、冒険者の中では比較的常識の部類に入る知識である。そのため、すんなりとユウシの言葉を信じる冒険者はいなかった。だがシガナとユカの命がかかっているために、今なお歩けないほどに疲れているのに、それでも必死で立ち上がろうとするユウシの様子を見れば、質の悪い冗談だと切り捨てる者はいなかった。
「ユウシ君」
「早く、早く行かなきゃっ」
「ユウシ君!!」
一瞬でも忘れていた罪悪感からパニックに陥ってしまったユウシを、アルトは両肩を掴んで制止する。そしてヘルドに自身の荷物を預けると、ユウシを背負って立ち上がった。
「行こう、ユウシ君。場所を案内して」
「えっ……は、はいっ!!」
「ま、真偽はどうであれ、元々調査に行くつもりだったしね」
「そうだな。よし、本当なら大変だし、急ぐぞ!」
「「「おおっ!!」」」
「あ、あっち、です」
気合を込めた冒険者達が声を揃えて返事をすれば、ユウシは声に驚き、自身に課せられた作戦の役割をほぼ完遂して肩の荷が下りたことで、ここで人見知りが発動する。それでもなんとか声を震わせながらも来た道を指差せば、ユウシを背負ったアルトを先頭に、Cランク以上の冒険者十数人が大発生の発生場所へ向けて走り出した。
そこそこ高ランクの彼らの実力はその移動中も垣間見えた。状況確認として先を行く軽装の冒険者達5人はそれぞれレベルが高いのか、馬のように道を駆け抜けるのにも関わらず、全く疲れを感じさせない。それどころか、走りながらもユウシに分かることがないかを尋ね、後ろの1人はメモを取ってすらいた。
「100を超すゲルセルか……」
「にわかに信じがたいが、それは本当にゲルセルだったのか?」
「あの、その、びゅんって速くて、怖い目をしてて」
一言一句聞き逃さないためか、顔を近づける白髪交じりの眼鏡の男性冒険者にユウシは緊張からまともに話すことができなかったが、それでも冒険者は怒ったりはしなかった。
「ふむ……如何にスライムが大量討伐されたとて、ゲルセルとなれば自然発生のものとは思えぬ」
「いーじゃんか、それは現地で調査すりゃあ。ってか友達って学生だろ?ならさっさとアタシが先行すっか?」
「いや、その数なら返り討ちにされかねない。話を聞くに耐えることは出来てるみたいだし、ここは冷静に行こう」
「そーかい。ゲルセル相手に耐えられるって、もう十分冒険者の部類じゃねーか、ははっ!」
男勝りな性格の女性はこの街で最速の短剣使いとして有名らしく、彼女も誇りを持っているのか、こうして1人で先に行きたがっていた。
「ゲルセルって、あの≪常緑の森≫で稀に討伐依頼が出るアレっすよね?」
「ああ、それが100匹いるらしい。気を抜かなくても死ぬぞ、注意しろよ」
「ひいいっ、私、一昨日Cに上がったばっかなのに、いきなりおかしくないっすか!?」
「諦めろ。それにお前は冷静に戦えば強い。十分戦えるさ」
「……そ、そうっすか?へへ、そんならがんっ、わああっ!?今向こうで爆発したっすよ!?」
少し弱気な後輩口調の女性冒険者が、大人の貫録を纏った男性冒険者の言葉に照れている途中、突如鳴り響いた爆発音に驚き戸惑った。
それはそう遠くない場所で起きた出来事で、よく見れば何やら魔法の残滓のようなものが消えてゆく瞬間を一同は目撃した。それを見た瞬間、ユウシは身を乗り出す勢いで叫んだ。
「あそこ!あそこに2人がいる!もう壁が、壁がないっ!?」
「「「!」」」
魔法が散った空から地面に視線を下ろせば、そこには男女の学生の姿。ユウシにはそれがシガナとユカであるとすぐに分かったが、それは彼らを守っていた『火炎包壁』が消えていたため。
ユウシが告げる絶体絶命に合わせ、冒険者達が動き出すまではあっという間だった。中でも先頭を行く短剣を持つ女性冒険者はユウシが叫んだ直後に走り始めており、他の冒険者が後を追い、最高速に至る頃にはシガナ達までの距離の半分を踏破している。
そんな彼女は目で標的を捉えたのか、数本の短剣を腰の小さな鞄から取り出すと、駆けた勢いのまま投擲した。どうやらそれはゲルセルの攻撃を防いだようで、ユウシは最悪の危機を脱したことに安堵するが。
「おい、話がちげぇぞ!?」
「む」
「な、何があったっすか!?」
いち早く状況を確認した筈の彼女が困惑した声をあげれば、追いかける冒険者、そしてユウシもまた緊張感を高めた。だが彼女がしばらく立ち止まっていたことから、事態は悪化しているわけではないことが察せられた。冒険者達はその言葉の意味を確かめるため、すぐに現場に駆け付け、そして困惑の理由を理解する。
「ふむ、激しい戦いの後だ。守っていただけではなかったのかね」
「ゲルセルの数は2、30程度で、魔核も散らばっている……まさか、70匹も討伐したのか?」
「が、学生がっすか!?そんな、私の立場はどうなるんすか、それぇ!?」
大発生が起き、ユウシ達が遭遇した場所は背の低い草原が広がっていたのだが、今その場所は大部分が黒く焼き焦げていた。
またところどころで小さな光が立ち上り、貫禄のある男性が指摘する通り、ゲルセルのものと思われる魔核がところどころに落ちている。これには弱気な女性が更に弱気な悲鳴を上げるが、そんな彼女の横を、赤い球体が通り過ぎた。
それはゲルセルだった。気付くと彼女は短い悲鳴と共に硬直したが、そのゲルセルは傷だらけであり、跳んだのは攻撃のためというよりも、逃げるためのようであった。好戦的なゲルセルをそのように追い詰めた人物はというと、ゲルセルの集団に1人で突っ込み、次々と跳んでくる突進を短剣で捌いては、隙を見て斬りつけていた。
「動きが鈍いぞゲルセル共っ!そんな攻撃でアタシを殺れると思うなよ!」
【【【~!!】】】
「行くぞ。呑気に眺めていては、彼女に仕事を全て終えられてしまう」
「あ、はい!分かったっす!……って!私、倒す手段ないんすけど!?」
「早く終わらせて調査に移るとしよう」
他の冒険者達も遅れて参戦し、各々得物を手にゲルセルと戦い始めた。残されたアルトはしばらく休んで立つ体力を取り戻したユウシを下ろすと、暴れる冒険者たちを見てため息をつく。
「安全確認が最優先なのにな」
「……はっ、シガナ、ユカさん!?」
アルトはそうは言ったものの、冒険者達がその2人を見てから行動に移っていたことには気付いている。だが1人、彼らの安否に気付いていないユウシは名前を呼ぶと、彼らはユウシの後ろで返事をした。
「はい、無事です」
「助かったよユウシ、あと少し遅かったら大変だったよー」
「ーっ、よかった、ほんとに良かったよ……!」
多少くたびれてはいるが、外傷もなく明るく返事をした2人。彼らを見れば、力の抜けたユウシはへたり込み、今度こそ溢れる涙を我慢することは出来なかった。
アルトはユウシの背中を優しくさすり、彼の苦労を労わっていると、4人の耳に大きな高笑いが聞こえて来た。
「はははっ!温い温い!このまま応援が到着するまでに全部討伐して見せようか!?」
「数が数だ、一度体勢を崩せばすぐに落ちるぞ、無茶をするなよ」
「あのっ、私は1匹でもっ、大変で、すぐに助けてほしっ、ひぃっ!?」
「ふむ、どれも弱っている、が飢えている。諸君ら、油断はしてはならぬよ」
そこには戦いを繰り広げる冒険者達。中には辛そうな声を上げる冒険者もいるが、ユウシの目には誰もが危なげなく立ち回っているように見える。
「ユウシ、君の先輩たちの戦いを、今のうちに見て学んでおくといいよ」
「……うん!」
学校生活を送る中では滅多にお目にかかれない、腕の立つ冒険者達の戦いを目前にして、ユウシは涙を拭ってその姿を目に焼き付けた。
【【【~】】】
「やっぱ無理っす、私はそもそもっ、遠距離専門でっ!?もうっ、限界っすよ!?」
弱気な後輩口調の女性冒険者。彼女は弓を背負っていたのだが、高速移動を可能とするゲルセルに命中させる自信がなかったのか、早々に荷物と共に地面に置き、護身用の剣を持って3匹のゲルセルと対峙していた。ただ反射神経が抜群に良く、ゲルセルが弾けた瞬間に身を逸らせば、一度もゲルセルの攻撃に当たることはない。それどころか軌道を先読みし、剣を置くように刃を立てることで、ゲルセルを斬りつけることを可能としていた。
しかしゲルセルはテイガが剣で傷1つ付けられなかったように、通常の斬撃に高い耐性を持っており、彼女の攻撃はゲルセルを少しの間、身体修復のために静止させるだけだった。そのため、彼女の戦いは長引くだけで一向に進展する気配はなく、彼女の泣き言はしばらく止まらなかった。
【【【-…】】】
「飢えたゲルセル程実験に最適な魔物はなかなかおらぬ。丁度試薬もいくつか用意しておる、存分に味わってくれたまえ」
白髪交じりの眼鏡の男性冒険者。指揮棒のような杖を持つ彼は先行した4人の中で、唯一杖を用いて魔法主体の戦いをしている。その杖の魔導石は緑色で、示す属性は『草』であると思われたが、彼の魔法はモモコと同じ属性であるとは思えなかった。
彼が杖を振りかざせば、大地から無数の植物の蔦が伸び、収縮していたゲルセル達の逃げ場を封じ、そのまま5匹のゲルセルが身動きが取れない状態となる。続く魔法では蔦の先に毒々しい色の花が咲き、蔦が揺れて花粉が舞ったかと思えば、ゲルセル達はその目を細め、動きを止めた。しかし討伐したわけではないようで、彼は眼鏡の奥で目を光らせると、怪しげな小瓶を取り出し、ゲルセルに近づいて行った。
【~⁉】
「恨みはないが、放っておいていいことはないのでな。1匹ずつ、確実に仕留めさせてもらおう」
【【【…!】】】
貫禄を纏った男性冒険者。彼が扱うのは魔導石が埋め込まれた、内部に魔法陣か組み込まれている剣。通称魔剣と呼ばれるそれは魔導具の一種であり、魔力を流すと特定の効果を持った攻撃魔法の使用を可能とする。そんな魔剣は作ることが出来る者が世界でも数える程であり、備える魔法が強大であればある程に一般の人の手には渡らない高価なものとなる。
そんな魔剣を3本腰に携える彼はそのうちの1本を手に、ゲルセルに斬りかかる。その魔剣による傷は凍て付き、たとえゲルセル相手でも修復のできない攻撃を可能としており、既に彼は3匹のゲルセルを魔核に変えていた。魔剣を扱う彼の実力自体も高く、飛来するゲルセルを掠らないギリギリで躱したかと思えば、そのゲルセルが着地する頃には魔核となっている。彼は警戒態勢となったゲルセルに対し、今度は攻め手に回ろうとしていた。
【【【⁉】】】
「はははっ!ほらほらっ、逃げ惑え!!」
【【【【【【【【【!!】】】】】】】】】
短剣使いの女性冒険者。凶悪な笑みを浮かべ、戦闘狂気質な一面が窺える彼女だが、その威勢が嘘でないことは、他の3人の冒険者が相手しているゲルセル以外の全てをまとめて相手し、なお手玉に取っていることからも分かる。彼女が扱うのはそこらの武器屋で見習いが作ったかのような、質の高くない短剣ばかり。しかしその分数が多く、見た目に反して容量が大きい魔導具の鞄から繰り返し投擲しても尽きることはない。
そんな彼女が投げる短剣はどれもが薄く光を纏っており、身体に刺さったゲルセルは地面に縫い留められて次の動きを取れず、そのまま彼女が唯一投げない特注の短剣による連撃で魔核と化す。また短剣を逃れ、数匹で連続で飛来するゲルセルには、最初の数匹を同じぐらい俊敏な動きでゲルセルを横から殴って追い返した後、最後の1匹を短剣で斬り切り刻んで討伐する。そんな彼女を前に、数で有利を取っている筈のゲルセルは恐れをなしているのか、後ずさりして離れてさえいた。
こうして冒険者全体ではゲルセル相手に善戦しているように見えるが、如何に工夫を凝らしていても、斬撃に強いゲルセル相手に剣で使うものが多ければ、討伐はそう簡単に進みはしない。仲間の討伐から学習したゲルセル達は複数で同時に攻撃したり、空中での変形による急減速や軌道の変化でフェイントを交えたりし始め、冒険者達は攻勢に出るのが難しくなってしまった。
だが彼らも分かっている。強い魔物の討伐には、攻撃を引き付ける盾役や、相手に有効な魔法攻撃を行う者が必要なことを。そして彼らの時間稼ぎの時はすぐに終わりを告げる。
「あーっ、もう、ほんとに無理、うわっ!?」
【【【-⁉】】】
激しい動きに息を切らした後輩口調の冒険者が躓き、ゲルセルが隙だらけの身体に突進しようとしたとき、3匹の身体をいくつもの魔法の刃が斬り裂いた。急いで身体を起こし、傷を負ったゲルセルを見た彼女は深く息を吐いた。
「今着いたわ、ほんとにゲルセルの大発生なのね」
「魔法がない中で中々頑張ったじゃん、でも最後は危なかったね?」
「っしゃあ!久々のCランク!俺の雷魔法が轟くぜ!」
大きさや魔導石の色が様々な杖をそれぞれ手にした魔法使いの冒険者達。
「よく耐えた、この先の防御は任せろ!」
「ゲルセルのあの重い突進、癖になっちゃうんだよね。それがあんなに……じゅるり」
「うっわー、相変わらず変な性癖、きもっ」
大きな盾や金属の鎧に身を包んだ重装の冒険者達。
「おっせーじゃねえかよ!ほら、もう80ぐらいは俺らで倒しちまったぜ!?」
「ら、に含まれるそこの学生がそのうちの70程度を狩ったのだがね」
「なんにせよ、これで気兼ねなく戦闘できるな」
「わ、私は報告のために先に街に戻るっすね!」
先に到着した冒険者達も攻撃の勢いを増し、遅れて到着した冒険者達も戦いに加われば、理想的な戦いを展開することが出来るようになった彼らは、まだ倍近くいるゲルセルを相手にしても停滞することはなかった。
重装の冒険者が前に出て盾でゲルセルの攻撃を受け止め、魔法使いが動きの止まったゲルセルに魔法を放つ。
魔法使いが防壁を張り、ゲルセルの動きを制限したところに剣使いが斬りこみ、盾持ちが上から押し潰す。
鎧に身を包んだ冒険者が群れに飛び込み、攻撃を終えて油断したゲルセルを魔法で掬い取る。
短剣で数々のゲルセルを縫い留めて避雷針とし、魔力を豊富に込めた雷魔法で、まとめて焼き焦がす。
時に通常の冒険者パーティで息の合った連携を見せ、時に別の冒険者と入れ替わって武器や杖を振るう。みるみるうちにゲルセルの数は減っていき、全員が揃っても倍以上いたゲルセル達は、やがて同数近くにまで減っていた。
「リーダー、お前も1匹ぐらい倒さないのか?」
「そうだよ、ここまで来たら万が一は来ないよ」
アルトのパーティの3人はゲルセル達が冒険者達の攻撃を逃れ、ユウシ達に襲いかかろうとしたときに備えて待機していたのだが、それは杞憂に終わりそうであった。
「最悪自衛できるだけの魔力はまだ残ってますし、行ってもらって大丈夫ですよ」
「……悪いね、それじゃあ僕たちも行こうか!」
「ああ!」「ええ!」
アルトは剣を抜き、ヘダルは盾を構え、ローテナは杖に魔力を込め、3人はゲルセルの元へ向かった。彼らも最初に会った時から成長しており、ヘダルが盾で受けたゲルセルにアルトが連撃を加えて動きを止め、ローテナが中級魔法を撃ち込めば、難なくゲルセルの討伐を成し遂げる。
ユウシはそんな冒険者達を見て、ゲルセルを容易く討伐していく彼らを見て、思い描いた魔物との戦いを繰り広げる様子を見て。憧れに目を輝かすと同時に、手を固く握りしめていた。
「改めてお疲れ様、そしてありがとうね」
そんなユウシの隣にシガナが座り、お礼を口にした。
「作戦は成功、ユウシがトラウマを乗り越えて頑張ってくれたおかげで、自分もユカさんも、もちろんユウシも、3人で生き延びることができたね」
「ありがとうございます、ユウシさん」
「……ううん、僕はまだ、ちょっと怖いよ。それにね」
ユウシは首を横に振って前を見る。冒険者達に倒されたゲルセルの数は既に両手で数えられるぐらいに減っているが。傷だらけで弱弱しいゲルセルもいるが。視線を合わさずとも、その鋭い目を見れば、まだ全身に鳥肌が立ち、手が少し震えてしまう。
しかし今日の朝から何も変わっていないのかと問われれば。けしてそんなことはない。それだけはユウシにもハッキリと言える。
「克服したって言うのは、ちゃんと倒してからにしたいんだ。今日、前に進んだ僕の魔法で」
今までどうして魔力の制御ができなかったのか、相変わらず理由は分からない。だが、昨日黒の杖によって制御後の動きが安定し、今日、『爆音』の魔力制御を成し遂げたユウシには、もうできないという不安はなかった。
これから講義で、休日の時間で、練習を重ねて強くなる。
自分だけじゃ厳しいだろうから、テイガと、モモコと、フーシュさんと力を合わせて。
それでもすぐには無理かも知れない。だけど、いずれは……
決意を固めるユウシの横で顔を見合わせたシガナとユカ。2人で苦笑し、やがてシガナはユウシにあるものを手渡しながら話しかけた。
「あー、やっぱりユウシは気付いてなかったのか」
「え?なんのこと?」
「とりあえず、はいこれ」
「あ、忘れてた、ありがとう」
それは街に冒険者を呼びに行く際に落としたままだった自分の鞄だった。幼少期から愛用しているその鞄を受け取ろうとして、想像以上に重いためにガクンと手が落ちる。
見れば中身を整理し、半分以上を空けた筈の鞄は大きく膨らんでおり、ユウシは疑問と共に鞄を開け、目を丸くした。
「え、これ、魔核?……わ、全部綺麗だし、もしかしてゲルセルの?」
「そうだね」
「そっか、シガナとユカさんじゃ持ちきれないもんね」
70匹を倒したともなれば、スライムの魔核よりも大きなゲルセルの魔核は持ち運ぶだけで困難であり、ユウシは快く運搬の手伝いを受け入れようとして。
「違いますよ。私達が倒したゲルセルの魔核は、まだ拾えていません」
「ほら、見てごらん?」
シガナが辺りを指差せば、確かに冒険者達が戦っていない場所に魔核は転がったままである。思い返せば、ユウシがユカのものと思われる最後の魔法の爆発音を聞いており、2人には魔核を拾う余裕なんてある筈がなかった。
「じゃあ、これは?こんなに、いつ拾ったの?」
「ユウシさんが街に向かったすぐ後に、シガナさんが拾いました」
「え、だって、そのときは」
「自分もユカさんも、まだ倒してないね」
分からなかった。全く見当もつかなかった。そんなユウシに、シガナは口を開き。
「ユウシ。これは全部、君が討伐したんだよ」
「……」
「ユウシさんの『爆音』で、70匹の半分以上です」
「…………え?」
何を言っているのだろう。そんな幼児に語るような冗談に、騙される訳が……
「信じられない?だよねー。でも、証拠はすぐ上に置いておいたよ」
シガナは鞄を開け、ユウシにユウシの学生証を手渡した。そのままシガナに自身の手を動かされ、起動した学生証はステータスの表示へ。
「見てごらん」
ユウシが言われたままに画面を覗けば。
シガナとユカと共にレベル上げしたあの日から、ギガスライムを討伐し、ゲルセルに打ちのめされた日を経て1つ上がったレベル18の表記は、41にへと変わっていた。
「な……なん、で?」
「それだけ『爆音』がすごかったってことだね。まぁ性能の良い杖でほぼ全ての魔力を込めたあれは規模で言えば余裕で中級魔法レベルだし」
「これだけレベルが上がったのですし、ユウシさんもステータスの上昇で身体に変化を感じませんでしたか?」
ユカに言われて、ユウシは街に向かい始めたあの瞬間、身体が軽くなったことを思い出す。それは恐怖心から解き放たれたことによると気持ちの変化だけでは無かったようだ。
「もちろん倒した実感は無いだろうし、ユウシのことだから冒険者になってテイガ達と頑張ろうって思ってるんだろうけどさ」
「っしゃあ!最後の1匹ィ!」
【ー!?】
短剣使いの冒険者の声が響く。冒険者達の中で最もゲルセルを討伐して、なお物足りなさそうに。武技スキルを唱え、短剣を魔力で伸長させた攻撃で斬り刻み、最後のゲルセルは魔核となった。
「ユウシ、もしもまた心が折れそうになったときは、紛れもないこの事実を思い浮かべると良いよ」
「大発生、終息だな」
「ふむ、もう少し実験したかったのだがね」
「ははっ、倒した数はアタシらんとこが最高みたいだな!!」
武器をしまい、後片付けをしながら倒した数を数えて楽しそうに語らう冒険者達。そんな彼らをチラリと見て。
「君は、あそこの冒険者達が力を合わせて倒した数と同じぐらいを1人で倒した。君は立派な冒険者に必ずなれるよ」
「あぁ?今、アタシに喧嘩売ったかぁ?」
「げっ」
ギラリと目を光らせた短剣使いの冒険者。すぐにシガナは逃げ出そうとしたが数歩踏み出したときには捕まっていて。
「大発生の被害者の割には随分元気そうじゃねぇか?」
「あ、あはは……」
「んで、舐めた口聞くお前ぇも、アルトの奴におぶられてたお前ぇも、そこの一歩離れて無関係って態度の女子もよ」
「「え」」
何をされるのかと身を強張らせるシガナと、同じく呼ばれて息を呑んだユウシとユカ。だが彼女はシガナから手を離すと、それぞれの頭を手で優しくポンポンと叩き。
「よく頑張ったじゃねえか、その年でよぉ。全く、将来が楽しみだな、はははっ!」
3人を労い、褒め称えた。かと思えば、彼女はスタスタと歩いて行ってしまい。
「いつかお前ぇらが同業始めて、アタシらの刺激となる日を楽しみにしてっからよ。んじゃあな!」
彼女は1人、まだ他の者が魔核を拾い集める中、自分が倒したゲルセルの魔核も投擲して放置されていた短剣も集めず、あっという間にその場から離れて行ってしまった。
「姉御ぉっ、全く、相変わらず自由奔放なこって!」
「現場は調査は私達に任せて、諸君らは先に戻ると良い」
「任せました。それじゃあ順次、用意が出来次第後に続こう」
彼女のパーティと思わしき男性が彼女の分まで拾い集め、シガナとユカも手の空いた冒険者の協力の元、魔核を回収し終える。そして短剣使いの冒険者が手を置いた頭を自分の手で触れ、頬に一筋、雫を光らせていたユウシに、シガナは優しく声をかけた。
「ユウシ、自分たちもアトイミレユの街へ帰ろう。そして大会の残りをどうするか決めよう」
「そうでしたね、まだ昼前ですし、もう1往復はできそうですね」
「そうそう。それでさ、大会が終わったら、テイガとかモモコに学生証見せながら、今日あった出来事を話してみてよ」
「シガナさん、すごい悪い顔してますよ」
いろんなことがあり過ぎて、ユウシは頭の中で様々な感情が巡っていたが。
いつものように、何事もなかったかのような2人の会話を聞いて。
改めて日常が戻ってくることへの安堵を実感して。
伝った涙を拭ったユウシは。
「……うん、うん!」
満面の笑みで微笑んだのだった。




